〈第18話〉断罪イベント3日前ー伝わらない恋心ー
メアリーちゃんは俯いて、今にも泣きそうな顔をしていた。
「私があんなことを言わなければ、デービット様はきっと噂を流したりしなかったと想うんです。だから、私が原因なんです」
顔を覆わんばかりに沈んだ声。
その悲痛な姿に、思わず胸が締め付けられた。
でも、いくらなんでも自分を責めすぎだと思う。
「いや、それは違うだろ。それはあくまできっかけだろ。そこから嘘の噂を流そうなんて発想普通でてこねぇよ」
ミカは呆れた様子で腕を組む。
「私もそう思います。メアリーさんは何も悪いことなんてしてません」
なんでうまく振り向いてもらえないなら噂を流して貶めてやろうになるんだろうか。
「あぁ、だから急に殿下がリリアちゃんにアプローチし始めたわけね」
合点がいったように頷くラファエル。
「え? アプローチしてたんですか?」
想定外すぎる言葉に目をまたたかせる。リリアは決して鈍いタイプではない。それならば、2人が仲直りしていてもおかしくないのでは……?
私の視線を受けたラファエルは困ったように肩をすくめた。
「あれをアプローチと言っていいのかはなんとも言えないところだけどね。……リリアちゃんに花束を差し出して『お前にプレゼントをやるような物好きなんて僕ぐらいだろうな』っていったり。リリアちゃんに『これから出張なので……』ってやんわり断れてたけど」
あー……なるほど、そう言うことか。
本人としてはアプローチしているつもりが、素直になれなかった結果逆効果になったと。
不器用な人だとメアリーちゃんも言っていたが、度を越している。
ちゃんとリリアが好きな花を用意しているあたり本気度が伝わってきてより切ない。
「そうなんです。次はお食事に誘ってみてはいかがでしょうかと提案したのですが……」
メアリーちゃんは、そう言ってさらに身を縮こませた。
「なるほど、それがあの『お前の誕生日だから食事に行く。予定を空けておけ。僕が婚約者の誕生日も祝えない甲斐性なしだと思われてもいいのか?』っていうお誘いになったわけね」
「いやそれもはや脅しだろ。何考えてんだあいつ」
呟くラファエル、眉を顰めるミカ。ここまで来るともはやコントである。
「言い出したのが誕生日3日前だったから、仕事がって断られてたよ」
「直前すぎるだろ。計画性0じゃねぇか」
なんかやることなすこと全部から回っててちょっと可哀想になってきたぞ……? 好きな子にちょっかい出す小学生男子か?
「なんか……拍子抜けですね。もっと、知能犯っぽい感じかなって思ってたんですけど……」
自分たちが追っていた謎を仕掛けた黒幕。その思考と行動が小学生レベルだなんて信じたくなかった。
肩の力が、急速に抜けていく。
「いや、デービット殿下は優秀だし頭もきれるお人だよ。……リリアちゃんが関わった瞬間思考が斜め上にとぶだけで」
「なお悪いじゃないですか」
その切れる頭がリリアが関わった瞬間に全力でポンコツな方向に触れた結果がこれである。たちが悪すぎる。
頭を抱えて天を仰ぐ。
「じゃあもしかしてこの噂も……その斜め上の思考回路の結果ですか?」
「今回噂を流したのも『これでリリア様が自分を頼ってくれたら』って。そう思ってるんだと思います……」
ミカはそれを聞いて怪訝そうに眉を顰める。
「何食ったらそんなに捻くれるんだよ」
「いや、ミカも拗らせ方だけならいい勝負だよ?」
初恋を10年拗らせて記憶喪失の幼馴染相手にプロポーズする男と、昔自分に愛を捧げた女に執着して自分に縋るよう仕向ける男。方向性は違えど字面だけならどっちもアウトである。
……それでもミカに惹かれているのだから、私も大概だけど
「つまりデービット様は、私に頼られることで関係性を修復しようとしてると?」
「おそらくそうかと。リリア様は宗教省以外の方とはほとんど交流がありませんでしたから、頼る宛があるとすれば……と考えたのかと」
……なんだその都合の良すぎるプロットは。
そもそも守ってくれるかと聞かれて『俺のことを好きでいたら考えてやる』っていうやつにどうやって頼れというんだろう。
「一回頭の中見てやりたいほどのご都合主義だな」
「やめておきな。多分頭蓋骨5センチくらいあるから削るだけで一苦労だよ」
ミカの感想もわかるが、今の殿下はおつむが残念だ。見たところで収穫があるとは思えない。
「でも実際、そうなってないわけですが……」
頼られるどころか一生失うところだったわけだ。台風の時の風見鶏より空回っている。
「そうなんです。リリア様が飛び降りた時、デービット様は凄く狼狽していました。爪も噛みすぎてボロボロになっていて……」
デービットの人間らしい反応に少し驚く。それなら見舞いに来ていそうなものだけれど……。
「お見舞いに行かないかと誘ったんです。でも、『僕は悪くない。あいつが勝手に飛び降りたんだ。お前のせいでもあるんだぞ。どんな顔で見舞いに行くつもりだ』っていわれて……それで私、もし会ったらリリア様をさらに怯えさせるのではないかと……申し訳ございません」
清々しいほどにクズだな?
自分で噂を撒いて、自分を頼らず飛び降りた婚約者。その罪を今懇意にしてる女性になすりつける。
「救いようがないね……」
顔を前腕で覆うようにして髪をかきあげる。
溢れた言葉は、酷く冷たい音をしていた。
メアリーちゃんは口に手を当て顔を歪める。
……いけない、今は堪えなければ。
「だから、メアリーさんは今日あんな態度だったわけですね。殿下が噂を流した理由もこれではっきりしました」
息を吐いてできる限り平静を装う。これで噂の謎も解けた。あとは証拠さえ掴めば、少なくとも断罪は回避できるはずだ。
「続きは証拠を手に入れてからまた話しましょう。場所は王宮外れの第二広場、明後日仕事が終わり次第集合、というのはどうでしょう?」
私の言葉を聞いて、3人は各々頷く。先の予定も決まったし、今の所は順調だ。
そのはずなのに……指に刺さった薔薇の棘のように、何かが引っかかって抜けなかった。
「ここにいるのか、メアリー!」
刹那、部屋の外から叫び声が聞こえる。
記憶よりも低く、枯れた声。
にも関わらず、私は確信していた。
この声の主人はーーーデービット・エーディンだと。
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