〈回想〉メアリーとデービットー婚約者の影ー
暖かな日差しに照らされた、王宮の中庭。迷子になった私をデービット様が助けてくださった、始まりの場所。私達はたまにこの中庭で会話をするようになっていた。
黄色く染まった葉が、風が吹くたびにハラハラと揺れた。デービット様はいつも物憂げな表情をしているけれど、今日の表情は一段と暗い。
「……今日父上に、『お前も20になったのだから、いい加減身を固めてはどうか』と言われた」
ポツリとこぼされたその言葉に心臓が跳ねる。
デービット様には確か婚約者がいたはずだ。同じ宗教省の、リリア・キャンベル様。美しいプラチナブロンドと、赤く煌めく瞳が特徴的なご令嬢。
決して主張するタイプではないのに、目を奪われるような存在感。
あぁ、この方がデービット様の婚約者なのだと、思わず納得するような神秘的な雰囲気を纏った方だった。
あの方と、結婚なさるんだろうか。
おめでたいことのはずなのに、祝福すべきなのに、喉が詰まって言葉が出てこなかった。
でも……なんで、デービット様も浮かない顔をされてるんだろう。
それが、なんとなく気になった。
デービット様は膝を抱えて俯いたまま、ぼそりとつぶやく。
「『婚約者のリリア嬢とはどうするつもりだ』と。……4年前から、ろくに話もしてもいない」
「そう、なのですか……?」
予想外の言葉に目を見開く。
確かにお二人が話しているのを見たことがない。
「リリアは、昔は僕にべったりだったんだ。それなのに、急に避けられるようになって……。僕は婚約者として、リリアにきちんと向き合う必要があるのに。……なのに、上手くいかないんだ。ずっと、リリアに理解してもらえないままで」
丸まった背中、抱えられた片膝。どこか遠くを見つめるその瞳が、酷く寂しそうだった。
あぁ、デービット様は……リリア様を、深く愛していらっしゃるんですね。
そう思っただけで胸の中が焼けるように痛んだ。目頭が、熱くて仕方なかった。
ぐっと気持ちを飲み込んで、デービット様の手をとる。
「誰かを想うことは素晴らしいことです。理解してもらえないなら、理解してもらえるまで伝えればいい。デービット様のその真っ直ぐな思いは、きっとリリア様に伝わるはずです」
「メアリー……」
「伝えましょう、その気持ちを。私も微力ながら協力させていただきます! 一緒に、頑張りましょう?」
顔を上げるデービット様。うつろな瞳がゆっくりと私に向けられる。その目は私を見ているはずなのに、どこか遠く感じられて。
「まるで、昔のリリアみたいだ」
ぼそりとつぶやいた声は、今まで聞いたことがないような甘えた色を孕んでいた。
いけないことだとわかっているのに、心臓は早鐘を打つ。熱が目頭から頬へ移っていく。
「ありがとう、メアリー。僕なりに頑張ってみようと思う」
デービット様は背筋を伸ばして立ち上がる。先程までの弱さを全て覆い隠すように。
……これで、よかったんだ。デービット様が幸せになれるならば、私はそれを応援しよう。例えこの気持ちを、飲み込むことになっても。
この時の私は、本気でそう思っていたんだ。
これが悲劇の幕開けだなんて、知る由もなかったのだから。
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