〈第17話〉断罪イベント3日前ー汚れる覚悟ー
メアリーちゃんとデービットは付き合ってないどころか、ただのお友達……?
あまりにも信じ難いその情報。足元がガラガラと崩されていくような、そんな不安定な感覚。
付き合ってないのにその束縛具合なのいくら何でも常軌を逸してない……?
そして、私はあることに気がつく。
「メアリーさん……髪飾りは、どうしたんですか?」
「え……髪飾り……?」
きょとんとした顔で首を傾げるメアリーちゃん。
デービットルートに入った時にもらえる、黄色い薔薇の髪飾り。今のメアリーちゃんは、それをつけていなかった。
「本当に、デービット様とは何もないんですね……」
その事実が、背筋をぞわりと凍らせた。
凍りついた私と対照的に、メアリーちゃんは赤く頬を染めていた。
「でも……もし許されるのなら、と思ったことが、ないわけではありませんが……」
身を縮めて恥じらう姿が、とても可愛らしい。
……嘘でしょ?
まって、いやなんでそうなるの。そんな顔できる要素今までの話であった?
白目を剥きそうなほどの衝撃に思わず頭を抱えたくなる。
「よく自分の祖母から鞄奪うような男にそう思えるな……」
ミカの指摘に首がもげるほど頷く。だってそうだもん、惚れられる要素ゼロどころか好感度マイナス案件しかないもん。
メアリーちゃんは頬を膨らませ、ムッとした顔をする。
「それに関しては私怒ってますよ。私のことが信用できないからって、おばあちゃんを巻き込むなんてあり得ません」
メアリーちゃんの声が怒りで強張る。静かな意思が、青い澄んだ瞳の中に宿っていた。
「でも、王宮で1人だった私を最初に助けてくれたのはデービット様です。それに……寂しそうなあの背中を、支えてあげたいなって。分不相応かもしれませんが、そう思ってしまったんです」
恋する乙女の、まっすぐな思い。
失望するような失態も、逃げたくなるような束縛も。全て受け入れて包み込むその胆力。これが、聖女……。
「メアリーさん……」
その姿は、あまりにも眩しくて。
ぎゅっと胸が掴まれるような、そんなときめきがやまない。そう、それがメアリー・ホワイト。この世界を照らす、『運命の乙女』。
「だから私、デービット様に聞いてみます。噂を流したのはデービット様なのかって。としそうなら、謝ってもらいます。……今度こそ、ちゃんとした関係を築きたいから」
儚さの中に確かに存在する力強さ。その直向きさが私の胸をつく。
この人の為に動きたい。自然とそう思わせてくれる求心力に、私は抗えない。いや、抗うつもりもない。
「わかりました、協力します」
メアリーちゃんの目が輝き、唇が弧を描く。
「本当ですか?」
跳ねる声が、私の胸を躍らせる。
全て肯定してしまいたい衝動に駆られるが、ぐっと抑えて言葉を紡ぐ。
「……でも、ただ聞くだじゃ答えてくれないのでは?」
今のデービットの性格だと、おそらく誤魔化そうとする。そういう疑心暗鬼なタイプは自分の非を絶対に認めない。
「それは……」
否定できないのか、メアリーちゃんは再び目を伏せる。
予想通りの反応だ。やはり一筋縄ではいかないらしい。
ーーーでも、手がないわけじゃない。
「殿下って、私の事どう言ってます?」
そういう相手は共通の『敵』ができると案外ペラペラ話出したりするものだ。
「……それ、聞いちゃう?」
ラファエルが、ぴくぴくと笑みを引き攣らせる。それだけで散々な言われようなのだということが容易に想像できた。
「遠慮はいりません。言ってください」
真っ直ぐにメアリーちゃんを見つめる。
メアリーちゃんはしばらく思い巡らしてから、ゆっくりと重い口を開く。
「『婚約者がいるのに他の男性に色目を使う裏切者』と……」
「……は?」
聞いたこともないほど低いミカの声が、空気を揺らす。
あー、これ完全にキレてるな……。
私でも恐ろしいと感じるほどの、ナイフのような鋭い視線。
オブラートに包まれたその表現でも、ミカの怒りを焚き付けるには十分だったようだ。
「一度自分の行動を見返した方がいい気がするよね。それに俺、リリアちゃんが仕事以外で男と話してるの見たことないけど」
ラファエルも呆れた様子で乾いた笑いを浮かべている。
「ミカ、落ち着いて」
肩を震わせ俯くミカ。その顔を屈むようにして覗き込んだ。
怒りに燃えた目はこちらを一瞬見つめてから、すぐにふっと目を逸らされた。
「……悪い」
深く息を吐いたミカ。少し、落ち着いたかな。
私は再び正面の2人を見据える。
「……おおかた予想通りですね。それなら利用しない手はないでしょう」
私はわざとらしくごほんと咳をする。
ゆっくりと手を組んで、瞳を潤ませ、恋する純粋な乙女の幻想を作りあげる。
「デービット様という婚約者がいるのに、あんな風に他の方と懇意にするなんて許されません。……私、リリア様の事が苦手です。もしかしてデービット様は……私のために、噂を流してくださったのですか?」
胸が焼けるほど甘い声でつぶやく。
「ーーーって聞けば話しそうじゃないですか?」
そしてすっと真顔に戻した。
その温度差にラファエルは再び吹き出す。
「っ……! ふっ、ふふ……確かに聞き取れるとは思うけど、リリアちゃん容赦ないこと考えるね」
プルプルと肩を振るわせるラファエル。
その傍で、メアリーちゃんは言葉を失っていた。
「……どうですか? メアリーさん」
彼女は私の呼びかけにハッとして、ぎゅっと目をつぶって抗議する。
「そっ、そんなっ……! 心にもないこと、私言えません……!」
素直なメアリーちゃんらしい回答だと思うし、そういう考え方は好きだ。
……だけど今回ばかりはやってもらうしかない。
「メアリーさん、嘘も方便、これも真実を明らかにして殿下に改心してもらうためです」
『改心』という言葉を、あえて強調する。
彼女の瞳が、大きく揺れる。
「心苦しいとは思いますが、お願いできませんか?」
私は眉をさげて、メアリーちゃんを上目遣いで見つめた。哀れみを誘うような声で、顔で。
「貴女だけにしか、できないんです」
メアリーちゃんは頼まれると弱い。
そこに漬け込むのが卑怯なことはわかっている。私だって清廉なメアリーちゃんにこんな汚れ仕事をさせたくない。
だがここで真相がわからなければーーー私に待っている結末は、一つだけだ。
リリアが断罪されるスチルが、頭をよぎる。
ひとりでに、喉がなった。
胸を締め付ける良心の呵責に耐えながら、私はメアリーちゃんを見つめ続ける。
メアリーちゃんはしばし迷い、きゅっと口を引き結ぶ。祈るように組まれた手が微かに震えていた。
「この役割は殿下の信頼を得ている人間にしかできないよね。そうなると、誰が適任かは言うまでもないんじゃない?」
ラファエルがそっと援護してくれる。
メアリーちゃんは大きく息を吸い込むと、頷いてこちらをひたと見据えた。
その瞳に見える、揺るがない決意。
「……わかりました。やってみます」
力強い声が鼓膜を揺らす。メアリーちゃんの華奢な肩が今はとても頼もしく見えた。
よし、これで証拠ゲット……!
デービットを反省させられれば、私も助かるしメアリーちゃんも喜ぶ。まさに一石二鳥である。
私は心の中でしっかりとガッツポーズを決めた。
そんな私の気持ちを見透かすように、ラファエルは小さく笑う。
「リリアちゃんって恐ろしいよねぇ。……ま、それなら俺も協力は惜しまない。部下の不始末は上司が尻拭いするものだ。これ、使いなよ」
席を立ったラファエルは、机の引き出しからキラキラと虹色に輝く四角い宝石を取り出した。そこに刻まれた複雑な魔法陣。
メアリーちゃんは大きく目を見開いた。
「魔道録音機……! こんな高価なもの、いいんですか?」
貴重な魔石を使った使い捨ての魔道具。滅多にお目にかかれないそれを、ラファエルは迷う様子もなく差し出した。
「ただ聞きだすだけだと信頼度が低い。証拠として完全とは言えないけど、ある程度の信憑性は担保されるとおもうよ?」
メアリーちゃんの手に手渡された魔道録音機。その重さに向き合うように、彼女はじっと手元を見つめていた。
「……私、絶対に聞いてみせます。皆様の信頼に応えるためにも、デービット様を変えるためにも」
メアリーちゃんは魔道録音機を握りしめ力強い声でそう答える。そこにはもう、迷いはなかった。
「メアリーさん……ありがとうございます」
こちらを見るメアリーちゃんの瞳は、慈悲に溢れていた。
「デービット様は……その、ダメなところもありますが……悪い人じゃないと思うんです。ただ不器用で、どうしたらいいかわからないだけで」
ひそめられた眉と一瞬だけ震える唇。何かを堪えるような表情が、酷く苦しそうに見えた。
「デービット様はーーーリリア様に、愛して欲しいんだと思います」
「私に……?」
予想外の言葉に、私はパチパチと目を瞬く。
「半年ほど前に、デービット様から相談されたんです。ーーーリリア様と、仲直りしたいと」
メアリーちゃんは一つ一つ噛み締めるようにゆっくりと、半年前のことを語り始めた。
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