〈第16話〉断罪イベント3日前ー実行犯と黒幕ー
ソファに腰掛け、天を仰ぐ。
「問題は誰が何の目的で噂を流したのか……ですね。正直、心当たりがありません」
あえて記憶の有無には触れない。またメアリーちゃんを悲しませたくないし。
「兄貴、確か最近実績もないのに昇格した奴がいるって言ってたよな? そいつが噛んでるんじゃないか?」
ミカの指摘に、ラファエルは顔を伏せる。
「現時点では、関与していてもおかしくないと思ってる。証拠はないから、あくまで疑いだけどね」
断言しないのがラファエルらしい。だが、どう考えても怪しさしかない。
「名前はルーバン・ロビンソン。本当なら今日話を聞く予定だったけど……まだきてないんだよね」
この時間に来てないということは無断欠勤だろう。
完全に黒じゃん、そいつ。
「ルーバン様は真面目な方ですし、不思議ですね……」
メアリーちゃんも首を傾げている。
やはり、何かしら理由があると考えるのが妥当か。
「そのルーバンさんって、どんな人なんですか?」
ラファエルは口元に手を当て、軽く眉を顰めた。
「どうって言われると難しいな。俺の主観だけど、なんの変哲もない真面目で大人しい新人君ってイメージかな。あとは……黒髪で、細身でーーーあぁ、いつも白い宝石のついたピアスをしていたな」
白色のピアス……?
私はばっと体を捻り、急いで自身の鞄をあけ中を探る。内側の収納ポケットから出てきたのはーーー昨日ご夫人の足元に落ちていた、所有者不明のピアス。
まさか、ここで繋がるなんて。
いくらなんでも出来すぎじゃない……?
一瞬そんな考えがよぎるが、今はこれしか手掛かりがない。
ゆっくりとピアスをつまみらラファエルに見せる
「もしかして、これですか?」
ラファエルの瞳が大きく見開かれる。
「それは……!」
椅子から立ち上がらんばかりに身を乗り出すラファエル。その反応がこのピアスの持ち主が誰であるかを物語っていた。
「……説明する手間が省けたね。どこで手に入れたんだい?」
やはりこれはルーバンのピアスか。
すっと目を細め、淡々と語る。
「昨日、ご夫人の鞄を盗った不届者がいたんですよ。おそらく、夫人にぶつかった瞬間落としたんでしょう」
しかし、宗教省本部に勤められるのはエリートのみ。何故わざわざただのご婦人の鞄を盗む必要があるのか。
もしやそれすらも、何者かの指示だった?
その瞬間電流のように脳内を駆け抜けたある可能性。
私はバッとメアリーちゃんの方へ視線を向ける。
「……そういえば、あのご婦人『ホワイトさん』って呼ばれてました。孫からの手紙がバッグにって……もしかして」
そう、彼女はメアリー・"ホワイト"。もし彼女からの手紙が目的なら。
メアリーちゃんは私の視線を受けてわずかに身を強張らせた。
「まさか……そんな……確かに、手紙は出しましたが……」
メアリーちゃんは震える手で口元を抑える。血の気が引いたその顔は、青白く変色していた。
ーーービンゴ。
頭の中で響く、パズルのピースがはまる音。重く鋭いその音が私の思考を加速させる。
「偶然とは思えないですね。……犯人はその後すぐ逮捕されました。ホワイト婦人も無事ですよ」
メアリーちゃんは胸を撫で下ろし、小さく息を吐く。
「よかった……。おばあちゃんを助けてくださってありがとうございます」
その顔から見てとれる安堵。口元が緩み、手の震えもおさまっていた。
うん、やっぱりこっちの方がいい。推しには笑顔でいてほしい。
「いえいえ。……ルーバンさんは、完全に黒ですね」
物的証拠が出てきた今、他の可能性は考えられなかった。
「そもそも、なんでご婦人を狙う必要があったんだ? リリアの噂とは関係ねぇだろ」
ミカは顎に手を当てて、ため息をつく。
確かにそうだ。噂の件と鞄の件、どこにつながりがあるのか皆目見当がつかない。
一体、なぜ?
「それに関してなんだけど」
普段より微かに低いラファエルの声が、思考の波を断ち切った。
「実は俺……ルーバンがデービット殿下と話してるの何度かみてるんだよね。ただ話してるだけって可能性もあるけど、デービット殿下がそんなに宗教省へ興味があるとは思えない。そんなに信心深いなら、もっと貞淑に振るまいそうじゃない?」
「貞淑さのかけらもない兄貴がそれをいうのか?」
ミカの訝しむような声に、ラファエルは笑みを引き攣らせる。
いや、確かに特大ブーメランだとは思うけど。
ラファエルは仕切り直すように咳をして、真面目な顔で続ける。
「手紙が入ってたんだろう? ーーーその手紙を見ようとした、なんて可能性は?」
あくまで可能性の話だよ、とでもつけたしそうな言い方。しかし、どこか確信したような声音だった。
「は……? いやいやいや、流石にそれはないでしょう。人の手紙見るためだけに鞄ごと盗みます??」
いくらなんでもそれはない。ゲームのデービットと違ってリリアのこと放置気味だし、婚約者を守るという男気もないクズだけど……それは、ないよね……?
先ほどから目の前でそわそわしているメアリーちゃんを見る。
彼女は私の視線に気がついて、気まずそうに目を逸らした。
「えっと……これはあくまで、私の予想に過ぎないのですが……デービット様ならーーーあり得ない話ではない、かと」
「えっ……」
想定以上の落ちぶれっぷりに、思わず声が出る。
いや流石にメアリーちゃんにそれ言われたらおしまいじゃない?
ていうか言われるようなことしてるんかあいつ??
メアリーちゃんは目を伏せ続けて語りだす。膝の上の拳はぎゅっと握られ、わずかに震えていた。
「デービット様、最近凄く色々聞いてくるんです。誰といたんだ、何してたんだって。……お前は、僕の事裏切らないよなって。凄く、不安そうにしてらして」
ミカは呆れた様子でため息をつく。
「メアリーの手紙を見て自分がどう思われてるか知ろうとしたってとこか」
「あくまで可能性、ですが。」
メアリーちゃんの声は今にも消え入りそうで、それが酷く哀れを誘った。
「てことは……噂を流したのも、カバンを奪うように指示したのも全部、あいつの指示なのか」
鋭い視線と、震える肩。ミカの怒りが、隣からひしひしと伝わってくる。
「あいつが、リリアをこんなふうにしやがったのか……!」
ミカの声を否定するものは、この空間には誰もいない。
私は額を手で覆い、天を仰いだ。
「それ完全に踏み入れちゃいけない領域じゃないですか? メアリーさん、本当にそんな男でいいんです? 婚約者の私がいうのも何ですけど……」
そう、一応私の婚約者なのだ。形式上、今はまだ。
どう考えてもやばいでしょそのメンヘラ王子。そんな相手じゃメアリーちゃんは幸せになれない。推しカプとか言っている場合じゃないよ完全に。
メアリーちゃんはびくりと肩をゆらして自身の前でバタバタと手を振る。
「えっ……!? あ、ち、違うんです。デービット様にはリリア様という婚約者がいますから。私はあくまで……お友達で……」
待って今なんつった???
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