〈第13話〉断罪イベント3日前ー変わり行く感情ー
落ち着いたダークブラウンの机に、濃い紫色の高級感があるソファ。部屋の中にある調度品や花がセンスの良さを感じさせる。
ラファエルらしい大人っぽさと色気に溢れた執務室。部屋からここまで主人の人柄を感じられることはなかなかないだろう。
ソファに腰掛け体を沈めながら、カップに口をつける。渋みと香りのバランスが良い紅茶は、話をしている間にぬるくなっていた。
「つまり……メアリーさん本人もいじめを否定しているし、省内でも意見がわかれている、と」
私の言葉をきいて、ラファエルは静かに頷く。
「そういうこと。出勤停止前のリリアちゃんにも話したかったけど、とても話ができる雰囲気じゃなくてね」
ラファエルはまっすぐ目を伏せる。その顔には26歳という年齢に見合わぬ哀愁が漂っていた。
予想通り、いじめはなかったと考えて良さそうか。
メアリーちゃん自身が否定しているならば、おそらく彼女は黒幕ではない。
「となると……やっぱり誰かが目的をもって噂を流したと考えるのが妥当だな」
ミカは苦虫を噛みつぶしたような顔でため息をつく。
「だろうね。噂を流すと同時にリリアちゃんに精神的ダメージを与えたと考えれば、あの疲弊した様子も納得だ」
ラファエルは紅茶を煽ってから、こちらを見た。
「それにしても、リリアちゃんが記憶喪失とは……。飛び降りる前より後の方が顔色がいいなんて、皮肉なものだよね」
口元は優しくほほえんでいるが、その目は冷くこちらを観察していた。どこまでも深い青緑の目は、吸い込まれそうな美しさで。
心の中まで引き摺り出されそうな気がして、思わず目をそらす。
「こんなに積極的で堂々としたリリアちゃん、初めて見たよ。……これが『本来のリリアちゃん』なのかな?」
穏やかなのに確かな疑念が宿ったその声。変わるだけの『何か』があったのではないかと、きっとそう聞きたいのだろう。
流石、ゲーム内屈指の攻略難易度と知性をもつラファエル。ただ情報を開示するだけでは終わらない。
急に変わった妹分、それに強く入れこんでいる様子のミカ。心配してもおかしくないどころか、この違和感を無視したら知的キャラの面目丸潰れ案件である。
「……兄貴、それ、どういう意味だ?」
普段より僅かに低いミカの声に、ラファエルは肩をすくめた。
「純粋に気になっただけだよ。なんだか急に、リリアちゃんが遠くなった気がしてね」
それを聞いてもなお、ミカはラファエルをにらんだままだった。
兄としてミカを心配するラファエルと、それが伝わってないミカ。近いようで遠いこの距離感。オタクとしてはたまらないものがある。
この尊い関係を守りたい。だから私は、この疑いを晴らさなきゃいけないんだ。
ルカとして2人の関係性を守るためにも、リリアの居場所を守るためにも。
「ミカ、大丈夫。ラファエル様が言ってることは最もだよ」
目線だけでミカを制し、ゆっくりと体をラファエルの方へ向ける
「何が本来の私なのかは分かりませんが……。今は、とても不安なんです。記憶も混濁したまま戻らない。体もきしむし、周りの視線も恐ろしくて仕方がない」
これは紛れもない本心だ。転生したらいきなり断罪7日前、放り出されたのは自分の知らない情報が渦巻く世界。
一筋縄ではいかない謎と、プレイヤー時代は考えもしなかったシナリオの残酷さ。
目まぐるしく変化する喜怒哀楽。
4Dなんか目じゃない。圧し潰されそうなリアリティの暴力に、心が悲鳴を上げている。
それでもーーー私は諦めない。
私は、1人じゃないから。
隣からじわりと伝わってくる熱が、静かに肯定しているような気がした。
「最初はただ、自分のために動いていました」
自分が助かるために、『推し』を幸せにしたいという妄想を実現させるために、ミカに近づいた。
最初は『キャラクターとしてのミカ』しか見ていない、画面の外基準のプレイヤーだった。
「でも、変わったんです。ミカにあって」
私が出会ったミカは……ただの『ゲームのキャラ』じゃなかった。リリアのことを考えて、その気持ちを感じて、不器用なりに動く、1人の『人間』だった。
「私のことを――リリアのことを、こんなに考えてくれている。だから私、ミカのためにも
前に進まないといけないって、思ったんです」
今もまだプレイヤーとしての視点が抜けないことはある。でも……考えは確かに変わっていた。
となりにいるミカは、何も言葉を発さない。
しかしその口元はわずかに弧を描いていて。
ミカと一緒に、未来を変えていきたい。ミカと一緒に歩んでいきたい。
彼の隣を選ぶことが、今の私の願いだった。
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