〈第12話〉断罪イベント3日前ー私の王子様ー
白い漆喰が日に照らされ廊下を明るく彩っている。それとは対照的なモノクロの床を、私は足早に歩いていた。
向かう先は王宮の中枢、宗教省。
今日は無事寝坊することなく、始業時間の朝9時に辿り着くことができた。
流石に、2日連続遅刻ってわけにはいかないしね……。
宗教省というプレートが掲げられた扉を、じっと睨みつける。
出勤停止直前に私がどのように扱われていたのかはわからない。しかし、この先は敵地だと考えて相違ないだろう。
肩を上下させて大きく息をする。
……うん、大丈夫。最悪ラファエルがなんとかしてくれる。優秀だし。
ノックをしてからゆっくりと、扉を開け放つ。
その瞬間、こちらに集まる視線。
逸らされることのないそれは、身体中に突き刺さるように抜けなかった。
まあ、そうなるよね。
それを意識しないよう、目を伏せて深く礼をする。
「出勤停止中に申し訳ございません。私物を取りに参りました。すぐに帰宅予定のため、ご容赦願います」
自らを奮い立たせるように、大きな声でそう告げた。
カツカツと靴をならして、ゲーム内でリリアの席があった場所へと歩き出す。
「あ、あの……!」
その途中、控えめにかけられた声。振り向くと、強張った表情の女性が3人並んでいる。
「……どうか、なさいましたか?」
無意識に、顔が引き攣った。
3人はお互い目を見合わせたあと、堰を切ったように話し出す。
「あの……! お、お怪我、大丈夫ですか!?」
「飛び降りたって聞いて、心配で心配で……リリア先輩、ずっと顔色悪かったですし」
「リリア先輩がいないと、私寂しいですぅ」
「……へ?」
泣きそうな表情で、口々にこちらを心配する彼女たち。
ーーー待って、想像してたんとちゃう。
えっ、私いじめしてるって噂立ってるんだよね? 図書館では『嫉妬ヒステリーいじめ女』ぐらいの散々な言われようだったんだけど??
頭の中で、疑問符がぐるぐると渦巻く
「み、みんな……噂は、知ってるよね?」
「知ってますけど……リリア様殿下の話するたびにすごい複雑そうな顔してましたし、そもそもメアリー様の悪口言ってるのも聞いたことありませんし……」
「この部署の人間だれもそんな話してないのに、外部でだけ異様に話広がってるの、おかしいじゃないですか。庶務課の友達とかすごい噂に尾ひれついた話してるし! だから、みんな心配してるんですよ?」
外の部署でだけ、異様に広がってる……?
初めて得る情報だ。口元に手を当て、目線が自然と床に向く。
いや、とりあえず考えるのは後だ。この子達を心配させてはいけない。
にこりと優しい笑みを浮かべて、3人を見る
「ありがとうございます。見た目ほど怪我は酷くないんですよ。たまたま外を見ていたら手を滑らせてしまって。ご心配をおかけして申し訳ございません」
3人は、私の言葉にほっとした様子で息を吐く。
リリア、慕われてるんだなぁ。
それが、まるで自分のことかのように嬉しかった。推しが認められるのは嬉しいものである。
「はいはい、皆心配なのはわかるけど、今就業中だよ? あとは俺が話しておくから、任せといてくれない?」
奥の方からやってくる、飄々とした軽さと低さが共存する美声。そこいたのは、アイスグレージュの髪を揺らすラファエル。目があった瞬間、ターコイズの瞳がすっと細められる。
その隣にいるのは、見慣れたオリーブブラウンの短髪が特徴的な背の高い男性。
なんで、ミカがここにいるの……!?
想定外すぎて、思わず視線がミカに釘付けになる。
ミカは私の視線に気がつくと、照れたようにふっと微笑んだ。
ーーーまって朝から顔が良すぎるんじゃありませんこと!?
電流が走ったかのような衝撃が、全身を駆け巡る。
いや何その顔知らない知らないイベントスチルでもそんな優しい顔見たことない……!
っていうかミカそんな顔できたの……!?
心拍数が跳ね上がり、脳内は拍手喝采爆音祭り。朝に弱い私の眠気も完璧に吹き飛ばすスーパーモーニングコールである。
「あー……おはよう。兄貴の忘れ物を、届けにきてな」
ガシガシと首元をかくミカ。なのに、目線はしっかりこちらを捉えている。
……どう考えてもわざとですね、このわかりやすさが愛おしい。
あえてそれを指摘せず、平静を装う。
「おはよう。ミカがいると思ってなかったから、びっくりしたよ」
「……まあ、心配でな」
照れた様子で短く返すミカ。
それを見て、ラファエルは一瞬目を開いてから愉快そうに笑ってーーー
って、そうだ! ラファエル!! ミカの破壊力に気圧されていたが、こちらも最重要確認対象だ……!
視線をラファエルの方へ移し、じっと見つめる。
柔らかな髪、穏やかなタレ目、掴みどころがない微笑み……! まさに、『ミステリアスな大人の魅力、ラファエル』の謳い文句そのままである。
はぁー、顔がいい。キャラデザだけだったら完全にラファエル推しなんだよなぁ。
私の視線に気がついたのか、ラファエルは笑みを深くする
「リリアちゃんみたいは可愛い子にそんなに見つめられると照れちゃうなぁ。……ゆっくりと話をしたいなら、俺の執務室でどうかな? お茶でも飲みながらさ」
ちゃ、チャラい!! めっちゃ軟派なお兄さんだ!! 原作通りですね大好物です……!
手慣れた様子でウインクして、私の手を取ろうとするラファエル。
「何してんだよ」
しかしそれは間に入ったミカによって阻まれた。
若干、ラファエルに向いたミカの視線が怖い。
「レディをエスコートしようと思ったんだけど……。じゃあ、俺の代わりに連れてきてあげてよ。丁寧に、ね?」
ラファエルはそれをひらりとかわして、くるりと背を向け歩き出す。
ミカはガシガシと頭をかくと、おずおずと私に手を差し伸べた。
「……行くぞ」
大きな手に私はそっと自らの手を重ねる。
ミカは私の手を優しく取ると、ゆっくりと歩幅を合わせて歩き出す。
その姿はまるで、絵本に出てくる王子様みたいだった。
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