表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【第一部完結】あと7日で断罪とかマジですか? ーヤンデレ幼馴染と走る断罪回避RTAー  作者:
あと7日で断罪とかマジですか!?ー断罪回避RTAー
13/47

〈第9話〉断罪イベント4日前ー遅すぎた祝福ー

木目ばりの床に反射したカラフルなステンドグラス。滲んだそれをぼんやりと見ながら、ひたすらに祈りを捧げる。

私は宗教など信じていないがーーー今だけは、神に縋りたい気分だった。


どうか、この世界で推しを幸せにできますように。その明るい未来を、見届けることができますようにと。


ゆっくりと瞼をあけ、立ち上がる。


「おやおや、珍しいお客様ですね」


背後から聞こえる柔らかな声。振り返った先には、穏やかな表情の老神父がいた。

私にとっては初めて見る相手だが、リリアにとっては馴染みの人物なのだろう。


「神父様、お久しぶりです」


貴族らしい綺麗な礼をするミカ。私も慌てて腰を折る。


「礼拝ですか。最後に2人で来たのは……もう、10年以上前でしょうか」


遠くに想いを馳せるように、ロザリオを撫でる神父様。その姿はどことなく哀愁が漂っていた。


「……リリアさん。その傷は一体どうしたのですか?」


神父様の声が、わずかに固くなる。


うわー、聞いちゃうかぁ……。そりゃそうだよね、頭に包帯巻いてたら誰だって気がつくよ。ターバン巻く文化圏ぐらいだよ聞かれないの。


「えぇと……それが、私にもわからなくて。飛び降りたらしいのですが、記憶がないんです。なので、調査中と言いますか……」


神父様は一瞬言葉を失ってから、目を伏せて眼鏡のフレームをなおす。それはまるで、自らを落ち着かせるための儀式のようだった。


「なるほど……。聖女様と殿下が懇意にされているという話、この教会にまで届いています。貴女のことが気がかりだったのですが、まさかこのようなことになっているとは……」


眼鏡の奥の瞳が細められる。


「私に答えられることならば、なんでも聞いてください。迷える子羊を導くのが私の務めです」


その声が、じんわりと心に染み込んだ。全て包み込むようなその態度に、既視感と安心感を覚える。もしかしたら、リリアの記憶がそうさせるのかもしれない。


「ありがとうございます、神父様。……元々殿下とは仲の良い婚約者だったと聞きました。それが、15歳のある日を境に疎遠になったとも……その時のことを、聞きたいのです」


神父様はそれを聞いて、困ったように微笑んだ。


「あの時のリリアさんのことは、今でも鮮明に思い出せます。……見たことがない沈んだ顔で、連日必死に祈りを捧げていましたから。少しでも楽になればと声をかけましたが、貴女は微笑んで何も話してはくれませんでした」


神父様は記憶を少しずつ掬い上げるように話し続ける。


「ある日、リリアさんは殿下と2人で教会を尋ねてきました。前方で私が祈りを捧げている時にある会話が聞こえていたのです。盗み聞きのようで気が引けましたが、リリアさんのことが心配で……つい、魔が差しました。聖職者であるというのに、情けない話です」


神父様は自嘲気味に笑った。

見守ってきた子供がそんなふうに急変したら、誰だってそうなる。むしろ、慈悲の心がそうさせるのは当然と言えるだろう。


「リリアさんは殿下に尋ねました。『もし、私が危険な目にあったら……殿下は、私を守ってくださいますか?』と」


背筋にぞくりと電流が走る。まるで禁域に足を踏み入れたような、そんな感覚だった。


「どこまでも真剣で、怯え震えた声が、今でも耳から離れません。しかしそれに対して、殿下はこう答えたんです」


これ以上、進んではいけない。聞いては、いけない。

そんな声が、聞こえた気がした。


「『お前が僕を好きなままだったら、考えてやってもいい』と」


沈黙が、その場を支配する。


脳内が自分以外の何かに支配されたような、奇妙な感覚だった。胸のなかから溢れるこの悲しみは、一体誰のものなんだろう。


「祈りの最中にも関わらず、私は振り向いてしまいました。見えたのは、失望した顔で殿下を見るリリアさんと、何食わぬ顔で前を見続ける殿下。……その時からです。リリアさんが、殿下と明らかに距離を取り始めたのは」


静寂を打ち破り、神父様は最後の言葉を言い切った。苦々しいその顔をみると、胸が痛んだ。


神父様にさえ言えなかった、リリアの祈りや葛藤。デービットはそれを一瞥もせずに切り捨てたというのか。


思春期の幼なさ故の失態というには、あまりにも残酷で。

空いた口が塞がらず、入り込む空気のせいか喉が渇いて仕方がなかった。


「あいつ……そんなことを……」


隣から聞こえた、地を這うような恐ろしい声。

視線が自然と声の主に引きつけられた。

強く噛まれ、血が滲んだ唇。耳に残る、ぎりりと奥歯が軋む音。視線を下ろすと、爪が食い込んで白く変色した手が見えた。


「み、ミカ……?」


先程とは比べ物にならない剥き出しの激情。私はただ、震える声でミカの名前を呼ぶことしかできなかった。それは怒りか、はたまた恐怖か。自分でもわからなかった。


「俺が、どんな気持ちであいつを諦めたと思ってんだ……リリアを、あいつを……!」


強くなる語気、震える拳。

痛いほどに滲む、リリアへの想い。


「守れもしねぇくせに……何が婚約者だ!!!」


その想いを全て出し切るようなミカの声が、静かな教会に響き渡る。しかし、それを咎めるものは、否、咎められるものは1人もいなかった。


肩で息をするミカ。充血した結膜が、エメラルドの瞳を彩っていた。


何度目かわからぬ沈黙。心なしか、空気が先ほどより熱く感じられた。


「……もしも、リリアさんの隣にいたのが貴方だとしたら……リリアさんが身につけていたのは、包帯ではなくベールだったかもしれませんね」


静かに語る神父様の声が、熱を静かに冷ましていく。


「その後の婚約取り下げ騒動で、殿下は酷く取り乱されたと伺っております。もしかしたら今でも……殿下は、リリアさんに何かしら思うところがあるのかもしれません」


伏せられた目が何を意味しているのか、私にはわからない。しかし、胸の中をかき乱されるような、嫌な予感がした。


「聖女様の件もあります。どうか、ご無理をなさらずに」


私を一瞥した神父様は、視線を隣のミカへと移す。


「ーーー貴女に手を差し伸べてくれる方との未来に、女神様の祝福があらんことを」


その声に、ミカは目を丸くする。白くなった拳が、わずかに血色を取り戻した。


私はその手をそっと取る。

ミカは僅かに瞳を揺らしてから、優しく私の手を握り返した。


その感触を確かめてから、私は神父様をまっすぐに見据えた。唇が、微かに弧を描く。


「私はもう、1人で絶望に打ちひしがれる子供ではありません。自らの手で、未来を切り開いて見せましょう」


胸の中で渦巻く暗雲は晴れない。だがしかし指先を包む温もりは、雲間から差し込む一筋の陽光のように私の心を照らしていた。

お読みいただきありがとうございます!

皆様の反応が励みになりますので、よろしければブクマ&リアクション&コメントお願いします!

ブクマ5ごとに番外編を追加予定です✨

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ