身代金
「それで、身代金は幾らにしようか?」
小太りのメガネがそう聞くと、痩せっぽちの付け髭は間髪入れずに
「百億円」
と、さも楽しげに答えた。
「馬鹿、そりゃ高すぎるだろ」
リーダー格のマスクが付け髭を軽く小突く。小突かれた方の付け髭は暫く考えたのち、
「じゃあ値下げしようか。一千万」
値を落とされた身代金だが賢しげなマスクは
「一千万も払えるかね」
と、いやらしい口調で言い、笑った。
――僕が誘拐されてそろそろ一時間が経つ。
三人の誘拐犯たちは犯行に興奮している様子で、この部屋に監禁した僕をよそに犯行電話の内容を熱心に検討している。
「息子を誘拐したから、一千万円払え」
「もうちょっと、テレビみたくならないの?」
「じゃあ、どんなだよ?」
思案に耽る彼等に僕はもどかしくなり、仕方ないなと助け舟を出す。
「お前の息子は預かった、帰して欲しくば一千万円用意しろ」
僕のセリフに付け髭が手を打った。
「それだ、それで行こう!」
さっそくメガネが僕の携帯をいじる。
「ちょっと待て、そのままの声で喋ったら俺たちだってバレるだろ」
そう言ってマスクが付け髭を制止した。
「じゃあどうするの」
困っている犯人ども。
僕は苦笑いすると、よいしょとベッドの上に登り
「オ・マ・エ・ノ・息・子・ハ・ア・ズ・カッ・タ!」
と宇宙人がしゃべるような素っ頓狂な奇声を上げた。
犯人たちは顔を見合わるとゲラゲラと一斉に笑い出し
「一・千・万・円・ヨ・ウ・イ・シ・ロ!」
と合唱した。
用意が万端整うと、メガネが僕の携帯のボタンを押す。
すると一階の台所の電話が鳴り、母が受話器を取った。
メガネは先程の文句を、僕がやってみせた金切声で再現する。
「あらま、そりゃ大変」
と下から母の声。
「でも、幾らなんでも一千万は高過ぎるわね」
犯人達はざわめいた。
「じゃあ百万円!」
「高い」
「十万円?」
「まだまだ」
「じゃあ一万円? DSより安いよ!」
「ううん、それでもねえ……」
「ええ!? オイちゃんいったい幾らなの?」
喜ぶべきか、悲しむべきか。一度は百億円と値付けされた僕の金額は今や携帯ゲーム機以下だ。
「じゃあ、幾らなら払うの?」
こじれる取引に弱気を見せ始めた犯人たちを前に、母の交渉術が冴え渡る。
「そうね、今晩あんたたち何が食べたい?」
「ハンバーグ!」
「唐揚げはどう?」
「好き!」
「じゃあ唐揚げ、作ってあげるからそろそろ降りてきなさい」
「えー、どうする?」
顔を見合わせる三人。
「あ、そうだ。ご飯のあとみんなで花火やろうか?」
「やるやる!」
――こうして、僕は誘拐ごっこに興じる兄の子供三人から無事解放されたのだった。
小学生の甥たちは、約束通りに支払われた唐揚げを満足げに頬張りながら、誘拐の文句を例の宇宙人の奇声で大合唱。どうやら気に入ったらしい。
「オ・マ・エ・ノ・息・子・ハ・ア・ズ・カ・ッ・タ!」
「一・千・万・円・ヨ・ウ・イ・シ・ロ!」
花火を買って帰った兄が「なんだそりゃ」と怪訝な顔をした。
「オイちゃん誘拐したらね、唐揚げになったの」
経過を飛ばしすぎて説明になっていない返答に「はぁ?」と兄は苦笑いする。
「そうすると、これはお前の肉ってことか?」
兄が唐揚げを指差し僕に聞く。自分の大好物でもある身代金を齧り付いて僕は笑った。
「よく味わって食べてくれよ」
<終>