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変わり果てた王国

 お城の裏にある厩舎の中にあったわずかな矢と弓、短剣を持って裏門の脇にある秘密の通路へ入った。ここは城の者でもわずかしか知らない通路だ。灯りがないので補助魔法で光をわずかに灯しながら、通路を進む。人の気配はないが、誰が通ったのだろう、たくさんの足跡があった。敵がいるかもしれない。そう思うと前に進むのがより一層慎重になった。

 

 もう少しで城内というところまで来るが通路内には人はいないようだった。内側から外側の音に耳をそばだてる。静かだ。だが隙間風の人工的な火の匂いが鼻をつく。火薬の匂いだ。お兄様の魔法とは違う。スカラシュタインの軍隊が城内まで入ったからだろう。

 

 お母様と静かに城内に出る。細い廊下に並んでいる小部屋の一つにつながっているのだが、そこには誰もいなかった。もう一度外の様子を伺って部屋から出ると、そこは気味が悪いくらい静かだった。細い廊下の先に、正面玄関に続く大きなホールが見える。

 

 私たちは小走りでホールへ向かった。近づくにつれ、外からは地響きのような音もする。ホールに出るとそこには、たくさんの兵士達が倒れていた。

 私は息をのんだ。これが戦争なのか。どうしてこんなことに。お兄様は、ウィンはどこ?

 

「けが人の手当てをしましょう」

 お母様に言われてはっとした。倒れている者たちの安否を確認しなければ。改めて見てみると、この国の者達ではなく、スカラシュタイン軍の兵士達ばかりだった。

 

 私は思わず外を見た。まだ激しい戦いが続いている。助けに行きたいが、私が行ったところで足手まといになるだけだ。補助魔法は多くの人を手助けすることはできないし、自分の身を自分で守ることもできない。そんなもどかしい気持ちを汲んでか、お母様が言った。

「先にここのけが人の手当てをしておけば、騎士達が傷ついて帰ってきた時にすぐ対応できるでしょう」

 お母様が手の止まっている私に改めて言う。

 はい、と私は色々なことが気になってはいたが目の前のことに集中した。

 

 私達は手分けして、手当てを始めた。剣での怪我ではなく、火傷のような傷が多い。薬草温室の薬草を使って、薬を作り、痛みを和らげるおまじないをしながら包帯を巻く。この火傷はお兄様の炎かと思っていたのだが、魔法の傷ではない者も多いことに気がついた。

 

 なぜ自国の武器で傷ついているのだろう、と不思議には思ったが、長くあれこれ考えている暇はない。苦しそうに息をしている者がまだいる。私は手当てを急いだ。

 鉄兜を外すと、私より若い者もいる。スカラシュタイン王国には徴兵制度があったことを思い出した。この人達だって好きで戦争に参加している訳ではないのかもしれない。

 

「水を…」近くの一人が、消えるような声で私に訴えた。

「お水ね、今持ってくるわ」

 兜を外し、上半身を起こして水を飲むのを手伝う。手当てを始めるが、この人は足の傷口が深くて出血が多い。

 

「敵国の兵士にずいぶんとお優しいのですね」

 その兵士が水を飲んだ後、目をつむりながら話す。

 はあ、はあと苦しそうに話をしている。止血薬を使っているけれど、止まるだろうか。布を当て、ぎゅっと手で傷を圧迫しおまじないをかける。

「今はお話にならないで。血を止めていますから。それに、けが人を助けるのは当然です」

「こんな奇襲をかけた国の者でもですか」

「それは……今は関係ないわ」

 兵士は少し驚いたような顔をして、話を続けた。

「この国は……スカラシュタインとは違いますね。こちらの軍隊を指揮する王子達は、僕たちを人とは思ってない。ここにいるけが人の多くは、自国の爆弾でやられています。自国の者がいても、相手国に多くの犠牲を出せれば構わず爆弾を使うような人間なのです」

 なんて酷いの――でも、それで納得がいった。魔法の傷ではないのが多いのは、そのためだ。

「そんな国ですけど、帰りたい。待っている人がいるから」

 話終わると、青年はふぅと息を吐いて意識を失った。

「しっかりして。大切な人がいるのでしょう」

 出血は何とか止まったが、出血量が多いのだ。呼吸が浅く、顔も青白い。でも私に今できることはもうない。ご加護や体力回復のおまじないをかけながら「助かりますように」と願った。

 

 空が明るくなって来ていることに気が付かなかった。炎のせいで、夜なのに明るかったからだ。ホールのけが人の手当てが一通り終わる頃、だんだんと騒音が遠くへ、そして減っていった。

「王妃様! 姫様!」

 静かなホールに声が響く。振り返るとそこには執事やメイド達の姿があった。

「みんな! 無事なの? 怪我はない?」

「はい、オリバー様や騎士の皆様が私たちを逃がしてくれたのです。秘密の通路から」

 あの通路の足跡はみんなのものだったのか。

「近くに隠れていたのですが、音が止んだので戻ってきたのです」

「無事で何よりです。不安で休めていないところ悪いのだけれど、けが人に水や食料を与えてあげてくれませんか」

「王妃様、もちろんです。王妃様もお怪我されているではないですか。お休みになってください」

「私は大丈夫。きっと騎士の皆もそろそろ帰ってくるでしょう。労いたいの。忙しくなるわ。頼みますよ」

 メイドや執事達の顔を見て、少し安堵した。無事でよかった。ほっとしたのも束の間、

「帰って来たわ!」

 一人のメイドが門の方を指して言った。私は思わず駆け出していた。

「お兄様!」

「アリア……」

 お兄様は馬から降りると、私を抱きしめてくれた。

「よくご無事で……」

 声をかけるとお兄様の身体がぐらりと揺れ、支えきれずに地面へ膝をつく。

「お兄様! お兄様!」

 魔力をぎりぎりまで使い果たし、腕や脚に怪我もしている。他の騎士達もそうだった。気力だけで立っているようなものだ。

 

「皆、よく戦ってくれました。まずは休んで。薬や治療が必要な者はこちらへ」

 王妃が声をかける。騎士達は言葉少なに座り込んでいた。

 ウィンの姿を探す。なかなか姿が見つけられず、何かあったのではないかと心臓が締め付けられる思いだった。騎士団の後ろの方にやっと姿を見つけた。けがをしている騎士に肩を貸している。ウィンには大きなケガがない様子だったので少し安心したが、みんな何かしらの手当てがいるほど、アートボーデンの兵士達も傷ついていた。

 

 お兄様の元で傷に薬と包帯をつけていると、お兄様が目を開けた。

「お兄様、大丈夫?」

「ああ……アリアは? 怪我はないか?」

「私は大丈夫だけど、お母様が。でも、動けないほどではないわ」

「そちらも何かあったのか? 父上は?」

 

 私は晩餐会での出来事を話した。晩餐会は罠だったこと、スカラシュタインの軍隊が攻め込んできたこと、お父様のこと……お父様のことを思うと涙が出てきた。あの時の恐怖が今になって鮮明に思い出される。今まで必死で、泣く暇がなかったけれど話していると涙が止まらなくなってしまった。ソフィア様が逃がしてくれたこと、ソフィア様からの言付けも伝えて泣いている私の話を、お兄様と周りの騎士達が静かに聞いていた。

 

「父上のところに行かなければ」

 お兄様が無理やり体を起こそうとする。

「そんな体じゃ行けないわ。行かないで。お兄様までいなくならないで、お願い……」

 泣きじゃくる私の横にお母様が来て言った。

「気持ちは分かるけれど、今はできることは何もありません。あちらももう決着はついているでしょう……体のことを一番に考えて。父上が不在ということは、あなたにも色々なことを背負ってもらわなければならないのよ」

 お兄様は天を仰いで、腕で顔を覆っていた。

「お兄様の方は?」

 少し間があってから、お兄様が話し始めた。

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