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アートボーデン王国

 草花の匂いが湿った風に乗ってくる。城内の薬草温室からの匂いだ。お城の裏手にある小川のほとりに立って朝の空気を吸い込むと、爽やかな気持ちになる。暦上ではもう秋が始まっているのだが、今日は暑くなりそうだ。

 

「今日も頑張ろう」

 伸びをしながら表門に向かって歩き出すと声をかけられた。

「アリア様、お出かけですか」

 振り返ると幼なじみのウィンが立っていた。彼の愛馬も一緒だ。

「ウィン、おはよう。街へ出るのよ。その呼び方、二人の時はやめてって言ってるでしょう」

 馬のきれいなたてがみを撫でながら、少しむくれて言った。

「アリア様が良くても、私は見つかったら何言われるかわかりませんから」

「幼なじみなんだからいいのに」

 

 ウィンは現在の騎士長の息子で、幼い頃から城内で一緒に遊んだ仲だ。二十年以上顔を合わせてるが、昔と比べてとても背が伸びた。昔は丸顔に大きな目が可愛らしい顔だったのに、凛々しい顔立ちになって体つきもがっしりし、頼もしくなったのは騎士の訓練に励んでいるからだ。昔は私のことを「アリア」と呼んでくれていたけど、いつの頃からか「アリア様」と呼ばれている。

 

 表門までの道のりを一緒に歩きながらウィンと話す。

「ねえ、子どもの頃と比べたらたくましくなったね。運動なんて、私のほうができるくらいだったのに」

「それ、いつの話ですか」

 ウィンが笑いながら言った。

「まだ私の方ができることってあるかなあ」

「そんなこといくらでもあります」

「例えば?」

「うーん、おまじないとか」

「それはそうだけど、そういうことじゃないの! 適当に言ってるでしょ」

 少し怒ったように言うと、

「アリア様はそのままでいいんです。いてくれるだけで」

 ウィンが茶色みがかった綺麗な目で、真っ直ぐ私を見てそう言った。急に真剣な顔で言うので私は恥ずかしくなってしまって、顔をそらして俯いた。

 

「街まで行くならお送りしますよ」

「大丈夫、ありがとう。疲れてるのでしょう? 休んだほうがいいわ」

 ウィンは朝まで仕事だったのだろう、どことなく疲れた顔をしていた。

「街に行くくらい平気です」

「私も街くらい一人で行けるから大丈夫。街のみんなはあなたに会いたがるかもしれないけれど。では、いってきます。あ、その前に」

 私はウィンの胸に手をかざして目を閉じ、心が安らぐおまじないをかけた。

「ゆっくり休んでね」

 

 ウィンと別れ、城を後にし城下にある街まで歩く。十五分ほどの道のりだ。優しい風が背中を押してくれる。時間が許せば週に一度、そうでなくても月に二回ほどは街まで行くことにしている。薬草で調合した薬におまじないをかけ、街の人々に持っていっているのだ。

 

 アートボーデン王国の王家は魔法が使える。国王であるお父様は風、水、火を操りその魔力は強大だ。オリバー兄様もお父様には及ばないが火の魔法を得意としている。だが大きな魔法が使えるのは男性陣だけで女性になると魔力が弱くおまじない程度だった。お母様もおまじないが使えるので、街の人々のために一緒に薬を作っている。おまじないを持続させて、魔法を使う時の補助をする(補助魔法と呼ばれている)こともできるのだが、ほとんど使う機会はない。

 

 お母様は忙しくなかなか街に来られないので、届けに行くのは私の役目だった。おまじない程度の魔力をかけた薬だが「姫様の薬はよく効く」とみんな喜んでくれていた。

 

「姫さま!おはようございます」

「おはよう。腰の調子はどう?」

「薬がよく効いています。そろそろ無くなってしまうのでやきもきしておりました」

「今日はウィン様とご一緒ではないのですね」

 

 城下の街ではみんなが声をかけてくれる。体の調子を話したり、子どもたちと遊んだりして過ごす。肩こりが軽くなったり、冷え性を治したり、傷が化膿しないようにしたりといったおまじないもかけながら今日も楽しく話をすることができた。強い力ではないので傷や病気をすっかり治すことはできない。その辺りがもどかしいのだが、みんなが笑顔になってくれるので私は救われていた。 

 

「そろそろ行かなくちゃ。みんな、必要なものは届いたかしら」

「ありがとうございます、姫さま。また待っていますね」

「また遊ぼうね。今度はちょうちょを一緒にとろう」

「今度は負けないから。またね」

 

 街の様子を見て、時折話しかけられながら帰ってくると昼食の時間になっていた。

「姫さま、また長いことお話になっていましたね」

「みんなとのお話がつい楽しくて。こんなにお土産もいただいてしまったわ」

 みんなからもらった搾りたてのミルクや卵、野菜の入ったカゴをメイドへ渡した。

「今日はフォレスタンド王国での晩餐会で、お夕食に食べられないのが残念ですね。お昼に何か召し上がられますか」

「せっかくだからミルクだけでもいただこうかしら」

 

 昼食の席に着くと、ちょうどオリバーお兄様も食堂へ来た。

「アリア、街へ行ってきたのか。街の人々の様子はどうだった」

「みんな変わりないわ。今年は農作物もよく育って、収穫を待っているって」

「去年の夏は、冷夏でみんな苦労していたからな」

「ちょっと暑くて、牛たちは疲れ気味ではあるみたいだけど。でも生産に影響が出るほどではないみたい」

 

 オリバーお兄様は騎士達を率いる立場にいて、なかなか街の様子を知ることができないので、時々こうして街の様子を話している。私も国家間の情勢のことをお兄様に尋ねる。

「最近の国境の辺りはどう?」

「大きな動きはないが、スカラシュタインは兵を増員しているようだ。それが少し気になる」

「戦争になったり、しないよね……?」

「フォレスタンドと力を合わせて、今は大きな争いが起きないようにするしかないな。今日から始まるフォレスタンドとの外交はそのためにあるようなものだろう。アリア、恥をかかないようにな」

「はーい。お兄様はソフィア様に会えなくて残念ね」

 ソフィア様というのは、フォレスタンド王国にいるお兄様の許婚だ。

「父上も私も国を空けるわけにはいかないからな」

 そんな真面目なことを返されても。もう少し照れたりするのを期待した私が馬鹿みたい。

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