君はにゃんこの寝言を聞いた事があるか?
「緋野君はにゃんこの寝言を聞いた事があるかい?」
唐突に質問してくる由和先輩。にゃんこは可愛い。だけど今じゃないでしょ、その質問。
今日は憧れの先輩の卒業式だ。ボクは勇気を出して告白しに来た。伝統の第二ボタンを貰う為に。近くの公園まで散歩しながら、機会を伺う。
「先輩‥‥ベランダに迷い込んだ猫ちゃん、メロメロですね」
寝言の話は寮の二階、先輩の部屋で飼う迷い猫の話だろう。先輩のルームメイトが猫アレルギーで文句を言っているのを見たことがあるよ。
「猫もさ、お腹見せて寝るし寝言を言うんだぞ」
照明の当たる屋内プールのように、キラキラした目で当たり前の事を言う先輩。相変わらずマイペースで、野良猫ちゃんが気を許すくらいの安心感があるのだ。
先輩の額の傷はトレーニングのせいではない。寝ている猫が近づく気配にびっくりして引っ掻いた傷だ。
「夢の中で、何か思い出したんじゃないですか」
「夢を見るのか。それは初耳だ」
嬉しそうに笑う先輩。変人だけどやっぱ好き。鳥人大会では残念ながら優勝出来なかった。でも先輩達と知恵を出し合って折った紙飛行機はボクの宝だよ。
「来年こそ優勝しろよ。僕は会場を一望出来る観覧車の中から、君達の活躍を見守るよ」
簡単に達成出来ない事は良くわかっている。それでも鈍い先輩の心遣いは嬉しい。
「その日はお弁当用意しておきますね。カレンダーに忘れずに大会の日を記入しておいて下さいね」
「わかってるさ。緋野君の弁当は旨いからな。今から楽しみだよ」
はぁ、駄目だ。この人これっぽっちも恋愛感情がない。
「そうだ。君に伝えたい事があるんだった」
鈍感な先輩からまさか告白? 私はドキリと脈打つ胸を抑えて由和先輩の言葉を待つ。
「僕らが卒業すれば部屋替えになるよね? にゃんこの世話は緋野君に頼むよ」
ん⋯⋯今、先輩何て言った?
「先輩⋯⋯ボクを誰だと思ってるんですか」
「緋野君だろう」
「あの、ボクは女子寮だから男子寮のにゃんこの世話は出来ませんよ」
「⋯⋯」
「⋯⋯」
「えっ? 君は女の子だったのか? ボクって言っていたから‥‥」
「だと思いました。制服姿で校内で会っても知らんぷりでしたもん」
────ボクはそう言うなり先輩の胸ぐらを掴み、ボタンを引き千切った。
「先輩、今までありがとうございました。大学へ進むまで、待っていて下さいよ」
真っ赤になった先輩。多少は意識はしてくれていたのかな。
ちなみににゃんこは女子寮で世話する事になったよ。