第9話 麻乃のいい人
それからまたしばらく経ったころ。
今回も穂高と一緒で、南浜での持ち回りだった。
二人で銀杏坂へと買いものへ出かけると、いくつかの店から声がかかる。
「なぁ……俺、もう本当に遊ぶの辞めているから。誘ってくるの、勘弁してくれねーかな?」
「なんでよ? 私、ずーっとずーっと待っているのに」
以前、通った店の姐さんたちが拗ねたように鴇汰の腕を取る。
それをやんわりと引き離した。
「俺、今、好きな人がいるって言ったよな?」
もう何度かそういって断りを入れていて、最近は誘われなくなってきたのに、なんだってまた誘いの声がかかるのか。
「聞いたけど……だって相手は麻乃ちゃんでしょう? 麻乃ちゃん、いい人ができたそうじゃないの。それなら誘っても構わないかしら、って」
「……は?」
思わず穂高を見ると、穂高も驚いた顔で鴇汰と姐さんのあいだに割り込んできた。
「姐さんたち、麻乃にいい人ができたなんて、俺たちは聞いたことがないよ? 一体、どこでそんな話を?」
「どこ……って……あちこちで噂になっているわよ?」
あちこちで噂になっているって? そんな馬鹿な……相手は誰だって言うんだ?
まさか、修治と復縁したんだろうか?
「姐さん、それ、どんな噂? 相手は誰だか聞いている?」
「え……? 相手は……ホラ、なんだか今、中央の医療所にいるらしい、庸儀の……」
「なんでも、毎日、一緒に花丘や中央の街をデートしているって。ねぇ?」
「そうそう。すごーく仲良さそうにしていた、って、あちこちで聞くわよね」
姐さんたちは、口を揃えて同じことをいう。
どうやら南区だけじゃあなく、西区でも北区でも、同じ噂が流れているらしい。
庸儀の野郎か!
毎日デートだって!?
やつが麻乃の『いい人』だってのか!?
穂高に買った荷物を全部押し付けると、そのまま車まで走り、すぐに中央へ向かった。
ちょっと目を離した隙に、そんなことになっているとは思いもしなかった。
あれほど気をつけろと言ってあったのに……。
言い寄られて断れなかったのか、それともしばらく一緒にいて、情が移ったのか?
どちらにしても、相手が庸儀の野郎だっていうのが気に入らない。
まだ修治のほうが、いくぶんかマシだ。
猛スピードで軍部の前に車を止めると、麻乃の個室まで走った。
ノックよりも先に、体当たりする勢いでドアを開くと、なにかにぶつかり、大きな物音がした。
開いたドアの向こうに、杉山が倒れてうずくまっている。
「ちょっと杉山……大丈夫? 鴇汰、そんなに勢いよくドアを開けたら、危ないじゃあないか!」
「杉山、悪い……いるとは思わなくて……」
ドアで杉山を吹っ飛ばしていたのか。
鴇汰は杉山に手を貸してやり、起きあがらせてやった。
「ごめんな、まさかドアの前に誰かいるとは思わなくて……ホントに悪い」
杉山は腰をさすりながら、ため息を漏らした。
声も出せないほどの痛みだったんだろうか?
申し訳なさに、その背中をさすってやりながら、鴇汰はもう一度、謝ると、麻乃を見た。
「麻乃! おまえ、あの庸儀の野郎とつき合っているって、ホントか!?」
「……はぁ? あんた、なにを馬鹿なことを言っているのさ?」
麻乃は眉間にシワを寄せ、鴇汰を睨んできた。
とぼけているのか、誤魔化そうとしているのか、わからない。
麻乃の態度は平静なままだ。
「そこらじゅうで、みんな言っているぞ!? どうなってんだよ!? おまえ、本気であの野郎を――」
「くだらないことを言ってるんじゃあないよ。そんなこと、あるわけが……」
否定の言葉を言いかけて、訝し気な顔をすると、麻乃は鴇汰の目を真っ直ぐに見つめてきた。
「鴇汰……あんたまさか、そんなことを言うためだけに、ここまで来たんじゃあないよね?」
「そんなこと!? そんなことってなんだよ! 重要なことだろーが!」
「全然重要なんかじゃあないでしょうが。あたしたちにとって、重要なのは持ち回りをきちんとこなすことでしょ?」
あまりにも最もなことを言われて、言葉に詰まる。
鴇汰が黙ったままでいると、麻乃は大きくため息をついた。
「馬鹿な噂話なんて信じていないで、さっさと南に戻りなよ。穂高にも迷惑がかかるでしょうが」
「馬鹿な噂話って……だいたい、俺はなぁ――」
「いいから。ほら、もう!」
麻乃はドアを開けると、鴇汰の背中をグイグイ押してくる。
軍部の入り口から、廊下を走ってくる穂高がみえた。
麻乃も気づいたようで、穂高に向かって大声を上げた。
「穂高! 鴇汰はここだよ! 悪いけど、連れて帰ってよ」
「ちょっと待てよ! まだ話しは終わってねーじゃんか!」
部屋に戻ろうとする鴇汰を、麻乃はさらに力を強めて押してきて、部屋から出されてしまった。
穂高は鴇汰の腕を取って引っ張ってくる。
麻乃はそのままドアを閉じてしまい、結局、どうなっているのか、なにがあったのか、聞けないままになってしまった。
「鴇汰! こんなところまで押しかけて、なにやっているんだよ!」
「なんで邪魔するんだよ! 俺は麻乃に――」
「襲撃がなかったからいいようなものの、これでもし、おまえが出たあとに襲撃があったら、どうするつもりだったんだよ?」
穂高が珍しくカンカンに怒っている。
穂高が言う通り、もしも鴇汰が南浜を出たあとに襲撃があったら、鴇汰は当然、間に合わないし、場合によっては堤防を越えられていたかもしれない。
「悪い……俺、頭に血がのぼっちまって……」
「まったく……気持ちはわかるよ。けど、それとこれとは別な話しだからな」
「……わかってる。ホントにごめん」
穂高は隊員の栗橋を一緒に連れてきていて、自分の車を栗橋に任せ、鴇汰の車に乗り込んできた。
帰りの道すがら、延々と穂高に小言を喰らったけれど、なんの反論も出来ず、鴇汰は黙って聞いていた。




