第4話 伝承の話
結局、西詰所にいるあいだに、梁瀬も鴇汰も本を全巻、読み終えてしまった。
食堂で朝食を食べながら、本の内容についてを梁瀬と話した。
「あれってさ、基本的に泉翔の歴史が綴られていたじゃん? 堅っ苦しい感じかと思っていたけど、梁瀬さんがいってたみたいに、確かに読みやすかった」
「でしょう? おかげで僕も、すんなりと頭に入ってきたよ」
「結構、いろいろな記録も書かれていたし、読んで良かったと思ったな」
「知らないことが多いもんねぇ……」
「そうなんだよな。俺、こんなに長いあいだ、泉翔が土地を育んで過ごしてきたってのが、ちょっと信じられなかった」
「ロマジェリカにいたときのことを考えると、そうなるよねぇ」
当時、梁瀬はヘイトの国境に近い街で暮らしていたそうだ。
だから鴇汰が暮らした街よりも、もっと土地が荒れていたらしい。
「水もさ、汚かったよな?」
「うん。僕たちの住んでいたところでは、濾して飲んでいたよ」
「あ、それは俺のところも同じ」
懐かしさなんて感じない。
離れて良かったと、今では思えるほどだ。
「あと……泉翔も大陸へ侵攻しようとしたことがある、っていうのがねぇ……僕は信じられなかったよ」
「ああ、あれな。ほとんど大陸側と同じ考えになってたもんな」
「そのときの、鬼神の伝承も……ね」
梁瀬は大陸にも伝承はいくつかあるらしいという。
梁瀬自身が知っているのは、それだけで、内容は知らないそうだ。
鴇汰もクロムにそんな話を聞いたことがある。
大陸の各国に、古い伝承がいくつか残っている、と。
「どんな内容かは、俺も知らねーけどさ、どうせロクなもんじゃあねーよ」
「どうなんだろうね? 豊穣の儀で大陸に行くでしょ? いつもそのときに手がかりがないか探すんだけど、なかなか……ね」
どうせ戦争をするための口実みたいな伝承なんだろうと、鴇汰は思った。
泉翔のように、国を豊かにするためのものではないだろう。
「そういえば、泉翔の鬼神は、男だけなのかな? 本に載っていたのは男ばかりだったけど」
「どうなんだろうねぇ? 基本、防衛で力を発揮するようだから、男だけなのかもしれないよね」
「そうか……」
鬼神の伝記の項になったとき、麻乃を思い出した。
泉翔人にしては、髪が赤茶けているからだ。
本には『燃えるように紅い髪』とあったから、麻乃の髪の色とは違うのに。
なにかが胸の奥で引っかかっているけれど、その正体がわからない。
まさか麻乃に「鬼神と関係があるのか?」などと聞けない。
聞いたとたん、平手かパンチが飛んできそうだ。
「なんにしても、やっぱり国の歴史とか歩みを知ると、守りたいっていう気持ちが強まるよね」
「俺もそれは思った。易々と倒れるわけにはいかないよな」
泉翔にきてからしばらくは、自分がこんなふうになるとは思ってもみなかった。
戦おうなんて考えたこともないし、それは鴇汰の知らない、どこか遠くで起こることで、関わることなんかない、そう思っていた。
おいしい料理を作って、誰かを喜ばせたいと思っていたのに。
穂高に連れられて行った地区別演習で、麻乃をみることがなければ、きっと今ごろは東区のどこかの店で、なにか料理を作っていただろう。
蓮華や戦士のことを良く知りもしないまま、毎日を過ごしていたに違いない。
麻乃の見る景色を見てみたかった。
それだけでここまできたけれど、いつの間にか鴇汰自身の手で泉翔を守りたいと、思うようになっている。
(俺もずいぶんと変わったもんだな……)
東区に引っ越して、穂高に会ってから、いろいろなことが変わった。
知り合ってもう十二年か。
穂高には、素直な気持ちで思ったことを話せる。
こんなに親しく付き合える相手ができるとも思っていなかった。
「なにをニヤニヤしているの?」
すっかり食べ終わった梁瀬が、鴇汰をジッとみていた。
ニヤついていたつもりはなかったのに、あれこれ考えているうちに顔が緩んでいたようだ。
「……麻乃さんのことでも考えていた?」
「なっ……! なに言っているんだよ! 別に麻乃のことを考えていたわけじゃあねーし!」
慌てて否定をしたけれど、梁瀬の指摘に心臓が跳ね上がり、顔も耳も熱い。
梁瀬は鴇汰の気持ちに気づいているようだ。
麻乃を思っていると、そんなにわかりやすく態度に出ているんだろうか?
「麻乃さん、鈍そうだからねぇ……ハッキリ言わないと、きっと伝わらないと思うよ?」
「……それはなんとなく、わかる」
蓮華になりたてのころ、麻乃に会うたびに浮足立って、感情が全部丸出しになっていた。
戦士たちの中にも、多分、麻乃に思いを寄せているだろうヤツらがいるのに、麻乃はまったく気づいていない。
修治の存在があったとはいえ、誰かに気持ちを向けられているということを、思ってもいないんだろう。
「早く伝えないと、誰かにとられちゃうかもしれないよ?」
その可能性がないと言えないのが辛い。
とはいえ……これまでさんざん悪態をついてきて、シレッと好きだなんて言えない。
今はまず、距離を縮めていかないと――。
「狙ってる戦士の子、たくさんいそうだもんねぇ?」
梁瀬がどんどん煽ってくる。
これ以上、聞いていると、変に乗せられて勢いだけで、とんでもないことを口にしそうだ。
まだ伝える時期じゃあないはず。そのはずだ。
残った食事を一気に平らげて、梁瀬から逃げるように部屋へと戻った。




