第8話 急転
翌朝、時間通りにやってきた杉山から、今は北浜で待機中の隊員たちの様子を聞いた。
今のところ、襲撃がないからか、各々で訓練をしたり、けやき沼に行ったり、休息をとったりしているらしい。
「まあ、安部隊長もいますから、よほど大きな襲撃がない限り、隊長がいなくても大丈夫ですね」
「そう? 思ったより時間を取られちゃってるから、どうなっているのか気になっていたんだよね」
「そう気にしなくても大丈夫ですよ」
杉山があっけらかんとしているのも、襲撃がないからだろう。
なんにせよ、みんなが無事に過ごせているなら、それでいい。
「それから、明日のことだけどさ、また看護師さんにリュの案内を頼もうと思っている」
「ああ、昨日みたいな感じですね?」
「そう。それで――」
バタバタと廊下を走る音が聞こえてきたと思った瞬間、またノックよりも早く、麻乃の部屋のドアが大きな音を立てて勢いよく開いた。
今度は鴇汰じゃあなく、入ってきたのは辺見と葛西に、豊浦と矢萩、岡山までいる。
息を切らせた五人は、鬼の形相にみえた。
「え……? あんたたち……どうしたってのさ? 北詰所は――」
「隊長! あんた……あの庸儀のヤツと好い仲になったって、本当ですか!?」
「好い仲って……どういうこと?」
辺見に詰め寄られ、麻乃はたじろいだ。
「とぼけているんですか? このあいだ、付き合い始めたとかなんとかって噂が回ってきたと思ったら……」
「今朝になったら、もう寝たっていう噂になっているじゃあないですか!」
「一体、どうなっているんですか! いつの間にそんな話になっているんです!?」
豊浦、矢萩、岡山までも、机に手をついて身を乗りだして責めてくる。
思わず杉山を見ると、杉山もこの話しは初耳だったようで、黙ったまま首を横に振った。
「で? どうなっているんです? この噂、本当なんですか?」
葛西までも、豊浦たちを押しのけて、麻乃を問い詰めてきた。
「どっ……どうもこうも、そんな話、あたしは初耳だよ! だいいち、あたしがあいつとどうこうなんて、あるはずがないじゃあないか!」
五人は押し黙ったまま、疑わし気な目で麻乃を見ている。
そんなに信用がないというのか。
「あんたたち、そんな話をどっから聞いてきたってのさ? 誰が言ったってのよ?」
「誰からともなく、ですけど、詰所ではその話でもちきりです。本人が、そう吹聴してたって聞いていますよ」
「本人が? リュがそう言ってたっての?」
「ええ」
リュはなにを考えて、そんな話をしたのか。
なにもないと、麻乃が否定するのは目に見えているはずだろう。
「そもそも、なんだって一人でヤツのところへ行ったんです? 俺たちは必ず誰か二人、連れていくように言いましたよね?」
「それは……確かにあたしが悪いよ。急にあいつに抱きつかれたし――」
「抱きつかれた!?」
五人と一緒に杉山まで叫んだ。
葛西は肩を落として、大きなため息をついている。
「……なにをやっているんですか、隊長は……それでそのままヤツと?」
「馬鹿なことを言ってんじゃあないよ! するわけがないでしょうが! なんとも思っていないような相手と、そんなこと……だいいち、抱きつかれたからって、このあたしが、そのまま大人しくしていると思う!? 頭突き食らわせて膝蹴りで倒してやったよ!」
すっかり噂を信じ切っているらしい五人に、本気で腹が立ち、麻乃は大声で怒鳴り散らした。
ここへきて、ようやく五人は麻乃の言葉を信じてくれたようだ。
「まったく……くだらない噂話に騙されて、持ち回りを放り出してまで……あんたたちこそ、なにをやってるのよ?」
「すみません……ですが、俺たちだって、自分のところの隊長がこんな噂を流されて、黙ってなんていられませんよ?」
「そうですよ! 嘘だとわかったからって、許せる問題じゃあないですからね!」
矢萩と豊浦は、付き合いが長いこともあってか、真っ赤になって怒っている。
「なんだってヤツがそんな嘘を吹聴して回ったんだか、聞いたほうがいいんじゃあないですか?」
葛西が神妙な顔つきでいうのにうなずくと、麻乃は立ち上がり、上着を着こんだ。
「まずは葛西と杉山、あたしと一緒にきて。辺見たちはここで待機。すぐ戻るから」
「わかりました」
すぐさま医療所へと向かう。
歩きながら、なぜこんな噂を流したのかを考えていた。
泉翔に残る気があるのなら、こんなことをしたら過ごしにくくなるだけだ。
嫌な予感がよぎり、麻乃は足を速めた。
医療所の入り口を入ると、リュに近づいたときのような、甘い香りがした。
中はシンと静まり返っている。
午前中の時間帯であれば、看護師たちがいつものように、忙しなく行き交っているはずだ。
「すみません」
詰所で声を掛けると、看護師たちはみんな、机にもたれていた。
「なんか、おかしい……」
詰所の中に入り、看護師たちの様子をみると、みんな眠っている。
奥の事務室では医師たちまでも、全員が眠っていた。
「庸儀の野郎……まさか、逃げた?」
「葛西、あんたは急いで上層へ連絡を! 杉山、あんたは宿舎に行って、梁瀬さんを呼んできて!」
「笠原隊長を?」
「あいつ……たぶん、術師だ。きっとみんな、なにかしらの術に掛かっていると思う。梁瀬さんならなにかわかるかもしれない。今週は休みで、宿舎にいるはずだから」
そう言い残して麻乃はリュの病室へ駆けこんだ。
ドアを開けると、やっぱり姿がない。
――逃げられた。
けれど、泉翔は海で囲まれている。
どこにも逃げようがないはずだ。
ボートでは、外海までは出られないだろう。
「――まさか!」
麻乃は急いで軍部の自分の部屋へ走った。




