第9話 気づき
西区で修治と過ごしたあと、中央へ戻ってから、これまで感じていた違和感が、一気に膨らんだ。
修治のことは変わらず好きだし、つき合い始めてもうすぐ二年が経とうとしているのに、どうにも胸がざわつく。
原因がわからないまま、麻乃は日々を過ごしていた。
鴇汰とも、変な言いがかりをつけられたり、上げ足を取って責められたりと、喧嘩が続くばかりだ。
腹が立つのに、会議で会うたびに、つい見入ってしまう。
鴇汰より後ろの席に座り、その背中を眺めていたり、会議のあとに穂高や梁瀬と笑いあっているところをみて、にやけている自分にも気づく。
最近では、どうやら花街へ通うのを辞めたらしいと聞いて、ホッとしている自分もいた。
苛立ちも怒りも、嬉しさも楽しさも、全部の感情を鴇汰に揺さぶられて、目眩を起こしそうだ。
修治といるときには、安心感があるけれど、こんなにも気持ちが動かされることはない。
言い合いをしているときに、ふと思った。
穂高たちと話しているときには、鴇汰はよく笑っている。
花街でも、きっとそんな感じだろうし、第五部隊の隊員とだって、きっと笑い合ったり、ふざけ合っているんだと思う。
麻乃だけが、鴇汰に険しい顔をさせているんじゃあないだろうか?
彼女と一緒にいるときは、どんな表情をみせるんだろう?
今も、ガタガタと文句を言っている鴇汰の顔をみながら、どうしようもなく切なく、胸が痛んだ。
いい加減、やり合っているのが辛くなり、鴇汰を無視して会議室を出ようとした。
「ちょっと待てよ! まだ話は済んじゃいねーだろ!」
肩をつかんだ鴇汰の手を、麻乃は思いきり払いのけた。
「もういいって! あたしが全部悪いんでしょ! だいたい、そんなに気に食わないなら、もう二度と、あたしに構わないでよ!」
鴇汰の顔をみることもできず、麻乃は会議室を飛び出した。
後ろで神田が鴇汰を窘め、叱っている声が聞こえるけれど、それもどうでもよかった。
そのまま軍部の自分の部屋に駆け込み、鍵をかけてソファで毛布にくるまって横になる。
今までのことを考えながら、胸の痛みに麻乃は体を丸めて小さくなった。
鴇汰の花街での噂に、嫌な気持ちになるのは、多分、嫉妬だ。
言い合いをしているときに、悲しくなるのは、麻乃のことをわかってもらえないからだ。
(あたし……鴇汰のことが好きなんだ……)
なんだって、こんな気持ちに気づいてしまったんだろう。
いくら好きになろうとも、鴇汰にはあんなにも奇麗な彼女の存在がある。
彼女がいなかったとしても、鴇汰の周りには奇麗な人が多い。
それを差し置いて、自分を選んでもらえると思うほど、いい女ではない。
料理も掃除も苦手で、家庭的でもなければ、思いやりがあるわけでもない。
「あるのは剣術だけ……か……」
出来の悪い自分に、自嘲気味に笑った。
横になったまま、大きくため息をつく。
この気持ちだけは、誰にも知られてはいけないし、口にもできない。
これが本当に人を愛する気持ちなんだとしたら、修治に対する『好き』の気持ちは……?
きっと、家族としての愛情なんだろう。
長く、いすぎてしまった。
両親を亡くしてから、ずっと同じ家で育ち、変わっていく思いに気づかないまま、ここまで来てしまった。
膨らむ違和感は、そのせいだったんだろう。
気づいた以上、この先も修治とつき合い続けていくのは、無理だ。
夜を待ち、人けがなくなってから宿舎に戻り、麻乃はそのまま修治の部屋を訪ねた。
別れの言葉を、言うために。
-完-




