第2話 新しい住人
朝になり姉たちと一緒に家を出て道場へ向かう途中、空き家の前を通ったけれど、シンと静まり返っていて人がいる気配がない。
てっきり、もう越してきているんだと思ったけれど、まだなんだろうか?
昨日、確か道場の仲間たちは、ロマジェリカ人を見に行くと言っていたのに。
「ねぇ、昨日、新しく引っ越してきた家、見にいってきた?」
道場に着くと、さっそく仲間たちに聞いてみると、みんな行ったけれど誰もいなかったといった。
そしてやっぱり、道場主の金井先生の知り合いらしいと聞いて、興味がなくなったらしい。
稽古が始まると、もう誰もその話題を口にしなかった。
今日は珍しく三女の里美だけが演習で居残りになり、穂高と一緒に家に帰った。
道すがら、やっぱりあの空き家に目が向く。
「あ……ホントに誰か引っ越してきたんだね」
「えっ? 誰かみえた? どこどこ?」
「違うよ。だってホラ、窓にカーテンがかかってるじゃない?」
里美が指さすほうをみると、確かにカーテンが引かれている。
ただ、全部閉まっているから、本当に人がいるのか穂高にはわからない。
「里美姉ちゃんは、どうして引っ越してきたってわかるの?」
「え? だってこのあいだ、修繕の人たちが中を奇麗に直していたときは、カーテンかかってなかったもん」
「ふうん……どんな人たちが住むんだろうね」
「あんた昨日からずいぶん気にしてるけど、引っ越してくるのは男の子よ?」
里美は穂高が女の子が引っ越してくるのを楽しみにしていると思っているようだ。
そんなこと、これっぽっちも思っていないし、むしろ男の子のほうがいい。
近くに住んでいて、一緒に遊べるような相手が欲しいんだから。
近所の幼なじみも女の子が多いし、家でも父があまり家にいないから、母と姉に囲まれてこっちも女ばかり。
正直、穂高にとっては楽しくはない。
「俺、男の友だちが少ないから、男の子のほうが嬉しい」
穂高がそういうと、里美は「そういえばそうか」といって笑った。
家の前まで来ると、玄関先に誰かが来ている。
「お客さんがきてるね」
「お母さん、もう帰ってきてるのかな?」
「早く帰って、手伝いしなきゃ! 穂高、早くおいで!」
里美が急に走り出し、穂高も急いであとを追った。
玄関先で母と話しているのは、見かけないロマジェリカ人の男の人だ。
この人が引っ越してきた人か……。
若そうな人だけど、この人の子どもなんだとしたら、穂高より年下じゃあないだろうか?
「こんにちは」
挨拶をして家に入る。
急いで手を洗って、穂高は柱の陰からこっそりと母たちの話しを聞いていた。
聞こえてくる話からわかったのは、この人は甥っ子と二人暮らしだということ。
その甥っ子は、やっぱり穂高と同じ歳だということ。
家を空けることが多いから、普段は子どもが一人で留守番をしているらしいこと。
だから敵襲のない東区に越してきたそうだ。
「生活の面では困ることはないのですが、災害などなにか起きたときには、気にかけていただけると助かります」
「大丈夫ですよ。東区ではそういったときに、通り別で避難などの手順が決まっていますから。あとでお知らせしますね」
どうやら、横二番の通りに住む全部の家に挨拶回りをしているみたいだ。
困ることはない、といっていたけれど、穂高と同じ歳ならば、男だとしても寂しいんじゃないだろうか?
家族が多い穂高にしてみると、一人でいるなんてありえない。
「痛いっ!」
「穂高! 早く手伝い! 洗濯物をしまって、お風呂、洗って!」
覗き見をしていた後ろから、正美に耳を引っ張られて思わず声をあげた。
柱の陰から引きずられていくときに玄関をみると、ロマジェリカ人の男の人が穂高をみてニッコリと笑い、会釈をしてくれた。
挨拶を返したかったけれど、耳を引っ張られてそれどころじゃない。
こんなところをみられてしまった恥ずかしさもある。
いるだろう越してきた子に、このことを話されなければいい、そう思った。
「ねえ、お母さん。新しく引っ越してきたさっきの人、名前聞いた?」
「長田さんよ」
夕飯のときに母に聞くと、そう答えた。
ロマジェリカ人なのに、泉翔の名前なんだと不思議に思っていると、先に姉の清美が口を挟んだ。
「泉翔人じゃないのに、泉翔の名前なの?」
「あのかたのお姉さん、ご主人が泉翔人だったそうよ。だからお子さんは泉翔人とロマジェリカ人のハーフね」
「じゃあ、あの家に四人で暮らすの?」
「それが、ご両親は亡くなっているんだって」
穂高が聞く隙もないくらい、母と姉たちのあいだで話しが進んでいくのを聞いていた。
親が亡くなってしまって、叔父さんと一緒に泉翔に逃げてきたのか。
それならなおさら、寂しいに決まっている。
ロマジェリカの人たちが泉翔に逃げてきた理由は、大人たちのうわさ話でだいたいしっている。
ほとんどの人たちは両親と一緒だけれど、その子は違う。
「引っ越しが終わって住みはじめるのは来週からなんだって」
「穂高、あんた長田くんのこと、うちの道場に誘いなさいよ?」
「金井先生の知り合いだからって、うちにくるとは限らないんだからね?」
姉たちが次々に穂高に訴えてくる。
言われなくてもそのつもりだ。
「うん、来週、さっそく挨拶にいってくるよ」
このときは、ただ道場に誘うことが、あんなにも難しいとは思いもしなかった。




