第1話 赤ちゃん
「修治、赤ちゃん見にいこうか?」
お昼ご飯を食べたあと、おかあさんにそう聞かれて、よくわからないまま、うなずいた。
手を引かれて出かけたのは修治がときどき連れて来られる麻美おばさんの家だった。
「房枝、いらっしゃい」
「出産おめでとう。これ、今夜のおかずを持ってきたの。隆紀はまだ帰れないんでしょう?」
「うん、休みが取れるのはあさってだって。修治、赤ちゃん見に来てくれたの? ありがとうね」
おかあさんに連れられて、家の中に入る。
部屋の中に小さいベッドがあって、そこから声が聞こえてきた。
「修治、先に手を洗って……そう。ちゃんとタオルで拭いてね」
おかあさんと一緒に手を洗ってベッドの中をのぞいた。
「……赤ちゃん」
小さくてフワフワの髪をした赤ちゃんが、もぞもぞと手足を動かしている。
柵のすき間から手を伸ばし、指先で赤ちゃんの手に触れた。
赤ちゃんが小さな手で修治の指をギュッと握った。
「おかあさん……赤ちゃん手ってギュってするよ」
離してくれなくて困っておかあさんをみる。
おかあさんは、麻美おばさんと話しをしていてこっちを見てくれない。
赤ちゃんがしゃっくりをし始めて、修治は赤ちゃんの顔をのぞき込んだ。
しゃっくりじゃあなくて、修治を見て笑っている。
手をいっぱい動かして、口に持っていこうとしている。
「おかあさん、赤ちゃんお腹すいてるよ」
今度は大きな声でそう訴えた。
「あ~、手ってはご飯じゃないよ~」
修治の指ごと口の中に入れられて慌てて引き抜こうとしても、握られた力が強くて離れない。
「あらやだ……修治、ごめんね」
麻美おばさんがきて赤ちゃんの手がやっと離れた。
おかあさんがよだれで濡れた手を洗ってくれる。
ジュースをもらって飲みながら、赤ちゃんがお乳をもらっているのを眺めた。
小さい。
修治の指を握った手も小さかった。
お腹がいっぱいになったのか、ベッドに寝かされるとすぐに寝てしまった。
おかあさんと麻美おばさんが話しを続けているあいだ、ずっと赤ちゃんをみていた。
柵のすき間から、頬っぺたやおでこを触ってみる。
「ぷにぷにだ……」
髪の毛を撫でてみたり、また握った手をつついてみたりする。
眠っているのに、ときどき、口が笑うのは、夢を見ているから?
甘い匂いと、すうすうと聞こえる寝息に、修治まで眠くなってくる。
おかあさんの膝の上に乗ると、腕の中に寄りかかるようにして目をつむった。
目が覚めたらいつの間にか家にいて、自分の布団で眠っていた。
赤ちゃんを見にいった気がしたけれど、夢だった?
家の中をグルッと回っても、やっぱり赤ちゃんはいない。
指をギュッと握られた力強さだけは、はっきり覚えている。
「おかあさん、赤ちゃんは?」
台所に立ち夕飯の支度をしているおかあさんに聞く。
「赤ちゃんは麻美おばさんのおうちでしょ」
「えー、もっと見たかった」
おかあさんは笑いながら、赤ちゃんの名前はあさのちゃんだと教えてくれた。
女の子だったんだ。
小さかったし、笑っていた。
「また明日もみにいく?」
「明日は道場があるでしょう? また休みの日に行こうね」
「えー」
道場では新しい友だちもたくさんできて、面白いと思っていたのに、急に行きたくなくなった。
それでも、みんなが通っていて自分も通わないといけないのはわかっている。
麻美おばさんの家に行きたいのを我慢して、道場へ通い続けた。
ときどき、赤ちゃんは修治の家にお泊りに来る。
おじさんもおばさんが忙しいからだと、おとうさんが言っていた。
そんな日は道場が終わったらすぐに、誰とも遊ばないで家に帰ってきた。
赤ちゃんと遊んであげるためだ。
それが楽しくて仕方がなかった。




