第5話 変なおせっかい
おクマの店のドアを開くと、中からスパイスのいい香りが漂ってきた。
一瞬、今日の晩飯のメニューが頭を過ったけれど、それどころじゃあなかった。
「アラ? 鴇汰ちゃんじゃあないの。アンタ、さっき帰ったばかりなのにどうしたってのヨ?」
「どうもこうもねーだろっ! なんだよコレは!」
手にしていた箱を勢いよくカウンターに乗せた。
ネエさんたちも、なにごとかと言いながら集まってきた。
中に入っていたのは、女性用のスケスケな下着だった。
「なによ? 気に入らなかったのぉ?」
「ウソでしょ? みんなでウンと悩んで選んだのに~?」
「麻乃ちゃんにも絶対に似合うわよ?」
「あいつが着るわけねーじゃんか! っていうか、最初から麻乃に渡せよ!」
「そんなこと言ってぇ、ホントはこういうの好きなくせに~」
ネエさんたちに言われ、鴇汰は言葉を失った。
そりゃあ、嫌いじゃあないけれど、そういう話しじゃあない。
恥ずかしさと苛立ちで、全身が熱くなって嫌な汗が出る。
おクマもネエさんたちを止めることなく、煙草をふかしながらニヤニヤ笑っているだけだ。
「あのなぁ! あいつ、あの衣を見てホントに嬉しそうだったんだぞ! ずっと見入って……涙までこぼして……式だって、挙げる気になってくれたってのに、こんなモン見せてみろよ? 興ざめするに決まってんだろ!」
そうだ。
あんなに嬉しそうにしていたのに、こんな下着を見せたりしたら、また式を挙げるのはやめると言いかねない。
そんなことになったら、せっかくのあの衣も、袖を通されることがなくなってしまう。
「だいいち、こんなの着なくたって、あいつは中身だけで十分――」
思わず口走った言葉に、ネエさんたちが色めき立って絶叫した。
「ヤダァ~! 中身だなんて~!」
「一体どこのコトを言ってるのよォ~!」
「ちがっ……俺が言いたいのはそういうんじゃねーんだって――」
慌てて否定しても、ネエさんたちの騒ぎが収まらない。
「なにをそんなに大騒ぎしてるのさ?」
背後から聞こえた声に、店内がシンと静まり返り、鴇汰は振り返った。
店のドアが開かれて、箱を抱えた麻乃が立っている。
「麻乃……なんでここに?」
「おクマさんに用があるから来たんだよ。鴇汰ってば、ちっとも戻ってこないし。それより、なに? おもてにまで声が響いてたよ?」
「え……いっ、今の聞いたのか?」
「ううん、さすがになにを言っているのかまで、わからなかったけどさ、凄い悲鳴だった。なにかあったの?」
「いや、なんでもねーよ」
今のが聞かれていなくて良かったと、鴇汰はホッと胸をなでおろした。
ネエさんたちはなにも言わないけれど、さっきのおクマのように、ニヤニヤしている。
「麻乃ちゃん、アタシに用って、どうかしたの?」
「あのね、さっき袖を通してみたんだけど、襟もとがちょっと緩いみたいで、お直し頼めるかな?」
「アラそう? じゃあ、ちょっと奥で見てみましょっか」
「うん、お願い。鴇汰、あたし馬で来ちゃったし、時間かかるかもしれないからさ、先に帰ってていいからね?」
「ああ、わかった。先に戻って夕飯の支度して待っているよ」
麻乃とおクマの姿が見えなくなってから、鴇汰は持ってきた箱をネエさんたちに返し、声を押し殺した。
「コレは絶対に、麻乃に見せるなよ? もしも麻乃がドン引きして、式を挙げないとか言いだしたら、ネエさんたち恨むからな!」
「なにョ! もう! せっかく一生懸命に選んだのに!」
「そうよねェ! 絶対にカワイイのに!」
ブーブーと文句を言うネエさんたちをそのままに、鴇汰は帰って夕飯の支度を始めた。
今日はもう誰も来ないから、やっと二人で過ごせるけれど、麻乃の気が変わらないうちに修治や多香子に式を挙げる相談をしたい。
それから、神殿にも報告に行かなければ。
「明日は角猪の肉も届くから、下ごしらえをしとかなきゃいけないし、飲みものも冷やしておかねーと……」
急にやることが増えた気がして、なにから手をつければいいのか迷う。
まずは、麻乃とちゃんと話さないと。
考えながら夕飯を作っていたせいか、出来上がったのは二人で食べるには多すぎる量だ。
「あー……いつも七番のやつらが来てたからなぁ……」
半年以上も大人数の量を作っていたせいで、すっかり体に染みついているようだ。
作り過ぎたぶんは、小分けにして冷蔵庫に保存する。
ご飯が炊きあがった直後、麻乃が戻ってきた。
「遅くなってごめん」
「いや、ちょうど飯が炊けたトコ。すぐ食う?」
「うん、先にこれだけ、部屋に置いてくるよ」
どうやら直すのに時間は掛からなかったようだ。
部屋に行っているあいだに、テーブルに食事を並べる。
麻乃と二人、向き合って座るのも久しぶりて、少し照れくさい。
「いただきます」
と言って食べ始めた。
ずっと賑やかだったせいで、静かな食卓に妙な違和感を覚える。
「そうだ、鴇汰、明日の朝なんだけど」
「うん?」
「おクマさんに、式を挙げる気になったなら、神殿でカサネさまたちに報告してくるように言われて」
「ああ。俺もそれ、考えていたんだよな」
「早いほうがいいから、明日の朝、行ってきなさいって。神殿の朝は早いから、こっち出るのも早い時間になるけど……」
「いいよ。それじゃあ、今日は早めに寝ないとな。四時くらいに出ればいいか?」
「ん、そうだね」
本当に式を挙げる気になってくれたんだな、と思うと、嬉しさが込み上げてくる。
麻乃と結婚したんだ、という実感が、今ごろになって湧いてきた。




