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え!?婚約破棄ですって?違う?しかしながら、あなたの「これは婚約破棄ではないのです」は信用できませんわ。

「ですから、これは婚約破棄ではないのです」

「いいえ、どう聞いても婚約破棄ですわ」


 レオルディアの帝都の帝宮の奥にある空中庭園。

 よく手入れされた美しい花々が咲き乱れる一角の東屋に似つかわしくない無味乾燥の会談が行われていた。

 少なくとも当事者の一方はそう思っていた。


「それとも、私の耳がおかしくなったのでしょうか」


 美しいプラチナブロンドの髪を結い上げたレオルディア皇国皇女ノエルレット・グランデ・エル・フォン・レオルディアは白いテーブルを挟んで向かい合った目の前の相手との堂々巡りの議論にうんざりしていた。あきれてもいた。

 降ってわいた縁談がご破算になろうとしている。

 ラトリア帝国の帝位継承者との婚約が進んでいたが、正式な手続きを待ってほしいといわれたのである。


「ラトリアが隣国エクサリアに出兵なさるのはそれ相応の理由がおありになると思いますが、なぜその終結まで待たなくてはならないのですか。しかも、貴方が総司令官であり、前線に赴かれると・・・・・帝位継承者の貴方が」


 ノエルレットの問いかけに、ジニアス・オスロ―・エルク・ラトリアは寂しそうに微笑んだ。

 入れ替えられたお茶には手を付けていない。


「エクサリアは小国ではありますが、魔導兵器群、祭文術、兵の練度において侮りがたいのは周知の事実です。非礼を承知で申し上げますが、ラトリアはレオルディアに借款がだいぶおありですわ。戦費はどのようにして調達するおつもりですか?」

「・・・・・・・・・」

「戦争終結までどれくらいかかるのか、勝算はおありですか?」

「・・・・・・・・・」

「せめて戦略の一端でもお聞かせいただければ幸いですわ」

「・・・・・・・・・」

「私は何年待てばよろしいのでしょうか?」

「・・・・・・・・・」

「お答えにならないのですね」


 ノエルレットは横を向いた。何を言っても無駄だとあきれ、あきらめてもいた。

 そっと彼女の空のティーカップにお茶が注がれ、相手の冷めた紅茶の入ったティーカップが静かに取り替えられた。


「貴方がお困りのご様子は十分にわかります。私はそれがもどかしいのですわ。せめて、何かお力になれないでしょうか?」

「・・・・・・・・・」

「おっしゃられるのが憚られるのであれば、独り言でも結構です。防音魔法が施されていますから盗聴の心配はありません」

「・・・・・・・・・」

「私の名誉にかけて誓いますが、このお話をお父様に漏らすことは致しませんわ」

「・・・・・・・・・」

「どうか、私に相談をしていただけませんか?」

「申し訳ありません」


 彼は苦痛さえ見える顔色で、つと進み出て片膝でひざまずいた。


「私は非才の身です。貴方に対して今の私の置かれている状況を説明できる弁才は持ち合わせておりません。『申し訳ありません、しかしこれは婚約破棄ではありません』と申し上げるほかありません」

「勝手にせえ、この根性なし」


 彼は一瞬周りを見回した。今何か幻聴が聞こえた気のせいがしたが、聞き違いかと思ったようである。


「もう勝手にしなさい。私は知りませんわ」


 ひざまずいた青年の頭上に、霜が降りたように冷たい声が舞い降りてきた。彼は立ち上がり、深々と一礼をしたのち、背を向けて立ち去って行った。


「ありがとうフィオーナ」


 ノエルレット先ほどから一言も話さず佇立していた友人にお礼を言った。ライトブラウンの髪をシニョンにし、銀の刺しゅうを施した黒いスカートと上衣を身に着け、剣を腰に差している。

 レオルディア帝室の人間を前にして帯剣ができるのは、ほんのわずかな人間だけだった。


「6聖将騎士団次席聖将であるあなたにお茶くみの真似事をさせてしまい、申し訳なかったですわ」

「いいえ。お役に立てましたか?」

「ええ、十分に。ありがとう」


 ノエルレットはほっと一息をついたが、次の瞬間――。


「あの〇〇(放送禁止用語)!!根性なし!!なんだあの態度!!はっきりせえ!!コンニャクか!!どうして私に話さないんだ!!なんで相談してくれないんだッ!!ええい!!勝手にせえ!!一瞬でもあんなコンニャク野郎に心を許した過去の私をぶん殴ってやりてえ!!」

「ノエルレット様」


 フィオーナが心持顔を赤らめながら静かに言う。ノエルレットは唇をぎゅっとかみしめた。手を握ったり開いたりしていたが、一つ二つ胸を上下させると、声音はもう普通に戻っていた。


「あぁ、本当に貴女がいてくれなかったらもっともっと酷いことになっていました。取り乱してしまい、申し訳なかったですわ」

「いいえ」


 いつものことですから、という言葉は礼儀上音にしては出さなかった。何度も言っているが聞いていればとっくになおっているだろうから。


「フィオーナ・ウェル・フォン・エリーセル」


 改まって自分のフルネームを呼ばれたフィオーナは友人を見つめた。次に来るであろう問いには真摯に向き合わなくてはならないことを過去の経験から承知していた。


「オスロ―公のご様子、貴女はどう思いましたか?」

「私が申しあげることはできません。殿下のご判断によるものです」


 ノエルレットの耳に澄んだはっきりした声がはね返ってきた。答えられることとそうでないことがある。そういう時にははっきりとノインというのがこの友人の美点だと思っていた。


「少し疲れました。私は寝ていますから、あなたの独り言でも話してください。退屈でしょう?」


 ノエルレットは目を閉じた。ほどなくして規則正しい寝息が聞こえてきた。本当に眠っているように見える。フィオーナは半ば当惑し、半ばあきれ顔で見ていたが、


「言葉だけでは見えないものは確かにあります。あの方の信条を私は尊重し、尊敬します」


 とだけ答えたのだった。


 フィオーナと別れ、着替えを済ませたノエルレットは執務室に戻ってきた。顔はいつもの顔色だが、手を握ったり開いたりしている。

 それを無言だが面白そうに迎える人間が一人。

 机に向かって座ると、決裁箱に入っている書類を取り寄せて読みふけった。

 将来の帝位継承者であるノエルレットに任せられた仕事は学問(アカデミック)改革をはじめとして少なくない。


「大佐」

「なんですかな、殿下」

「先ほどから何か言いたいことがおありになるのであれば、おっしゃってください。気が散りますわ」

「私には何もありませんな」


 大佐と呼ばれた銀髪の30代の軍人は面白そうに短く答えた。

 彫の深い顔立ちであったが、目元口元に不遜とも呼べる意志の強さが宿っている。


「小人閑居して不善を成すなどと言われますが、私に仕事がないのがレオルディアの平和のためには一番ですからな。おっしゃりたいことがおありになるとすれば、殿下のほうでしょう」

「なにもありませんわ」

「そうですか。結構なことですな」


 短い返答にはたっぷりの皮肉がふりかけられていた。

 それを無言で受け取ったノエルレットは、それから10秒ほど書類に目を通していたが、我慢ならなくなったように、ガタッと勢いよく机から立ち上がった。

 銀のサッシュを付けた赤い軍服と黒い金の縁取りをしたスカートを身に着けた怒れる火の玉は地団太踏んで、

 

「ええい、あの〇〇(ピー)野郎!!」


 と、叫んだ。


「殿下とお会いになったあの青年のことですかな。よくもまぁ一国の帝位継承者の御方をそう呼べるもので」


 大佐の問いかけと感想半々の言葉に勢いよくうなずいたノエルレットが、


「あの〇〇(ピー)野郎!!なんて言ったと思う!?『私は非才の身です。貴方に対して今の私の置かれている状況を説明できる弁才は持ち合わせておりません。申し訳ありません、しかしこれは婚約破棄ではありません、と申し上げるほかありません、だと!!なんだあの言いようはッ!?なんだあの答えようは!?勝手にせえ!!人がどんだけ心配していると思ってるんだッ!!」

「ほう?殿下はご心配されていらっしゃるのですか?」


 ノエルレットが罵詈雑言の疾走を中止した。スタート直前で競技中止を宣告された選手のような、何とも言えない顔つきになる。


「レオルディア皇室第一皇女付ヴォルト・エルネリューゲル大佐」


 ノエルレットは切口上で、


「私は心配しているのではありません。気になっているのです。なぜラトリアが隣国エクサリアに戦争を仕掛けるのか、なぜ総司令官がオスロ―公なのか。なぜ―」

「今この時期に戦争を始めるのか、ですかな」


 一瞬言いよどんだノエルレットの言葉を大佐が補足した。


「ええ・・・・」


 一番知りたがっていた問いを先に言われてしまったが、これから大佐にお願いせざるを得ない事項があることをノエルレットは承知していた。


「大佐、貴方を相手に駆け引きをしても無益です。ですから率直に申し上げます。お願いがあります。今申し上げた理由に対する答えを私は知りたいのです。どうかその調査をお願いできませんか」

「それがどのような結果になろうとも、ですかな」


 口に笑みを浮かべてはいるが、大佐の眼は笑ってはいなかった。


「ええ。今の状態ほど私にとって耐えがたいことはないのです。どのような結果であれ受け入れる準備はできておりますわ」


 過去色々と経験を重ねてきているノエルレットはきっぱりといった。

 レオルディア皇国軍大佐、現所属ノエルレット殿下付、という現在の身分のエルネリューゲル大佐の前身がこの種の情報収集にうってつけであることをノエルレットはよく知っている。知っていて自分の身辺にスカウトしたのだった。

 大佐の情報に助けられたことも一度や二度ではない。


「なるほど。お覚悟は十分におありになると。結構なことですな」


 大佐はニヤリと笑って、


「では3日ほど時間をくだされば委細調べ上げて報告させていただきましょう、殿下」


 少し芝居がかった様子で一礼すると、大佐は部屋を出て行った。

 閉じられた扉を見つめ、ノエルレットは椅子に座りなおした。

 あの青年について、自分は何を知っているのだろう。初めて出会った時から今までにあった回数は数えるほどだったからまだ何も知らないに等しい。

 だが、とノエルレットは思う。

 青年の態度には嘘や偽りはなかった。本当に自分を納得させられる言葉が紡ぎだせなかったのだろう。

 モヤモヤするが、今一つだけ言えることは、自分がオスロ―公を放ってはおけないと思っていることだった。



 3日後――。


「そんな理由かィ」

「殿下、口ぶりが」

「失礼。三文小説もいいところですわ。現皇帝の後継者の跡継ぎ候補として溺愛されているのが継母の子であり、結果オスロ―公は死地に赴くことになったのですね」

「要約するとそうなりますな」


 エルネリューゲル大佐の報告は委細漏らさず、要点を的確にとらえていた。

 ラトリア帝国の内情についてはノエルレットも情報部等を通じて知ってはいたものの、まさかそんな事態になっているとは思いもよらなかった。

 仮にも一国が戦争を仕掛けるのであるから、何かしら然るべき理由があって当然と思っていたが、まさかそのような身勝手極まりない理由とは思いもよらなかった。


「それでも一国の君主なのでしょうか」

「それでも一国の君主なのですよ。悲しいかな、この世界における稀有な事例とは言えません」


 悲しいという言葉とは裏腹に、大佐は面白がっているように見えた。聞きようによってはレオルディアの君主に対する糾弾のようにも聞こえる。


 いつものことなのでノエルレットはそれを聞き流しつつ、数秒考えていたが、決断は早かった。

 仮にも婚約中の当事者をさしおいて、身勝手な理由で婚約破棄に持っていこうとするのであれば、ラトリアとしての思惑はともかく、外観上はレオルディアをないがしろにしていると受け取れる材料はそろっている。


「大佐」

「今度は何ですかな」

「お願いがあります。他国の揉め事に片足を突っ込むなど馬鹿馬鹿しいと自分でも思いますが、こんな無益で馬鹿馬鹿しい戦争が実現すれば、それで命を失う民や兵士、その家族たちに私は生涯顔向けできません」

「それで?」

「この戦争を阻止します」


 ノエルレットはきっぱりと言った。


「そのために貴方の力をまた借りたいのです。この戦争を阻止するための手段の実行役として」


 そっとノエルレットが唇だけ動かし、腹心に策を無音で伝える。

 大佐はニヤリと頬をゆがめた。


「殿下、あなたにはまさに破天荒というお言葉がお似合いです。ですが火をつけた後の後始末は大丈夫ですかな?」

「滞りなく済ませます。責任はすべて私が持ちます。何かあったとしてもお父様や政府、軍の首脳部には飛び火はしません。当然あなたにもです」

「大した自信ですな。下手をすれば両国の関係にヒビどころではない影響が出るというのに」

「実行役があなたですから、下手もなにもあったものではありません」

「小職を全般的に信頼されているということですかな、それは光栄なことで」

「貴方の性格はともかく、この計画を任せるほどの適任者は他にいませんから、信頼せざるを得ないのです」

「全幅の信頼をもって任せられる人材が周りにいないということは、すなわち殿下のご人徳もまだまだということでしょうな」


 ノエルレットが棒を呑んだ顔つきで答えに窮している中、大佐は「承りました殿下」と一礼して退出していった。


「ええい・・・クソッ!!煮ても焼いても食えないってのはああいうのを言うのか」


 ノエルレットが見るに、ああいう人間は死んで地獄の門番に出くわしても平然としているタイプである。

 カッカする心を落ち着けるべく、ノエルレットは書類に手を伸ばした。



 1週間後、まさにラトリアがエクサリアに宣戦布告をしようとするその直前に、事態は起こった。


 オスロ―公失踪。


 軍司令部において戦略会議を行った後、前線に出される部隊の閲兵に赴いた後に、オスロ―公は忽然と姿を消したのである。

 護衛の近衛部隊のうち幾人かは手足を縛られて森の木に縛り付けられていた。

 オスロ―公が忽然と姿を消した、しかも状況からみて拉致をされたという知らせは極秘にされたものの、人の口に戸は立てられぬという言葉どおり、噂としてラトリアの帝都宮殿を震撼せしめた。オスロ―公の行方はようとして知れなかった。


 ラトリア帝国の首脳部がどのような協議を行ったかについては、詳細はノエルレットも知らなかったが、おおよその察しはついた。

 招集された軍はその後、エクサリア付近において大規模な演習を行った後、解散されたにとどまったこと、ついで、しばらくすると、エクサリアにおいて軍司令官1人と宰相輔2人が内通の咎で自裁を命じられたことが伝わってきたからである。


 一石を投じられた湖水の波紋のごとく起こった表面上の事象は、それだけだった。


 ラトリア帝国が軍の出動を取りやめてから、2週間後、レオルディアの帝都の帝宮の奥にある空中庭園において幾度目かの会談が行われていた。


「殿下、私の命を救っていただいたこと、何よりもラトリアとエクサリアとの戦争を阻止してくださったこと、民の命を犠牲にせずに済んだこと、幾重にも御礼を申し上げます」

「功績者は他におります。私がしたことなど些細なことですわ」

「それでも、殿下が動いてくださらなければ、事は進んでいたでしょう。感謝申し上げます」

「過分なお言葉ですわ・・・・」


 ノエルレットは、非の打ちどころのない微笑の一角を少しだけゆがませていた。

 二人だけ。フィオーナもいない。こういう時に何かフォローをしてくれただろうか、とノエルレットは考える。

 二人の間にぎこちない沈黙が2分ほど降りた。ややしばらくして、


「私の口から言わせるつもりですか」

「え?」

「貴方は今私の眼の間にいらっしゃいます。そして此度の心配事は一掃されました。それで貴方はどうされますか?」

「と、おっしゃられますと?」

「結局のところ、貴方の私に対するお気持ちをまだ聞かせていただいておりません」

「・・・・・・・・」

「私たちは婚約中ですか?それとも貴方は婚約破棄をなさったのです?いったい今の状態はどうなのですか?ジニアス・オスロ―・エルク・ラトリア様」


 暫く彼は考え込んでいた。時間にして2分弱。


「私はもはや一介の人間であり、到底殿下のおそばにいるべき人間ではありません」


 ノエルレットの微笑にピシりとひびが入った。


「ということは、やはり婚約破棄ということでよろしくて?」


 微笑の半分は自制心を失いつつあった。


「しかしながら、状況がこうなった以上、御国に殿下の身柄をおかえしすることはできませんわ」

「承知しております。今のところ私も戻るつもりはありません。あのまま我が国にいたとしても父に意見できぬようでは為政者としては私は未熟です。したがって、今しばらく修養の時を与えていただきたく。そのうえで、貴女にふさわしい人間になってまたこちらに帰ってきます。その上で――」

「その上で?」


 青年は頬を赤らめていたが、何かを言いたそうにしているが、言葉がのどの奥に詰まったようでなかなか出てこない。3分半。意を決したように、


「貴女に結婚を申し込みます」


 今度はノエルレットが言葉を失った。時間にして3分。手を握ったり開いたりしていたが、ついにぎゅっと握りしめられ、ワナワナと震えだす。そして、


「オマエ何を言うてんねんな!!」

「は?」


 青年の顔がこわばったのは、折から吹いてきた一陣の冷たいつむじ風のせいだけではなかっただろう。


「私のことを愛してくれてんか、って聞いとるんじゃ!!」

「え?」

「女にここまで言わせるような男と手ェ握ろうと思う女はおらへんよ!!あ~馬鹿馬鹿しい!!何のためにウチは頑張ったんよ!!もう顔も見たくあらへんわ!!出直せぇ!!この根性なし!!」

「いや、しかし、その、ご結婚を――」

「愛してる、の言葉が先やねんよ!!!」


 オスロ―公、いや、ジニアスは硬直したように動かなかった。

 ノエルレットは席を蹴立てて立ちあがった。顔を見られるのが情けなかった。

 皇女の威厳など、皇位継承者の威厳など、知ったことか!!

 所詮自分は相手にされないんだから・・・・!!!

 ドレスが翻る。カンカンに怒ったノエルレットが身をひるがえして東屋を飛び出していこうとしたその時、背後から笑い声がした。


「ハッハッハ!!駄目だ駄目だもう我慢できねえ」

「え?」


 ノエルレットが振り向くと、青年が大笑いしていた。先ほどまでの初々しい態度は一変していた。


「いやすまんすまん。どうも言葉遣いは苦手でな。自分の思ったことを伝えられなくて苦労している」

「は?え?」

「いや、しかし、貴女もそうであったとは思わなかった。いよいよもって本当に気が合うと思った」

「はい!?」

「だが、俺に修養が足りないのは本当だ。今のままでは為政者としては失格だ。国を変えることなどできねえからな。旅に出る。そしてここに戻ってくる。きっとだ」


 ジニアスの唐突の変化に完全に圧倒されていたノエルレットは言葉に窮した。ようやく出てきたのは、


「旅に出る・・・・」


 反芻したとたん、ザラリとした苦い思いがノエルレットの胸を締め付けた。


「ああ。そしてひとつだけ今言っておきたいことがある」


 ノエルレットの目の前に立った青年は、影一つない微笑を浮かべた。ノエルレットの心臓の鼓動が1オクターブ跳ね上がった。さっきまで軽蔑していたことを思い出せ、と言い聞かせる。


「お前のことが気に入った!!」

「なんやねんな!!」


 いっそ、その頭に攻撃魔法をブッパなしてやろうか、そう思ったノエルレットはかろうじて自制した。

 これ以上コイツのペースに乗せられてたまるか!


「結構ですわ。貴方が私にふさわしい人間になるかどうか、見極めさせてもらいます」

「俺の他の人間の前でも取り乱すことがないようにせいぜい修業を積んでおいてくれ」


 青年が笑ったので、ノエルレットは笑った。完璧な淑女の笑い方を演じて見せる。


 いいだろう、受けてたとう。そして自分を攻略できる自信と経験を身に着けて戻ってくればいい。

 そうやすやすと自分を攻略できるものならしてみるといい。


 そう思っているうちに本当におかしさがこみあげてきた。

 破天荒とエルネリューゲル大佐はそういった。

 破天荒結構。いいではないか。形ばかり完璧な窮屈な君主等、退屈極まりない。

 そして、どうせ結婚をするのなら波長が合った人と一緒に執務をするのがよい。

 この人(ジニアス)がそうであるかどうか、まだわからないけれど。

 二人はお互いを見つめあったまま、暫く心から笑い続けていたのだった。

 

 レオルディア皇国皇女ノエルレット・グランデ・エル・フォン・レオルディアとラトリア帝国帝位継承者のジニアス・オスロ―・エルク・ラトリアが両国の共同統治者となるのはまだ先のことである。



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