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オトモレシンデレラ!  作者: ふりすくん
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 8


「んじゃ、少年少女たちはあたしが送るよ。夜に帰らせるのも心配だしね!」


 そう言って風呂から出てきた姉さんは、風呂上がりなのに服を着ていた。いつも風呂上がりは下着だけでうろついている姉さんしか知らない僕は、またしてもちょっと感動した。


「いえ、自分たちはタクシーを呼んで帰れますので、そこまでご迷惑をおかけするわけには」


 そう言った馬島くん。しかし姉さんは下がらない。


「そんなこと言わないでいいのよ、遠慮しなさんなって。こういうのも大人の役目なんだからね。まだわからないだろうけど、大人になるとわかるぞー? 大人になるとこういうことを呼吸みたいにできる大人に憧れちゃうのよー、いわゆる自己満足ってやつなんだけど、あたしは自己満足したいから自己満足させなさいってこと」


 オッケーかな少年少女諸君——と。強引に送迎を引き受けた。そこまで言われては、おそらく馬島くんも引き下がるしかあるまい。牙原さんは姉さんの車ってだけで嬉しそうだが。


「あの葉恋お姉さん、私はせっかくなので自転車で帰りたいって思うんですけど……?」


「ダメダメ。夜道に自転車なんて、音論ちゃん可愛いんだから、あたし心配しちゃうもん。たとえ何もなかったとしても、夜道を自転車で帰した今日のあたしを、明日のあたしは許せないの。自転車は……折りたたみだしトランクに積めるよ」


 そう言われた音論だったが、いまいち納得していない様子。案外頑固なんだよ音論。


「音論、乗りたがってくれるのは嬉しいけど、自転車は逃げないし、僕も心配になるから送ってもらってよ」


「うう……うん、わかった。葉集くんがそう言うなら……」


「自転車は僕が折りたたむよ」


 組み立てたのも僕だしな。折りたたむのも簡単だ。


「あ、まって。折りたたまなくて大丈夫、葉集くん」


「でもそれだと車に積めないぞ、たぶん」


 いや積めるかも。姉さんの車SUVだしいけるか?


「それは明日の朝、取りに来たい。いい?」


「朝か。僕は構わないよ」


「やった、じゃあ明日、自転車で一緒に学校行こう!?」


「オッケーオッケー。じゃあ僕は寝坊しないよう気をつけないとな」


 僕たちが話していると、生暖かい視線を感じた。


 音論以外全員で生暖かい目で見るのやめて欲しい。


 その視線を無視するために、僕は言葉を続けた。


「箱は僕が分解してゴミに出すから、気にしなくていいよ」


「あ、ダメ! 箱も欲しい!」


「え、邪魔じゃない……?」


 デカい箱をわざわざ準備したのは僕だし、まさか欲しいと言われると思わなかったが、なにに使うんだろうか。


「邪魔じゃないよ……だって……いややっぱりなんでもない!」


 何を言いかけたのかわからないが、欲しいなら別に僕も必要ないし、むしろありがたいくらいなので問題はない。


「音論が邪魔じゃないって言うなら僕は構わないよ。じゃあすぐ分解するから、せっかく帰りは車なんだし持って帰るか?」


「うん! ありがとう!」


「じゃあ分解しちゃうな」


 箱の分解作業は簡単で、五分で完了。それをヒモで纏めて持ち、車まで運ぶとしよう。


 マンションの駐車場まで運び、トランクに乗せて、僕の仕事は完了である。


「んじゃ葉集、あたし送ってきちゃうから」


「任せた姉さん。僕はこのまま作詞に入る」


「あいよー」


 車に全員乗せて、姉さんも運転席へ。


 エンジンがかかると窓が開き、みんなと挨拶を交わして見送り、僕は自室へ直行した。


 時計を確認。あと数時間で今日が終わる。


「よし、書くか」


 僕の音論メインヒロインが一番だと証明するための歌詞を仕上げてやろうじゃねえか。今回はフルサイズだから、一気に完成させてやるぜ。



 ※※※



 マンションから車を走らせ、およそ十分ほどでまず馬島邸にたどり着き、馬島談示を帰宅させた。


「送っていただき、本当にありがとうございました」


 車から降りる直前にそう残し、彼は車が見えなくなるまで見送り、家に戻った。


 残るは音論、そして牙原カミク。


「カミクちゃんのお家は病院の方かな?」


「はい、方角は病院の方です」


「あいよー、じゃあそっちに向かうから、家が近くなったらナビしてね」


 葉恋の言葉に返事をし、サイン本を大切に抱きしめているカミクに、後部座席で隣りに座っている音論が視線を向けた。


「良かったね、きーば。サインもらえて」


「一生の宝物よ。きーばさんは墓まで持っていくわ」


 その言葉に葉恋は、運転席で照れから口元が緩んだが、誰にも気づかれることはなかった。


「ろんろーこそ、良かったわね」


「うん! みんなからいっぱいお祝いしてもらえたし、プレゼントももらえて、私ほんと恵まれてるよお……」


「ま、ろんろーが一番嬉しかったのは自転車だと思うけれど」


「そ、そんなことないよ! お米券すごく嬉しいもん!」


「そう? でも良いのよ、きーばさんはお見通しなんだから。それに、ろんろーがなによりも一番嬉しかったのは、明日の約束だろうしね」


「う……」


 恥ずかしさに下を向く音論。彼女は、お米券もハイブランドの財布も、そして自転車も——どれも自分にはもったいないくらい素晴らしい贈り物だと感じている。


 恵まれている——と。誰よりもそう感じている。


 だが、カミクの言葉もその通りで、音論は明日、学校に自転車で葉集と登校できることが嬉しいのだ。


 楽しみであると同時に、若干の緊張さえ覚えている。


「カミクちゃん、もうすぐ病院見えるけどこの辺?」


 運転席から葉恋が言った。


「はい、次の信号を右でお願いします」


「オッケー」


 その後も数回ナビをして、カミクの家にたどり着く。


「葉恋彗星先生、送っていただき、ありがとうございました」


「うん、また遊びにおいで」


「は、はいっ!」


 テンションが高いカミクは新鮮だった音論は、下車した親友に車内から見えなくなるまで手を振った。


「さて、最後は音論ちゃんだね。音論ちゃんのお家は覚えてるから、寝ててもいいよー」


「全然眠くないので大丈夫です!」


「若いねえいいねえ若いの」


「葉恋お姉さんだって十分若いのでは?」


「若いつもりだけど、そろそろあたしも年齢を実感したりするんだよー。二十五だし、四捨五入したら三十だもん」


「葉恋お姉さん二十五歳だったんですね」


「そうだよー。そういや言ったことなかったね」


 二十五歳。世間的に見ればまだまだ若い年齢だが、十六歳になったばかりの音論からすれば、九つも上だ。


「葉集くんと結構離れていたんですね」


「そだね。弟ではあるけれど、息子って感じもしなくないもん。まあ息子とか言っておきながら、家事全般をやらせてるけど」


「でも葉集くんすごいです。お料理なんて私、全然できないのに……」


「いいお嫁さんになりそうなスキルは磨かれてるよね、あたしのおかげで」


「ふふふ、確かに」


「音論ちゃんには感謝してるよ、葉集が音楽を楽しめてるのも、音論ちゃんのおかげだしね」


「そんな、私なんて……私こそ感謝しっぱなしですよ」


「葉集ねー、作曲家への道を諦めたあと、どこかつまんなそうにしてたのよ。作詞をやらせてみたけど、それも楽しいって感じじゃなかったかなあ」


「そうなんですか? ちょっと意外です」


「でも音論ちゃんの曲に歌詞書いてるときは、楽しそうでね。それを見てると、どこか安心したんだよね」


「安心、ですか?」


「そそ。うちは両親がいないから、あたしが親代わりってのもあるんだけど、大人になると仕事にしたいこと、ってなかなか見つからないものなのよ」


「ご両親いなかったんですか!?」


「あれ? 知らなかった?」


「はい……初めて知りました」


 その事実を聞いて、音論は三次審査のことを思い出した。


「だから葉集くん、あのとき私を病院に向かわせてくれたのかも」


「三次のとき?」


「はい。あの時葉集くん、私に言ってくれたんです。『会うことが一番の親孝行だ』って」


「あはは、それ、あたしも葉集に言ったやつだ」


「そうなんですか!?」


「うん。母親が入院してるときに、まだ小さかった葉集はお見舞いに行きたがらなくてね。その気持ちもわかるんだけどね。弱ってる母親を見るってさ、結構子供として辛かったりするじゃない?」


「あ……ですね」


 音論も同じ感覚だった。過労で倒れた母親の顔を見るのは、とても辛かった。自分がいなければここまでお母さんは辛い思いをしなくて済んでいるはず。そう考えたことがないと言えば、嘘になる。


「んで、お見舞いに連れて行くたびにそう言ってあたしが言い聞かせてたの。だからあの子、小さい頃はお見舞いに行くことを親孝行に行くって言ってたんだよ」


「なんか可愛いですね」


「僕はすごく偉いから親孝行に行くんだ、ってね」


「あはは、可愛い!」


「でしょ。母親は死んじゃったけど、それからかな。葉集が音楽に惹かれ始めたのは」


「それで作曲家を目指して……」


「当時、好きだったアニメのオープニングソングが落ち込んでた葉集を立ち直らせたみたい。作曲家になるって言い出したのはその頃かな」


「でも葉集くん、作曲は諦めたって言ってました」


「なんか色ノ中(いろのなか)ちゃんに思い知らされちゃったんだってさ。作曲活動をしてた葉集の真似をして、色ノ中ちゃんが書いた曲に絶望したってね。今までやってきた努力がたった一曲で踏み潰されたら、まあ落ち込むわな」


「そうだったんだ……だから葉集くん、色ノ中さんを敵って言ってるんだ」


「お、葉集そんなこと言ってるんだ、へえ」


「はい、本人に直接そう言ってました」


「なにげに負けず嫌いなところあるんだよ葉集。負けても構わないことと、負けたくないことは分けてるみたいだけど」


「葉集くんらしいですね、それ」


「だね。たった一曲で絶望したことのある葉集を、たった一曲でやる気にした音論ちゃんに、だからあたしは感謝してるんだよ、ありがとう」


「いえ、そんな……感謝だなんて大袈裟ですよ」


 作曲をしていたのは、家に遊具らしい遊具がなく、鍵盤ハーモニカだけがあったから。音論からすれば、きっかけは暇つぶし以外のなにものでもなかったことで、それで感謝されると、なかなか正直に受け止めることが難しかった。


「はい到着」


 気づけば、自分の家の前。こんなに時間が早く過ぎた誕生日は、音論の生涯で初めてのことだった。


「ありがとうございました、葉恋お姉さん!」


「うん、トランク開けるから、箱も忘れずにね」


「はい!」


 車から降りて、トランクから分解した箱を取り出す。


「今更だけど、何に使うの? その箱」


 窓を開けて、問いかけられた質問。


 その答えには送ってもらった感謝、そして贈ってもらった感謝を忘れずに、正直に言う。


「それは……その、好きな人からのプレゼントって初めてだったから」


「おとめえええ〜」


「は、葉集くんには内緒にしてください……っ!」


「わかってるわかってる、あたしと音論ちゃんだけの秘密にしておくね」


「お願いします、絶対にお願いします!」


 んじゃまたね——と。車を走らせた葉恋が見えなくなるまで手を振り、ようやく家に入った。


 入浴を済ませ、歯磨きを済ませ、冷蔵庫に貰った唐揚げを入れてから布団に潜る。


 枕元には今日貰った大切なプレゼントたちを置き、マットレスの下には分解した箱を忍ばせて眠りについた。


「いい夢が見れますように、おやすみなさい」

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