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オトモレシンデレラ!  作者: ふりすくん
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 4


 死にそうということは、死が確定したわけではないので、当然僕は生きている。念のため。


 僕が生きているのは当然として、牙原きばはらさんと音論ねろんはヒソヒソトークをしている。


 が、牙原さんと音論のヒソヒソトークは、耳元で話しているくせに牙原さんの声がデカ過ぎるし、そもそも手を繋いでいるので距離が近く、僕に丸聞こえだったけれど、聞こえていないフリを貫くことにした。


「ろんろー、柿町かきまちくんにきちんと髪型褒めて貰ったの?」


「え、うーん……褒めて……貰ってないかな」


「女子が髪の毛セットしているのに褒めないなんて、失明しているのかしら——まず互いの髪型が普段と違うのだから、褒め合いなさい、ろんろー」


「わ、わかった! それが甘いデートなんだねっ?」


「それくらいで甘いなんて言えないわよ。そんなことで甘いと考えている、ろんろーの考えこそ甘いわ」


「そ、そうかな……そうなのかな」


「そうよ。そんなことを考えるなら、もっと柿町くんに甘えなさい。とりあえずなにかと理由つけてくっつきなさい」


「どうやって!? そんな理由思いつかないよ普通!」


「なんとなくくっつきたいからくっついたえへへ、とか言っておけば大丈夫よ、たぶん柿町くんチョロいから」


「私、そんなことしたら照れ死するよ?」


「照れ死ってなによ、初耳だわその死因」


「照れて心臓が破滅するんだよ」


「破裂じゃなくて破滅なの?」


「あ、破裂だ。間違えた」


「それよ。女だけが使える奇跡のワード、間違えた——その言い訳でなにもかも許されるわ。故意に抱きついても間違えたって言えば、どんな謝罪よりも許されるわよ。それを使いなさいろんろー」


「きーば、普段はそんな風に甘えてるんだね……」


「ち、違うわよ。きーばさんは甘えないわ。逆に甘えさせることがきーばさんの極意よ」


「どうやって?」


「言うわけないでしょう」


「えー、教えてよきーば」


「嫌よ。甘えさせる極意は自分で身につけるものよ、ろんろー。精進しなさい」


「けちー」


「そうやって甘えれば良いのよ、柿町くんに」


 じゃあきーばさんは去るわ——と、まあまあご機嫌な雰囲気で牙原さんは人混みに消えていった。


 牙原さんがいなくなると、手を繋いでいることを思い出したかのように意識してしまう。


葉集はぐるくん、髪型……その、き、決まってるね」


 言われたことをきちんと実行する音論偉い。


「ありがとう、音論も、髪……すごく似合ってる」


「あ、ありがとう……えへへ」


 やべえ。普通に楽しい。困ったな楽しいぞ。


 楽しいけど、特にこれからどうすれば良いのかわからない。


「葉集くんのお洋服、見に行かない?」


「僕の? ああそういや僕も買う予定ではあったんだよな」


 何をすれば良いかわからないし、それもアリか。


「よし、んじゃ行くか」


「うん!」


 手を繋いだまま立ち上がり、僕たちはメンズ服のショップに向かった。


「着いたな」


「着いたね」


 メンズ服ショップにたどり着いたけれど、ひとつ問題が発生している。


 おそらく音論も同じ問題に直面していると思われる——つまり、いつまで手を繋いでいるべきなのか、である。


 謎すぎるなこの問題。いつ手をパージすれば良いんだろう。


 ショップ前まで来て、手を離すタイミングがわからず立ち尽くす。なにしてんだ僕。


「入ろっか、葉集くん」


 僕の顔を覗き込むように、音論が言った。


「だな」


 結局、そのまま入店した。


「服屋とか久しぶりだなあ……いつもネットで買っちゃうし」


 いつもと言っても、最後に買った記憶を呼び覚ますことも難しいけれど。


「葉集くんは、どんなお洋服が好みなの?」


「どんなか……どんななんだろうな。特に意識して買ったことないからなあ僕」


「今着てるみたいなのとかは?」


「姉さんにジャッジさせて、可もなく不可もないモノを着てるだけだな」


 半袖パーカーにデニム、スニーカー。


 可もなく不可もない服の代表みたいな格好してんな僕。


「じゃあじゃあ、私が選んでも良い!?」


「僕としてはありがたい申し出だけれど、逆に良いのか?」


「うん!」


「なら頼むよ」


「やったーえへへ」


 嬉しそうにしているけれど、人の服を選んで楽しいものなのだろうか。


 僕はその楽しさがよくわからないけれど、姉さんも自分の服よりも楽しそうに選んでいたりするし、ひょっとしたらこれは男女の違いなのかもしれない。


「まずこっちきて!」


 そう手を引かれ、僕はまずティーシャツコーナーへ。


 棚に畳んで置いてあるティーシャツを片手で器用にめくり、柄を選んでいる音論。


 選びにくそうだし、手を離そうとしたが、逆に強く握られたのでさらに離すタイミングを失った。


「あ、これ! これがいい!」


「これか?」


 僕が言うと、音論はようやく手を離して僕の上半身にティーシャツを合わせる。自分から離すのは良いけど、僕のタイミングで離されるのは嫌だったのだろうか、随分とあっさり手が解放されたけれど、すこし名残惜しい。


「うん、似合う!」


 音論が選んだのは、ネクタイがプリントされているティーシャツ。ネクタイをしているっぽく見えるが、プリントされているだけのティーシャツ。


「じゃあこれ買う」


 オススメされたら買う。仮に店員さんにオススメされたら買っていないけれど、音論が似合うと言ってくれるなら買う一択である。


「それにジレ合わせて欲しい!」


「ジレってなに? ジュレなら知ってるけどジレってなに?」


「ジレは、えっと……あ、あれだよっ!」


「あー、あれか」


 音論が指差した方にあった服がジレ——なんというか、バーテンダーさんが着てそうなベスト。なるほど、バーテンダーさんが着てそうなやつをジレと呼ぶのか。


 ジュレはなんの関係もなかったな。むなしい。


「これ、僕に似合うか……? ハードル高くねえか?」


「似合う似合う。髪セットしてる今ならもっと似合うよ」


「そうか。じゃあ買う」


 こんな感じに買い物は続き、結局全身コーディネートを購入した。


 ネクタイティーシャツ、グレーのジレ、ベージュのチノパン、グレーのシューズ——と。普通に買ってしまった。


「ありがとう、音論。姉さんに着せ替えさせられるより全然楽しかったし、いい買い物できたよ」


「ほ、本当? なんかテンション上がっちゃって、グイグイ押し付けた感じになってなかった……?」


「全然。あれくらいのテンションはむしろ嫌いじゃないぞ」


「ふ、ふーん、嫌いじゃないんだ……そっかそっか」


「まあな。結構買ったし、そろそろ姉さんと合流するか」


「……………………」


「どうした?」


「もうちょっと遊びたいなあ、って。ダメ?」


 そういうのズルいよなあ。ダメって言えないやつ。


 ダメって言える人間は人間じゃないと言っても過言ではあるまい。


「いいよ。んじゃもう少しふらつくか」


「うん!」


 ニコっと返事をくれた音論は、その表情をさらに明るくして、


「お手を拝借!」


 と、僕の手を握りながら、くっついてきた。


「ま、間違えた!」


「なにをだよ?!」


 牙原さんが言ってた奇跡の言い訳の使い方が下手かよ。

良いお年を。

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