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オトモレシンデレラ!  作者: ふりすくん
24/69

 5


 もうすぐ本格的に夏になる季節。都内某所のホテルにて、糸咲しざき奇王きおう(二十五歳独身男性)は、ベッドから静かに身を起こした。


「……朝やん」


 時刻は七時前。糸咲の言葉通り、朝である。


「うそやん、朝やん……」


 仕事をして、仕事をして、そして朝。


 寝たのは何時だったか、それすら思い出せない。


 朝、そして窓から差し込む陽光が彼を絶望させていると、部屋のドアがノックされた。


「はいはいなんやねん、誰やー?」


 ベッドに体を置いたまま、扉に向かって声を投げた。


「失礼します……ってまだ寝ているんですか」


 入室してきたのは、糸咲より年上の女性。


「なんやこんな朝から……なんのようやねん、旗靼はたなめちゃん」


「仕事です。仕事以外で糸咲さんの部屋に来たりしません、仕事です」


「うそやん、朝やで?」


「朝だから仕事でしょう」


「俺な、今日をゆっくりせんと過労死すると思うねんけど、どう思う?」


「昨日も同じこと言って生き延びたので、今日も平気でしょう」


「鬼やん」


「本当の鬼を見たくなかったら早く起きてください」


「鬼もどきやん」


「なんと言われようと、仕事をしていただきます」


「仕事って、もうほとんど片付いてるはずやけど?」


「いいえ残ってますよ。昨夜で締め切りだった『シンデレラプロジェクト』の審査が残ってます」


「あー、せやった……言うてもあれやろ? 締め切り前に余裕持って送ってきたやつは先に審査したんやし、そこまで大量に残ってへんねやろ?」


「およそ、四百曲ほどですね」


「めっちゃあるやん……ワンコーラス言うても四百も聴いたら脳溶けるで?」


「審査は自分でやる。そう仰られたのは、糸咲さん本人ですけど」


「自業自得やんか。誰か過去の俺をシバいてくれへんかな」


「仕事をしないのなら、現在のあなたを私が責任をもってシバきますが」


「互いに裸でしばき合う言うなら歓迎やねんけど、ちゃうんやろ?」


「当然です。一方的になぶります」


「なぶられるん嫌やわ……曲はどこにあるん?」


「糸咲さんのパソコンに送ってあります」


「仕事早すぎるやろ」


「なので早く審査を始めてください。糸咲さんの仕事が終わらないと私の仕事が進みませんので」


「あーあ、こりゃ冬のファイナル終わるまで、俺らオフないんちゃう?」


「私はありますよ。きちんとスケジュールを立てているので、オフも確保してあります」


「そのスケジュールって、俺の仕事に左右されてたりするん?」


「はい。糸咲さん、私のオフを台無しにしたら……わかりますね?」


「しらんがな。どうなるっちゅーねん」


「ボッコボコですよボッコボコ。事故車みたいに」


「マジのトーンやん。このまま仕事して過労死するか、サボって旗靼ちゃんにしばき殺されるかの二択って、俺なんや神様に嫌われることしたんか……?」


「前世でこの世のお地蔵さん全部蹴ったとかしたんじゃないですか?」


「なんでそんな理由やねん。なんでそんなことしとんねん、前世の俺!」


「つべこべ言わないで早く仕事してください。ヘッドホン付けてください」


「へいへい、やりますやりますって」


 糸咲は渋々、ヘッドホンを装着。


「旗靼ちゃん、お昼くらいに様子見に来てくれへん? あまりにもレベル低かったら、寝落ちしてまう」


「わかりました。ではお昼ごろにまた来ます」


 そう残して、旗靼はたなめ羽乃はのは退室した。


「さてと、どないな曲が届いたんか楽しみやで」


 そう呟き、糸咲はパソコンからヘッドホンに音楽を流した。


 既に二次通過を決めているのは、締め切り前に余裕を持って送ってきた十一のアーティスト。


 応募総数一万四千八百。ここまでは予定通り進行している。予定では一次通過はそれなりに多く残し、本番は二次から——それが『シンデレラプロジェクト』運営、審査を担当する糸咲の方針である。


「まさかこんな集まる思わへんかったけど、それなりのコンテストになりそうで安心したわな」


 ベッドサイドにノートを開き、ペンを握る。


 そのノートには、通過したアーティスト名が記されている。


「今んとこ、色ノ中(いろのなか)識乃しきのが一番売れそうやな」


 色ノ中識乃——彼女をこの『シンデレラプロジェクト』に誘ったのは、糸咲本人である。


「同人ゲーム界では間違いなく、一番の歌姫や。せやけど個人的に残念やったんは、作詞がいつも組んどるハグルマンやないことやな」


 糸咲は作曲もするが、作詞をメインに活動している。


 彼は同人ゲームだろうと音楽を聴くために貪欲に、プレイを欠かさない。


「近年の同人ゲームの音楽は、同人の領域を超えとるサウンドばっかやし、サークル経由で招待すればハグルマンが書いてくる思ったんやけど……俺の読みも甘いっちゅーことやんな」


 ハグルマンの歌詞には、糸咲は一目置いていた。刺激的なワードを使いながら、官能的にし過ぎないバランス。


 そのちょうど良さは、プロ作詞家の糸咲でも書けない歌詞なのだ。


「せやけど、ええもんひらったかもしれん」


 ええもん——それは一次審査をした時、糸咲が個人的に気になるアーティストを見つけたのだ。


 もちろん、審査は審査。基準は売れる可能性が高い者を残すための審査である。なので個人的に気になるだけで、残すなんてことはしない。


「ふふ、ええわあ。このメロディ、歌詞。『切ない曲』を指定されて、なかなか思い切りのええ、攻めた歌詞を書いて来よったでホンマ……最後のワードがええ仕事しとるし、こんなワードをよう使つこうたな、って感心してまうわな」


 曲を再生しながら、ぶつぶつと呟く。再生しているのは、糸咲が気に入ったアーティストだった。


「ええやん、やっぱりええやん。ボーカルはまだまだ伸び代ありそうやし、歌詞は俺好みや。せやけど特に驚いたんは、編曲技術やんな……こいつ天才やろ」


 あるいは秀才か——と。ニヤリ呟く。


「会える日が楽しみやん」


 二次まではウェブ応募審査。


 だが、三次からは生歌唱による対面審査になる。


「三次で会えるん、楽しみにしとるで」


 ホンマに——と。天井に向かって小さく言った糸咲は、パソコン画面に表示した歌詞に静かに目を落とした。



アーティスト名『ヨーグルトネロン』

曲名『なのにもう泣けない』

作曲・ネロン

作詞・編曲・ヨーグル



いつもの音が聞こえる 廊下を走るキミの足音

いつもの声が聞こえる 教室で笑うキミの声だ


わたしはキミを知っている いつもキミを見つめているよ

ねえ知ってる 知らないでしょう キミが好きなんだって知らないよね


今日も音は届かない わたしの鼓動は届かない

今日も声は届かない 発しても発しても キミは振り向いてくれない


どうして どうしてなの どうして お願いだから答えてよ


叫んで叫んで叫んで叫んで叫んで叫んで 喉が裂けるほど叫んでもキミは知らんぷり

正面に立ってもわたしを見ない見てくれない キミはどこを見ているの


それすらも教えてくれないんだ なんでイジワルするの

やだよ つらいよ 寂しいよ

わたしの目を見て わたしの声を聞いて わたしに笑顔を見せて欲しいのに キミはまた こっちを見ない


キミの世界にわたしは居ないんだ どうして泣けないの 涙が出てこない

痛いは好き でもつらいはイヤ ごめん謝るから 構って欲しいだけなのに……ああ そっか


わたし死んでた

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