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オトモレシンデレラ!  作者: ふりすくん
15/69

 4


葉集はぐるくん……?」


 補導されることもなく、自転車に乗って走っていたら音論ねろんとばったり遭遇した。


「え、音論ねろん、どうしたこんなところで」


「いやこっちの台詞だよそれ、どうしたの? 家出?」


「違う違う。いや確かに荷物の量からそう見えても不思議じゃあないけども」


 なにせ一週間泊まってくれという要望だったからな、馬島くんちに。


「馬島くんちに泊まる予定だったんだけど、緊急事態が発生して中止になったんだよ。荷物は宿泊セット」


「そうなんだ、すごい量だけど、お、男の子同士でお泊まりってことは、そ、そうだよね、いろんな書物のトレードとか、そ、そういう公式大会があるんだよね! 大丈夫、私知ってるから、引いたりしないよ?」


「誤解が酷い」


 書物のトレード大会なんて予定はなかった。


 公式でもない。あったとしても、非公式だ。


 でも持ってきていないわけじゃない。極秘。


「んで、そっちは? バイト帰りにしちゃ遅くね?」


「まだ九時半くらいだよ?」


「……一体いつから僕は既に深夜とかだと錯覚していた?」


 冷静に思い出してみると、ファミレスを出たのが制服入店が許される八時半くらい(制服客は九時まで)だったと思い出せるのに、ずっと深夜みたいなテンションだった。僕も馬島くんもいつの間にか恐怖ハイになっていて、時間感覚が狂っていたのか……。


 だが時間感覚は正常に戻った。深夜徘徊になると勝手に思い込んでいたので、補導のリスクとおさらばだ!


「で、音論は散歩か? 九時半くらいとはいえ、女子が一人で夜道を歩くのは褒められたことじゃないぞ?」


「だって一人で歩くしか選択肢がなかったんだもん、諸事情で」


「諸事情?」


「そうなの、えっとね」


 これこれ——と。そう言って音論が見せて来たのは、バスタオル。トートバックから取り出したバスタオルを見せてきた。


「これから銭湯行くの!」


「なるほど。あれ……でも、家に風呂あったよな?」


 一度家に上がっただけで、風呂場を見学したわけでもないが、たしか風呂っぽいスペースはあったはず。


「あるよ。あるけど……実は……」


「実は?」


「うん、実はね……先月のお母さんのお給料が少なめで、私のバイト代でカバーするには足りなくてね……だから今日から来月の初めまでガス止まったの。えへへ」


 諸事情ってそういうことか。お財布事情ってことかよ。


「マジか。でも風呂は入りたいよなあ」


 初夏の蒸し暑い日中を過ごして、風呂に入れないのは男女問わず人間として我慢ならないだろう。


「だから銭湯行くの。私のバイト代だと、ガス代を払うには足りないけれど、でもなんとか銭湯に行くお金はキープしたんだ。今日は銭湯初日だから、思い切って奮発して銭湯でお風呂上がりの牛乳飲むの。贅沢をするって決めたの!」


「銭湯ここから近いのか?」


「近いよ。ここからだと、歩いて十分くらい」


 それは地味に遠い。歩きで十分は僕的には遠い部類だ。


 でも、先刻人んちのリビングを走り回ったせいで、僕も湯が恋しい。いや、本当は湯が恋しいとか正直どうでもよくて、本音を言うと音論を夜道で一人歩かせることが不安なだけだ。


「十分か。僕も行こうかな……」


「いっしょに行く?」


「じゃあ、一緒してもいいか?」


「もちろんだよ。お風呂は別だしね」


「そりゃそうだ」


 混浴だったら逆に行かないを選ぶ。


 混浴には夢と希望がぎっしり詰まっているが、しかし悲しいことに僕みたいな童貞が混浴風呂なんて世界に、軽々と飛び込めるわけがないのだ。


 デリケートな僕ら童貞は、湯けむりでモクモクしていたとしても、たとえ謎の光でガードされていたとしても、想像力という現実拡張能力でブーストされた、まったく見えない死角であろうと妄想でおぎなう特殊能力により、脳が情報過多になり、すぐに死んでしまう儚い生きものだと言っても過言ではあるまい。


 ということで銭湯に到着した。


 知らなかった、こんな場所にポツンと銭湯があったなんて。


「こんばんはー!」


 音論は慣れているのか、元気に挨拶しながら入店した。


 後ろに着いて、僕も入店。挨拶する勇気はなかったので、小さい会釈をして誤魔化した。


「まー音論ちゃんいらっしゃい。よく来たねえ」


「おばちゃん、お久しぶりです。いよいよ大人料金になりました!」


「ほっほはははー。音論ちゃんももう高校生になったんだねえ。どーりでおばちゃんも老けるわけだよ、やだよお、ほっはははは」


 なんだろう、この場違い感。


 初入店の僕には、アウェイ感が強過ぎて早速家に帰ってから風呂入れば良かったと後悔してる。


「そっちのお兄さんは音論ちゃんのコレかい?」


「いえ……そんなんじゃないですよ」


 おばちゃん。おばちゃんが今やってる親指を立てる行為の意味をきちんと理解できる男子高校生、テレビっ子の僕くらいだぞたぶん。


「なにそれおばちゃん? 親指立てて、グッジョブってこと?」


「ありゃまあやだよお、もう通じないんだねえ……時代は変わって行くんだねえ……おばちゃんの若い頃の常識は、非常識になっちまったか。ほっははははははは」


 嬉しそうだなあ、おばちゃん。


 お客さんと話すことが楽しいんだろうな。


 うちのおばあちゃんもそんな感じだし、なんかわかる。


「え、大人二百円!? そんな安いの!?」


 銭湯の値段に思わず声を出してしまった。二百円!?


「そうだよお、お兄さん。やっすいだろーう? 昔はみーんな、これくらいの値段だったんだけどねえ」


「……めちゃくちゃ安いですね。僕、銭湯ってもっと高いと思ってましたから、驚きました」


「高くしたらお客さん来ないの、うちみたいな古い外観だとね!」


 おばちゃん嬉しそう。なんか僕も嬉しい。


 財布にも優しい。なんだここ癒し天国か?


「音論ちゃんはタオルはあるね? お兄さんはタオルあるかい?」


「あ、はい。ありますあります」


「じゃあ男湯はこっち、女湯はこっちね。ゆっくりあったまっておいで」


 そう言われて見送られた。さてさて。


 待たせたな。お待ちかね、僕の入浴シーンだ。


 ……需要ゼロだろうなあ。


 誰が見たいんだよ、僕がシャンプー泡立ててるところとか、ボディーソープでゴシゴシしてるところとか、僕だって見たくねえ。


 いや、若干一名の幼馴染もといバケモンなら……これ以上はやめよう。自分から恐怖を思い出すなんて、ドMのやることだ。やめよやめよ。


 ひと通り洗って、湯船に浸かる。


 広い風呂は良いなあ……マジで。


 つーか貸し切りじゃん。今更だけど。


「あー良い……銭湯良い……」


 でも熱い。お湯が熱い。長風呂するには僕には熱すぎる。


 長風呂はする気になれなかったが、そこそこの時間浸かったので、よし。そろそろ上がるとしよう。


 僕は疲れ——と、恐怖を洗い流し、心を安らげてくれた湯船に別れを告げる。


 誰も居ないので湯船に向かって「また来るぜアデュー」と全裸で格好付けて、風呂から上がった。


「おつかれさま、お兄さん。あったまったかい?」


「最高でした……絶対また来ます」


「若い子にそんなこと言われちゃったら、嬉しくておばちゃん長生きしちゃうよ、まったく」


 ご機嫌なおばちゃんだ。まったく。


「牛乳ください」


「あいよー。百円ね」


「……やっす」


 牛乳を受け取った。百円。やっす。


 これを贅沢と言ったってことは、音論今月マジでギリギリなんだな……飯は食えているんだろうか。


 心配になるが、とりあえず牛乳を飲むとしよう。ビン牛乳。


 ふたを開けるのに苦戦したが、なんとか開けることに成功して、一気に飲み干す。


 うんめえ。なにこの牛乳最強じゃん。


「あ、葉集くん、牛乳飲んでるズルい! おばちゃん私も私も!」


「あいよ」


 タオルを首に掛けた音論が女湯ゲートから登場して、すぐ牛乳をオーダー。


 牛乳と引き換えに百円を手渡す湯上がり音論。


 奢ってあげたかったのにタイミングが合わなかった。畜生。


 つーか。つーかつーかさ。湯上がり音論くっそ可愛いなおい。


 なんで女子って髪が濡れてるだけで可愛く見えるんだろう?


 マジでなんなの湯上がりマジック。不思議過ぎてコーヒー牛乳も飲んじゃおうかな?


「おばちゃん、コーヒー牛乳二本ください」


「お、いきがいいねえお兄さん。あいよ」


 僕はコーヒー牛乳を二本買った。コーヒー牛乳は百五十円だった。やっす。


 なので僕は三百円をおばちゃんに渡し、コーヒー牛乳二本を受け取った。


「二本! コーヒー牛乳を二本!? すごい豪遊だ!!」


「一本やるよ」


「なんで!?」


「良い銭湯教えてくれたお礼」


「おおお、銭湯教えただけでコーヒー牛乳もらえた! やった!」


 喜んでいる。最近、音論が喜んでいるのを見てるのが僕の一番の癒しなのかもしれないとさえ感じる。


「棚ぼたカロリー補給カロリー補給ごくごくごくごく」


 喜び方は癒しだけど、喜び口にするワードが毎回悲しくなっちまうのは、まあ仕方ないということにしよう。


「飯はちゃんと食ったか?」


 なんか不器用な父みたいな感じで聞いてしまった。


「うん、今日はね、なんとびっくり食パンが二斤にきん余ったの。だからしばらく食パンで暮らせるよ」


「食パンを素で食うの? 何もつけないの?」


「だって食パンって味ついてるよ?」


「味覚がしっかりしているんだな、凄いぞ」


「なぜか褒められた!?」


 帰宅したらジャムを自作して、明日おすそ分けしてやろうと僕は心に誓った。電子レンジで作るお手軽ジャムをおすそ分けしよう。


「また来てねえ」


 外に出る前におばちゃんからのそんな声。


「はーい、また来まーす」


「僕もまた」


 手を振り、店のガラガラスライドドアを閉める。


「マジでいい銭湯だったわ……今度姉さんも連れてこよう」


「また銭湯で会っちゃうかもね?」


「僕を発見したら景品でコーヒー牛乳一本やるよ」


「言ったね? 私そういう勝負になると、結構強いんだよ? トランプとか強いんだよ、後悔しちゃうよ〜?」


「じゃあ今度トランプ勝負するか?」


「うんいいよいいよ、大富豪でもポーカーでもブラックジャックでもなんでも相手になるよ」


「僕にポーカーで勝つつもりか? やれやれ、無謀な」


「ふふ、私のポーカーフェイスに驚いてもらうからね、葉集くん」


 湯冷しになる夜道を並び歩き、僕たちは帰路に着く。


「はっくん……その女、だれ?」


 超怖い声が、背後から聞こえた。一気に悪寒!


 だから無視した。お前が誰だよフーアーユー!


「さ、ささささ、は、早く帰ろうぜ」


 心を強く持っても、声が震えてしまった。


「え? でもこの人お友達じゃないの?」


「違う違う。知らない人でよ」


「でよ?」


「だよ」


「ほんとに知らない人……?」


「うんマジマジマジマジマジ」


 本当マジ誰コイツ。今もなぜか後ろから着いてくるけれど、僕こんなやつ知らない知らない。


「はっくんの隣を歩くとか、身の程知らずだって教えなきゃわからないのかなあ、その場所はわたしの場所で、わたしだけの場所で、聖域ってことから説明しなきゃわからないのかなあ、長くなるよお、このはなし。三日で終わるかな、終わらないよね、終わるわけがないよね、終わらせるわけがないんだよね、わたしのはっくんに手を出すなんて身の程知らずには、どんな罰を与えようか、悩んじゃうな、どうしようかなどうしようどうしよう……そうだ、はっくんに聞いてみよう、わたしのはっくんに手を出すハエに、どんなことをしてわからせるか、はっくんに聞いてみればいいんだ、簡単なことだった、こんな簡単なことを思いつくまでにずいぶん遠回りをしてしまったけれど、でも気づけたってことは褒めてもらえるよね、はっくんにいい子いい子してもらってハグされて、色々始まってしまうこともやぶさかではないし、むしろそれをわたしは望んでいるわけで、つまりわたしはなにが言いたいのかな? あ、そうだそうだ——はっくん。わたしと寝てほしいな……ってあれ? はっくん? どこ?」


 僕は音論を自転車の後ろに乗せて呟きの途中で逃げ出したから、果たして色ノ中(いろのなか)識乃しきのがなにをぶつぶつ言っていたか定かではないが、しかし奴の呟きは逃げるチャンスなのだと知っている。一人だけの世界にトリップすると知っていた——見事に僕のキャリアが役に立ち、二人乗りの立ち漕ぎで逃げた。


「悪い音論、あの怖い人のことはちゃんと説明すっから今は逃げるぞ!」


「う、うん、葉集くん、私二人乗り始めてした!」


 自転車涼しい——と。喜ぶ音論を背に、僕は必死に立ち漕ぎをして、せっかく銭湯で流した汗を体から流しなおして、チャリで疾走した。


 気をつけろ、暗い夜道と、追跡者。


 葉集、心の一句。

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