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【じゃない方】と呼ばれた元聖女候補は、畑を耕しのんびり暮らしたい〜聖なる力で育てた野菜が今日も美味しい

作者: 水瀬 潮



「今代の聖女は_______


      【シルク=オベール様】です!!」



 瞬間、割れんばかりの歓声が国中に響き渡りました。


 そしてその瞬間、私はこの国はじまって以来の珍事の当事者ではなくなったのでした。



◆◇◆◇◆



 私が生まれたこのスベリー王国は、ナントカという大陸(名前は忘れました。)の隅っこに位置する小さな国です。


 周りを山々が囲っておりますので、隣国との交流は寂しく、唯一交流があるのは東側のヴァングラツ国のみという状況です。要するに、吹けば飛びそうな弱小国家なのです。


 ただ、それ自体は何ら珍しいことではありません。この大陸、世界には同じような小国がいくつもあることでしょう。まぁ、特段詳しいわけではないので、単なる予想ですが。



 ですが、この国には、恐らく世界中を探しても他にはないと断言できるレベルの、特筆すべき点がありました。それは、_______




◆◇◆◇◆



「セレン様、次はこの方をお願いします」


「はい、どうぞ」


「セレンちゃん、今日もすまないねぇ〜」


 騎士様の案内でそう部屋に入って来たのは、常連のマルメおばあさんです。老いには逆らえないのか、腰が90度に曲がっています。まるで縦書きで書いた時の上カギ括弧のようです。

 しかし、御年110歳と考えれば、杖を使えば歩けるというだけで人間国宝ものでありましょう。


「こんにちは、マルメおばあさん。今日はどうされましたか?」


「いやねぇ、ど〜うも腰が痛くてかなわんのよ。洗濯をしようにも、皿を洗うにしても、腰が痛くて全然家事が進まないのさぁ」


「んふふ。マルメおばあさんは相変わらず働き者ですね。では今日は腰を中心に治療するということでよろしいですか?」


「ん〜お願い」


 マルメおばあさんの返事を確認すると、私は治療の準備を始めました。


 といっても、何か道具や薬を取りに行く訳ではありません。


 何しろ私が行う治療は、この身ひとつで施術するのですから。


 まずは深く息を吸って、吐いて。深呼吸をします。


 それから、自分の身体の中に点在する【それ】を、練り上げながら徐々にお腹の中心に集めます。


 【それ】が充分集まると、お腹の中心がポカポカと温かくなってきます。


 ここまでくれば、あと一歩です。


 今度はそれを2等分にして、左右それぞれの掌まで移動させます。左右の手の指先まで【それ】が到達したら、マルメおばあさんの腰に手を当て、【それ】をゆっくり丁寧に治療したい患部に流し込むのです。


「あぁ〜気持ちいいね〜。ン〜そこそこ。そこだよそこ。はぁ〜。やっぱりセレンちゃんの治療が一番だ」

  

「いかがですか?」


「最高だよ。もう身体が軽い軽い。帰りは家まで走って帰れそうなくらい。お陰でまだ長生きできそうさ。また来年くるね、セレンちゃん」


「お役に立てて良かったです。お帰りも気を付けてくださいね。」


 これが私の一連の治療です。


 道具や薬は使いません。


 全て【それ】____いわゆる聖なる力を使って治療をしております。


 そう、私は聖なる力を持つ、俗に言う【聖女】なのです。


 まぁ、正しくは【聖女候補】なのですが。






◆◇◆◇◆




 私が生まれたこのスベリー王国は、悪い意味で特別な国です。


 なんと、【瘴気】なる人外の不思議な力により生み出される、凶暴な魔物が生息しているのです。


 【瘴気】は、王国の隅のそのまた隅っこの山の麓から発生したかと思えば、王都の中心からそう遠くない土地の地下洞窟で発生したり、発生地点に共通点はありません。このスベリー王国の領土内に発生するということ以外には。


 このいかにも害悪な瘴気なるものですが、幸いにも聖女のみが有するとされる聖なる力により、浄化をすることができます。


 しかし、浄化しても暫くすると、今度は別の場所で発生してしまうのです。


 ですが、浄化してもどうせまた発生してしまうのだからと放置してしまいますと、今度は加速度的に魔物が増えてしまうので、瘴気が発生したら浄化、発生してはまた浄化を繰り返しているのです。


 ですから、その厄介な存在である瘴気を浄化できる聖女の存在は、このスベリー王国においては、大変偉大なものなのです。それこそ国王をも上回る程に。




◆◇◆◇◆




 私は小さい頃から孤児院で暮らしていました。


 院長様に孤児院に預けられた理由を聞きましたが、教えてはいただけませんでした。幸か不幸か両親の記憶はございませんでしたので、まぁそういうものかと思い、特に悲観することもなく生きてきました。


 そのような事情で、小さい頃から年が近い子達と一緒に暮らしていたわけですが、物心ついた頃には、友達と聖女様ごっこをして遊んでいたことを覚えています。そして、確かその時には、既に現聖女であるシャンディ様が聖女と呼ばれていたと記憶しています。


 そんな長年聖女として活躍されたシャンディ様ですが、5年前に不治の病にかかり体調を崩されました。(ちなみに聖魔法による治療は出来なかったそうです。)これがきっかけとなり、次代の聖女探しが始まりました。私が13歳の時です。


 聖女探しの方法は、簡単です。代々の聖女に受け継がれてきた、聖なる杖に選ばれた乙女1名が次代の聖女に命名されます。聖女命名の儀です。


 しかし、ここで建国以来の珍事が起こりました。

なんと4名もの乙女が聖女に選ばれてしまったのです。


 選ばれたのは、


公爵家の長女シルク=オベール様、

伯爵家の次女で、自身も準男爵のサリーナ=スタイン様、

貴族並みに裕福な商家の娘マリッタ様、

そして、まさかまさかの孤児院育ちのただのセレン。


 この4人でした。



 国の要職達は初めての珍事に大慌て。


 4人とも聖女として認めた方がいいのか、それとも最も力が強い1名のみを選ぶべきか。散々悩んだものの結論を出せなかった要職達は、シャンディ様がご存命の間は4人全員を【聖女候補】として扱い、シャンディ様が永眠されたタイミングで再度検討することにしました。つまりペンディング___先送りです。


 こうして、僅かな聖なる力しかない私セレンも、長くの間聖女候補として扱われることになったのです。




◆◇◆◇◆




 聖女候補に選ばれた後は、まさに濁流に飲み込まれたような毎日でした。


 最初の3ヶ月で聖魔法の基礎、その後の3ヶ月で応用魔法を叩き込まれました。鬼です。


 何しろ魔法など今まで一度も使ったことがありませんし、いつシャンディ様が永眠されるかも分からない中での訓練は非常にハードなものでしたので、この上なく苦労したことを覚えています。


 それを乗り越えた後は早くも実践演習。瘴気が発生した場所に実際に赴き、騎士団が魔物を退治した後に、瘴気の浄化を行いました。


 ただ、瘴気は常に発生しているわけではありません。

 一度浄化すると、次の瘴気が発生するまでおおよそ1〜3ヶ月ほど間隔が開きます。


 その間、聖女候補達が何をしているかというと、聖魔法による怪我の治療会です。(実は先程の一幕は、その治療会での一時でした。)



 こうした日々が2年間程経過した頃には、聖女候補4人の治療能力に大きな差が生まれていました。


 マリッタ様は器用な方で、手際良く治療をなさると評判は上々です。


 サリーナ=スタイン様は、広範囲の聖魔法の達人です。そのテキパキとしたエリアヒールさばきは圧巻です。その対応の速さから、騎士様やお忙しい文官様から圧倒的に支持されています。


 シルク=オベール様は、欠損さえ治療するエクストラヒールを習得されています。暗殺者に急襲され、右腕を欠損した第一王子殿下に、このエクストラヒールを処置された場面に立ち会いましたが、まさに奇跡の術でございました。


 対して、私セレンはというと、先程ご覧いただいた通り10分程時間を掛けて、やっと軽微な傷や肩こり等を治療できるレベルなのです。私のもとに通ってくれるのは、時間に余裕があって話し相手が欲しいご老人や子どもばかりです。いえ、それが嫌という訳ではなく、勿論とても嬉しいのですが、圧倒的です。とにかく、圧倒的に私だけ聖魔法のレベルが低いのです。


 この様子を見たこの国の人々は、次第に「少なくともセレンは聖女には選ばれないだろう。セレンじゃない3人のうちから選ばれるだろう。」と噂しました。そして、いつしか私セレンには【じゃない方】という呼び名が付いたのでした。



◆◇◆◇◆




 今日の聖女治療会のお客様は、マルメおばあさんが最後だったようです。


 休憩がてら外に空気を吸いにいきましょうか。


「セレン!こっちこっち!」


 聞き慣れた大好きな声に振り向くと、大好きな3人の美女がお茶を楽しんでいました。




「皆様お疲れ様です」


「お疲れ〜!今日も私のセレンは頑張り屋さんだったわね〜。治療なんか適当にやっても誰も分からないから少しは手を抜いてみたらどう?」あっけらかんと笑うこのナイスバディな女性はマリッタさんです。


「それがセレンの長所さ。己の役割を全うする。実に素晴らしい姿勢だと思う」このクールビューティーな女性はサリーナさん。自身で実績を挙げ、準男爵の地位を与えられている凄い方です。


「セレン、今日もお疲れ様」

そして、この周囲にマイナスイオンを撒き散らしている、いい匂いがしそうなお淑やかな女性が、【シルク=オベール】さんです。



 大好きなこの3人とは、同じ聖女候補として出会いました。


 聖女としてのライバルだから仲が悪いのではとお考えかもしれませんが、そんなことはありません。


 何故なら私達4人は皆、聖女になりたいとは露ほども思っていなかったからです。


 聖女の名を賜ることは相当な誉ですが、その分しがらみも多いです。有名になりたいとか、人に敬われたいとか、そういった浅い理由で就くには重すぎる役職です。


 巷には、聖女になれば誰もが羨む裕福な暮らしができるという動機で聖女を目指す方がいると聞きます。それは確かに正しいです。聖女になれば、少なくとも衣食住は最高級のものが与えられます。しかし、聖女候補としてのお役目を全うすれば、たとえ聖女になれなくても莫大な報奨金をいただけます。


 その額なんと3億スベリーです。


 王都での家賃相場が月約5万スベリー、パン1個で100スベリーですから、多少贅沢をしても100年くらいなら働かなくとも生活していけそうな額です。


 となると、お金目当てで聖女になる必要はありませんよね?聖女候補としてお役目を果たし、残りの人生を謳歌する方が楽しそうです。 


 というわけで、聖女になりたいわけではないが、家のため生活のために聖女候補としてのお役目だけは果たそうと集まった4人は、特に揉めることもなく、むしろ互いに励まし合う仲間として、仲が良かったのです。



◆◇◆◇◆




 13歳で聖女候補になった私が18歳になった翌日、先代聖女シャンディ様が天に召されました。


 そして程なくして、シルク=オベール様が次代の聖女に決まり、国中に歓声が轟きました。


 世論調査では、7割の国民がシルク様を聖女に推していたそうですから、予想どおりの人選です。万が一、私が聖女に任命された暁には、国中大ブーイングの嵐だったでしょう。予定通りシルク様が聖女となり、ほっと一安心したのでした。


 1ヶ月後、正式に聖女命名の儀が執り行われました。新聖女シルク様の誕生です。


 私達3名の聖女候補は、折を見て聖女候補の任を解かれました。同時に報奨金3億スベリーの贈与とそれとは別に褒美が与えられました。




◆◇◆◇◆





「セレン様、ご依頼の野菜の苗をお持ちしました」


「暑い中ありがとうニック。それからもう聖女候補ではありませんから、普通にセレンと呼んでください」


「じゃあセレン。これがトマトの苗で、これがナスの苗だよ。それから向こうにあるのが、〜。」


 農家のニック。

 聖女治療会で私がお祖父様の治療を行ったのが縁で、良くしていただいています。



 私は、聖女候補としてのお役目を全うした褒美として、3億スベリーと王都の外れにある小さな家を賜りました。


(ちなみにサリーナさんは、王宮魔導士団への入団を希望され、その実力を考慮し副団長に大抜擢されました。マリッタさんは、兼ねてから「裕福なイケメンと結婚してダラダラ過ごしたい〜」と仰っていましたが、希望どおり美丈夫と噂の大国の第二王子との結婚が決まられました。)



 私が頂いたのは、2〜3人が住めそうなクリームピンクのレンガ調の可愛らしい家です。


 新築ではございませんが、前の住人の方は非常に綺麗にお使いだったようです。大掛かりな改修や掃除をすることなく、スムーズに引っ越しすることができました。


 また、地味に最新の魔道具家電が備え付けられている点も、大変気に入っております。


 そして一番嬉しかったのは、この小さな家の裏に、一人暮らしには充分すぎる大きさの畑が隣接していることでした。


 最近まで使用していたのか、土はフカフカで、小石や雑草も見当たりません。そうであれば直ぐにでも野菜を育てようと思い、顔見知りのニックに苗を譲っていただくようお願いしていたのでした。



 私は、小さい頃から植物が好きでした。孤児院で過ごしていた時に、友達と野菜を育てようとしたことがありましたが、院長様に禁止されてしまいました。何やら面倒事が起きるからと仰っていた気がします。


 でも、これからは大丈夫です。

 今は一人暮らしですし、何か面倒事が起きても自分で責任をとればいいのです。



 ニックから苗を受け取り、予め整えておいた畑に1つ1つ苗を植えていきます。


 セレンは今回が初めてだから、とニックも植えるのを手伝ってくれました。


 半日かけて、ニックが持ってきてくれた苗を全部植え終わりました。裏庭の畑の1/4ぐらいが、苗で埋まっています。


 後は水をかけて、実がなるのを待つだけです。


 慣れない作業に若干の疲労を感じましたが、それ以上に充実感があります。


 新しい事をするのは楽しいです。

 ごきげんな私は、植えたばかりの苗達に水を撒きながら、つい歌を歌ってしまいました。


 まぁここにはニックしかいませんし、もうセレンは聖女候補ではないただの平凡なセレンですから問題ないでしょう。


「ルララ〜。ルララ〜。ル〜ラ、ランラン♪」



 瞬間、先程植えたばかりの野菜の苗たちが、なんとニョキニョキっと大きく成長したのです。



「うわぁ!?」


 驚きで声が出ないセレンとは対照的に、ニックは大きな声をあげながら尻もちをつきました。


「い、今!苗が伸びて!」


「そのようですね」


 驚き焦っているニックを見ていると、なぜだか冷静になれます。


「何故急に伸びたのでしょうか?まさかこれは、歌を耳にすると成長が早まる不思議な苗だとか?ニック。試しに貴方も歌っていただけませんか?もしかしてまた伸びるかもしれません」


「いやいやいやいや。そんな話聞いたことないから。やっぱりセレンの聖なる力のおかげなんじゃないかな?」



 ジーとニックを見つめます。


「分かった分かった!歌うよ。ったく、俺音痴なんだから下手でも笑うなよ。ゴホン······。グララ〜。グララ〜。ダンラン、ランラン······」




_______「伸びませんね」


「うぉい!もっとこう!反応してくれよ!どう聞いても音痴だっただろ!こっちは無反応が一番恥ずかしいんだからな!」


 不思議な現象に興味津津なセレンには、荒ぶるニックに構う暇はありません。


「今度は、聖なる力を込めてみましょう」



 ニックの言う通り、やはり聖なる力が影響しているのかもしれません。


 試しに、マルメおばあさんを治療したのと同じ要領で、先程より大きく成長した野菜の苗に、聖なる力を込めてみす。


 するとどうでしょう。


 ポンポン!という音と共に、植物達が実をつけたではありませんか。


「さっき苗を植えたばかりなのに······」


 とうとうニックは腰を抜かしてしまいました。


 この現象に興味津津の私は、折角なので、生でも食べられるトマトを収穫して食べてみることにしました。


「美味しい。ニックこれ美味しいですよ!」


 そういうと、ニックもトマトにかぶりつきます。


「本当だ美味しい。実がしっかりしてるけど、瑞々しくて······。悔しいけど、今まで食べた中で一番美味しいよ!」


 ニックは、出来ればこの野菜をニックの家で買い取らせて欲しいというと、興奮気味に家に帰っていきました。きっとお祖父様に報告するのでしょう。



 一方、1人畑に佇むセレンは、空を見上げこう呟きます。


「シルク様、サリーナさん、マリッタさん、どうやら聖なる力は野菜にも効果があるようです」



◆◇◆◇◆



 ある日のこと。


 コンコン。


「王宮騎士団です。セレン様はいらっしゃいますか」


 家を訪ねになったのは、騎士のオーガスタス様です。


 聖女治療会の際に、お客様の案内役をしてくださっていた関係で、面識がございます。


 本日は、まだ貰っていなかった報奨金のうちの一部である、30万スベリーをお持ちいただいたそうです。


「外はお暑かったでしょう。冷えた麦茶です」



 聖なる力で育てた麦で作った飲み物です。


 家に備えついていた冷蔵庫なる魔道具家電のお陰で、いつでも冷たい飲み物が飲めるようになりました。


 オーガスタス様は、一口飲んでコップを眺めた後、ゴキュゴキュ音をたてながら麦茶を飲み干されました。


「美味しい。今まで飲んだ飲み物の中で一番······。いや失礼。」


「喉が乾いているときに飲む、冷たい飲み物は格別ですよね」といいながら、グラスにおかわりを注ぎます。



 オーガスタス様は、かたじけないと言いながら、少し恥ずかしそうに頬を掻かれました。



「それはそうとセレン様、聖女シルク様からお手紙をお預かりしております」



「まぁまぁありがとうございます!すぐにお返事を書きますから、少しお待ちいただけますか?」


「勿論です」



 シルク様からのお手紙の内容を要約すると、第一王子様との婚約が決まった、来年に結婚式を開くので参加してほしいとのことでした。


 私は、婚約が決まられて自分のことのように嬉しいという事と、結婚式にも是非参加させて欲しい旨をお返事にしたためました。あと、世間話がてら、聖なる力で野菜を育てた野菜が美味しいので、よければ食べてくださいと付け加えました。


「オーガスタス様、お待たせしました。こちらのお手紙と手荷物をシルク様に」


「はい、確かに」


「あと宜しければこちらはオーガスタス様に」


「え?私もいただいてよろしいのですか?」


「はい。趣味で育てているお野菜です。お口に合うといいのですが」



◆◇◆◇◆



コンコン

 

「はい?」


 お客様が来られたようです。どなたでしょうか?


 ニックはノックしながら「セレン〜!」と声を出しますし、騎士のオーガスタス様は2週間前に来られたばかりです。


 ドアを開けて確認すると、


「あれ?」


 そこにいらっしゃったのは、オーガスタス様でした。


 まだ、先月報奨金をいただいてから、まだ2週間しか経っておりませんが······。シルク様のお手紙が急を要するものだったのでしょうか。


「セレン様、お時間よろしいですか?」


 立ち話もなんですので、お部屋に案内し、前回と同じように麦茶を準備します。


「外はお暑かったでしょう。冷えた麦茶です」


 オーガスタス様は、またゴキュゴキュと美味しそうに麦茶を一気のみされました。



「あぁ〜美味しい。実は、この麦茶もですが、先日いただいたお野菜が大変美味しかったので、お礼を伝えたくて早めにお邪魔してしまいました」


「まぁ!そうだったのですね。お気遣いありがとうございます。実はあのお野菜、販売する事が決まりまして。直に王宮近くでもお買い求めいただけるようになると思いますわ」


「そうなんですね」


 そうこぼしたオーガスタス様は何故か残念そうです。わざわざ20〜30分かけてセレンの家に来るより、勤務地近くで買えたほうが便利だと思うのですが。


「麦茶は······」

 

「麦茶?」


「麦茶は販売されるのですか?」


「あぁ!麦茶の販売は、今のところは考えておりませんね」


「でしたら、麦茶を飲みにまた来てもよろしいですか?」


「勿論です。いつでも来てください」


 それ程までに、オーガスタス様が麦茶を気に入ってくださっていたとは······!


 たった今、麦茶は売らないとお伝えしたところですが、野菜と一緒に販売できないか、ニックに相談してもいいかもしれません。オーガスタス様もお喜びになるでしょう。


「ありがとうございます。あとこちら、シルク様からです」


 手渡されたのは、シルク様からのお手紙です。


 第一王子は、シルク様にとても優しく、交際は順調とのことでした。また現在は結婚式用のウェディングドレスを作っている最中とのこと、幸せそうで何よりです。


 あとは、「セレンのお野菜も美味しかった」と褒めていただきました。何やら王宮の料理人が、正式に取り寄せたいとご要望されているそうです。


 シルク様からのお手紙を読んだ後は、まるで実際にシルク様にお会いしたかのように穏やかな気持ちになります。


 私は、その穏やかな気持ちのまま、ペンをとりました。


________________

拝啓 シルク=オベール様



暑い日が続いていますね。お元気でいらっしゃいますか。


シルク様のウェディングドレス姿、とても楽しみにしております。シルク様は肌がお綺麗ですから、きっとドレス姿が映えられるのでしょうね。第一王子殿下も、きっとその美しさに惚れ直されることでしょう。


お野菜食べてくださってありがとうございます。実は、知り合いの伝もあり、本格的に販売を始めようかなと思っているところです。



近いうちにまたご連絡いたします。


セレンより。

________________


「あら私ったら。あれを書き忘れました」


【PS.聖なる力で育てた野菜は今日も美味しかったです。】



【完】

最後までご覧いただきありがとうございました!

サブスキルの主人公の頑張り屋なレオナ様と比べて、のんびりしている今作の主人公セレンさんですが、案外のんびりしている子の方が書きやすいなと思いました。

また別の作品でもご縁があると嬉しいです。

水瀬潮

 

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