【第8話】−日常−
獣人であるヴォールは自分の事を好ましく思っていないようだ…。
その獣人は真面目で常に冷静だった。
どんな時も、瞬時に状況を把握し自体の終息に向けて常に最短の答えを導き出していた。
その獣人は恐れられていた。
彼はただ、穏やかに生活したいだけだった。
ヴォールは妻と息子との挨拶を交わすと、アタッシュケースを持ち、いつものように異界諮問局へ向かった。
いつものように駅へ向かい、いつものようにゲートをくぐり、いつものように少し早く出勤した。
いつものようにコーヒーを淹れ、いつものようにデスクに座り、雑務をこなすヴォール。
依頼の無い日はこうして落ち着いた日常を過ごすこともある。
こと、ヴォールは異界諮問官ではあるものの、争いごとが極端に苦手で、
こうした何もない日常が彼にとってはとても有意義な時間であった。
しばらくして、シエラスが出勤した。
ヴォールはシエラスに軽く挨拶をすると彼女も気さくに挨拶を返した。
落ち着いた朝である。
ヴォールはコーヒーを一口飲もうとした瞬間、ドアが勢いよく開き、
「おはよう諸君!」と必要以上に大きな挨拶が部屋中に響き渡った。
いつもの事ではあるが、常識を逸脱した声量にいつも冷静なヴォールも少し動揺したようで、
コーヒーでむせてしまう。
シエラスが挨拶をすると、遅れてヴォールも挨拶をする。
彼女はヴォールのパートナーである、通称"カナ"である。
明るく礼儀正しい竜人族で抜群の戦闘センスを持っているが何かと粗いところが目立つ。
戦闘が苦手なヴォールにとって戦闘を得意とするカナメリアとは相性がいいと判断されたのだが、
真面目な性格のヴォールにとってはカナメリアが行う節々の動作がいちいち気になってしまうのである。
しばらくして、異界諮問局に電話が入る。
ドワーフ街でテロの通報があったとのことで、依頼が入ったのだ。
さっそくシエラスはヴォールとカナメリアに現場へ向かうよう指令を出した。
ドワーフの中央都市アザレア、そこはドワーフ族が長年にわたり築き上げてきた、彼らの文化と技術が息づく大きな工業都市である。
通りを行く者達はほとんどドワーフ以外の種族で、大半が異なる種族の者だ。
彼らの高い技術力と精密さは、町のあらゆる角に息づいていた。
都市の中央には大きな構造物がそびえ立っている。その名も「石刻の神殿」。
ドワーフ族にとって、石を彫り、建築物を築くことは彼らの誇りであり、その象徴であるこの神殿は職人たちが大昔に一丸となって作り上げたもので、今では大きなショッピングモールと化している。
そこには数多の武具が取り揃えてあり、人界の技術が取り入れられた最新の武器等も販売されていた。
しかしこの平和な都市に、突如としてテロが襲った。
その舞台となったのは、まさにその石刻の神殿だった。
ヴォールたちが現場に向かったときにはすでにテロの襲撃で、美しい彫刻が欠け、神殿の一部が破壊されていた。
ドワーフ族の誇りである神殿が傷つけられたことは、彼らにとって大きな衝撃であり、悲しみであった。
神殿の前には防衛線が張られている。
テロ集団は神殿内で売られていた武器であろうか、あらゆる武器で応戦し周囲にいるドワーフ族を圧倒していた。
その状況に顔色一つ変えず、ヴォールは冷静に分析を始めた。
「なるほど…。」ヴォールはカナメリアに神殿外部の制圧指示を出す。
彼の分析では最新鋭の武器が目的ではなく、神殿内にある何かを探しているというのだ。
カナメリアはヴォールに元気よく応答すると、防衛線の張られている神殿へゆっくり歩いていく。
神殿を死守しているテロ集団の一人がカナメリアに気づき、武器を構え彼女に近づくなと伝える。
すると彼女は「私はカナメリア=リハリステ、異界諮問官である!貴殿らの愚行、次期”戦神”となる私が止めて見せようぞ!」地響きかと疑うような声量で彼女がテロ集団に向かって声を張る。
カナメリアは幼少の頃より、戦神という存在にあこがれており、強く孤高の存在であるべく研鑽を積んできた。
そしていつしか自分は戦神と呼ばれるに足る存在になろうと決意し、多くの人々の悲しみを払拭すべく、
異界諮問官として働いているのである。
カナメリアに近づくなと警告したテロ集団の一人は彼女の声量に圧倒され、立ったまま気絶していた。
すると周りにいたテロ集団がそれに気づき、彼女を囲う。
動くなと彼女は言われるが、聞いていないのか、聞く気がないのか笑顔で腰に身に着けている斧を手に持つ。
テロ集団は先ほどの声量もあってか気圧されおり、カナメリアに攻撃を下すのを躊躇していた。
彼女の腰についていた斧は小ぶりで一般的に片手斧と呼ばれる程度のサイズしかなかった。
「さあ、来たまえ!」またも大きな声で周囲に呼び掛けるカナメリア。
しびれを切らした一人がカナメリアに襲いかかる。
するとカナメリアは斧を持つ腕を横に開いた。
とたんに、ガシッガシッっと音がして斧がみるみる内に大きくなっていく。
襲いかかった一人の目の前は一瞬の隙に暗闇が広まった。
とたんに強い衝撃が加わり、わけもわからぬうちに気が付けば背中に激痛がはしった。
カナメリアは大きな斧を片手で軽々しくふり、襲い掛かってきた一人を神殿まで突き飛ばしていたのだ。
彼女を囲っていたテロ集団は一瞬何が起こっているのか理解できず、飛ばされた仲間の方へ視線を向けていた。
すると一人、また一人とテロ集団が神殿に吹き飛ばされていく、
気が付けばテロ集団は皆神殿側に吹き飛ばされ、ちょっとした現代アートのように積み重なっていた。
「これで堂々と中に入れるな!」とカナメリア歩みを進めるとヴォールが後ろから一言った。
「カナ、その神殿とても貴重な建造物なんだ。」
カナメリアの動きが止まり、カッカッカッっと首が錆びたかのようにぎこちなくヴォールの方へ向くと、
「も、問題ない、ドワーフ族は優秀だからな!」とヴォールに威勢を張ってみせたが、
彼女の表情は凍り付き、体中から汗が滴っていた。
動かなくなったカナメリアをしり目にヴォールは神殿入り口から中の様子をうかがう。
どうやらヴォールの予想通り中では何かを捜索しているようで、中央付近には支持を出している者がいた。
幸い取り残された人はいないようで、数多の商店には武具だけが残されていた。
ヴォールが状況を観察していると、背後から大きな声がした。
「私はカナメリア=リハリステ、異界諮問官である!貴殿らの愚行、次期”戦神”となる私が止めて見せようぞ!」
カナメリアの声だった。
ヴォールがあきれているとテロ集団が彼女の声に気づき、集団で襲ってくる。
カナメリアは応戦の構えを見せ神殿内部に飛びこむ。
先ほど同様カナメリアは襲ってくるテロ集団を一人一人丁寧に神殿の壁に突き飛ばしていく。
そして彼女が気持ちが昂ると彼女の体から火の粉が飛び散り、次第に体が燃え上がっていった。
ヴォールはあきれた様子で彼女の状況をただ眺めているばかりだった。
気分が最骨頂に達したカナメリアは両手で斧を持ち、腕を天井たかく振り上げた。
このままでは神殿が壊れると思ったヴォールは咄嗟にカナメリアを止めにかかる。
しかしヴォールが止めにかかる間もなくカナメリアが一瞬のうちに神殿外へ吹き飛ばされたのだ。
「火遊びはいけねぇよ、嬢ちゃん。」
ヴォールが声の方向を見ると、そこには大柄のイ人が立っていた。
カナメリアを吹き飛ばした男はどうやら獣人族で相当な怪力の持ち主のようだった。
次回、イ人との戦い