【第7話】−幼子−
古上を父親だという謎の幼女。
彼女は一体…。
古上とガレスは唖然とした表情で幼女の顔を見つめた。
「ぱぴー!?」思わず二人同時に叫んだ。だがその後の対応は二人とも違うようだ。
古上は頭の整理が追いつかず、口をあんぐりと開けたままただ茫然と立ち尽くすばかりだったが、ガレスは腹を抱えて笑っている。
古上とは幼女では似ても似つかない髪の色も、目の色も違うのだ。
ガレスはしばらく腹を抱えて笑った後、我に返り古上が抱えている重傷者の手当てを古上に促す。
彼女を床におろし、処置を施そうと試みたがすでに息も絶え絶えで最早施しようがないようだった。
古上とガレスは諦め、やるせない表情を浮かべていると、先ほどの幼女が
「お怪我してるの?マユが診るよ!」と古上に尋ねながら重傷者のもとに歩み寄ってきた。
幼女はどうやら”マユ”というらしい。
古上はマユではどうすることもできないだろうと諭す。
しかしガレスはそうは思っていなかった。
彼女はこの環境下にいたのにもかかわらず、体に傷一つない彼女には何かあるのではないかと内心思っていた。
マユが重傷者の体に手を当てるとマユの周囲に光が宿った。
するとその光はマユの手に集まり、そのまま重傷者に流れこんでいったのだ。
「おいおいこれは…。」古上が呟く。
たちまち重傷者の体にあった傷がいえていく光景は異能以外の何物でもないようだった。
「やっぱりか。」ガレスがその光景を見て言う。
現在まで人間には異能は確認されておらず族界の者だけが持つという常識を、この幼女はそれを覆したかのようであった。
ほどなくし重傷者の傷は癒え、穏やかな眠りについていた。
「もーだいじょうぶ!」マユがそういうと、古上をじっと見つめる。
古上はあっけにとられた様子でマユを見返す。
「ぱぴー、何か言うことない?」どや顔で古上に言う。
はっとした古上はすまなかったとマユに謝罪した。
よしよしとマユが古上の頭をなでる姿にまたもガレスが勢いよく吹き出しまた笑い出した。
しばらくして救助隊が現場に到着すると、囚われていた人たちは順次保護されていった。
しかし残すはマユだけとなり、救助隊員がマユを救護車に案内しようとするが、
マユがだだをこねて古上から離れない。
古上がマユをじっとみつめて自分が父親ではないこと、帰る家があるだろうということをマユに伝える。
しかしマユは首を勢いよく左右に振り回し乗らない姿勢を見せる。
「マユのぱぴーは、ぱぴーしかいないし、帰るおうちは、ぱぴーのおうちしかないよ!」うるうるとした表情で古上にそう伝えるが、
それでも古上は改めて丁寧に説明しようとする。
見かねたガレスが古上にこの惨状で記憶が混濁しているのではないか、また身なりからして戦争孤児ではないのかと伝える。
停戦後数十年とたってはいるが戦争による両世界の消耗と進化は著しく、時代に取り残された家庭では子供を売って金にする親もいるという。
マユは見た目こそ傷一つないきれいな状態ではあるが、髪は伸びきっており、服はボロボロで布切れ同然のようだった。
誘拐や奴隷を度々見てきた彼らにとってそれはマユが孤児であることを説明するのには足る理由だっだのだ。
古上は折れたようで、マユに一緒に帰るか尋ねると、
彼女はニコニコと明るい表情を浮かべ首を何度も上下に振った。
救護隊員にも事情を説明しマユは異界諮問局で一時預かることとなった。
ほどなくして彼らと別れた古上とマユは、古上の住まいへと向かった。
古上の住まいにつくと、マユはあたかも自宅かのようにそそくさと部屋に上がろうとした。
すると古上がマユの頭をつかみこっちだと伝える。
古上もマユも服はボロボロ、古上に至っては体が鉄臭かったのでひとまずシャワーを浴びることにした。
暖かい湯が体を撫でるように汚れを洗い流し、身も心もスッキリした二人は新しい服に着替えた。
マユの服は救護隊員から支給された簡素なものだが、男一人の自宅に女児向けの服があるわけもなく、ひとまずはそれを着せることにした。
今日は散々な一日だ、そう思いリビングのソファーに座って煙草に火をつけようとすると、マユが細い目で古上の事を見つめる。
「それ臭い…。」どうやら煙草が嫌いらしい。
古上はため息をついて煙草を吸うのをやめ、キッチンに向かうと、クローゼットにあったウィスキーを取り出し、
とぼとぼとグラスに注いだ。
「おまえさん、水でも飲むかい?」古上がマユに問いかけると、彼女からの返答がない。
ウィスキーを注ぎ終えた古上がリビングへ戻ると、ソファーの上ではマユが寝ていた。
彼女も疲れたのだろう、そう思って自身の部屋から布団をとりだし、そっとマユに被せた。
古上も注いだ酒を飲み終えるとすぐさま自室のベッドで寝ることにした。
深夜、古上は息苦しさにうなされていた。
あまりの息苦しさに目覚めると、マユが古上の上に乗って寝ていたのである。
咄嗟に、彼女を起こそうとしたが彼女の目尻には涙がたまっていた。
「ぱぴー、どこにもいかないで…。」そう寝言をつぶやくマユを無理に起こそうとは思えず、ゆっくり彼女を自身の横に下ろし、
改めて寝ることにしたのだ。
早朝、古上は頭にコツコツと何かが当たる衝撃を覚えた。
あまりにもしつこくコツコツ当たるので目を開けると
マユが半べそを書きながら古上に「ぱぴー!ト゛イ゛レ゛と゛こ゛!」と叫んだ。
古上は飛び起き急いでマユをトイレに連れてった、何とか間に合いトイレから出てくると今度は
「ぱぴー!お腹減った!ごはん!」とマユが古上に言う。
これまた古上は驚いた様子でキッチンに向かったが、
彼は普段自宅で食事をとることはなく、キッチンには酒のアテで買ってあるチーズと賞味期限ギリギリのパンしかなかったが、仕方なくその2つを出すことにした。
するとマユはさぞお腹がすいていた様子で、そんな朝食でもおいしそうにパクパクと口に頬張った。
昨晩涙を浮かべていたとは思えないほど元気あふれる行動に、古上はあっけにとられるばかりだった。
食事を終え、ひと段落した後古上はマユを連れて出勤することにした。
昨日みせた彼女の能力について調査が必要だからだ。
玄関をでて、最寄りの駅まで二人で向かう姿は、まるで本当の家族のようであった。
異界諮問局についた二人はさっそく昨日の経緯を報告しにシエラスのもとへ向かおうとしたが、
そこにはガレスがおり、すでにシエラスと何か話してるようだった・
シエラスが古上に気づくと、口をにやけさせながら「おはよう、ぱぴー?」といった。
するとガレスは吹き出し、大声を上げて笑った。シエラスも同調し、クスクスと笑う。
その状況に古上はフツフツと腸が煮えくり返りそうになったが、その様子を見ていたマユが
「どうしてそんなに笑うの?ぱぴーはぱぴーだよ?何が違うの?」と古上を馬鹿にした二人を真剣なまなざしで見つめた。
先ほどまで笑っていた二人はスっと笑うのをやめ、マユに謝罪した。
しかしマユは納得がいっておらず、自分ではなく、古上に謝るべきだと訂正を求めた。
これに対してもシエラスとガレスは何も言い返せず、渋々古上に頭を下げる。
一瞬の沈黙の後、ガレスが昨日の状況について口を開く。
そして古上が連れてきた幼女、マユが異能を使ったことをシエラスが聞くと、
彼女は近くにあったハサミでガレスの腕を切った。
ガレスがシエラスに猛抗議するも、彼女はそれを無視し、続けてマユに治せるか尋ねる。
マユはコクっと首を縦に振り、ガレスのもとへ行き、傷口の上に手を置いた。
するとマユの周囲が光に覆われるとその光が腕に集約し、光がそのままガレスの傷口へ流れこむ。
あれよあれよという間にガレスの傷口がふさがり治癒されるとシエラスはその事実を確認し、
マユに何物なのか尋ねる。
するとマユは古上に、古上自身が何者か尋ねる。
古上は何を言ってるかわからない様子だったが、自分は人間だと伝えると、
それを聞いたマユは人間だとシエラスに言う。
その回答にガレスはあきれている様子だったが、
シエラスは「そうか」と一言言うと、それ以上は何も尋ねなかった。
「ところで…。」とシエラスが口を開いた。
シエラスはマユの服装について古上に尋ねた。
古上は救助の際にもらったもので自宅に服はないと伝えると古上の顔面めがけてクレジットカードが飛んできた。
「それで服を買ってやれ。今日からお前がその子の父親代わりだ。」シエラスはそう言い、古上に新たな指令を下した。
古上は茫然と立ち尽くしていたが、マユはペコっとシエラスに頭を下げてお礼をするとシエラスは少し照れながらも、
早く買い物に出かけるよう手で払った。
古上たちが買い物に出かけたあと、
シエラスは事件の裏で糸を引いていた依頼主についてガレスに調査を任せることとなった。
ガレスはしばらくの間帰れそうにないと悟ると、深いため息をついた。
父親代わりを任された古上、
はたして彼に父親が務まるのだろうか…。