【第6話】−粛清−
アジトへとへと向かう二人、そこで待っていたものとは…。
闇夜に佇む、ただ一軒だけ灯された光が差し込む巨大な建物。
その建物こそが彼らが目指すアジトだった。
目の前に広がるアジトは一階建てだが、その規模は想定よりも大規模だった。
任務開始。まず最初にガレスが動いた。
彼の目には周囲に配置された見張りの看守たちが見えていた。
しかし、彼らには気配を完全に消したガスの存在がまったく感知できなかった。
一瞬のうちにガスは看守を一人ずつ無力化していった。
周囲の無力化が完了し、建物を見渡すとダクトがあった。
ダクトを使って二人はアジト内部へと進む。ダクトの中は狭く、暗く、息苦しい空気が漂っていた。
しかし、そこを進むことで辿り着いたのは、アジトの中心部、一大広間だった。
広間の中央には大きな檻が鎮座しており、その中には多くの囚われた多種族が悲痛な表情を浮かべていた。
彼らの姿を見て、古上は怒りが込み上げてきた。「なんてことを...」とつぶやきながら、一歩広間に踏み込もうとした。
しかし、ガレスが彼の腕を掴んだ。
「俺に任せろ。今のあんたに暴れられて被害が出たら元も子もないだろ。」ガスの冷静な言葉に古上は一瞬、身じろぎした。
その後、唇を噛みしめながらアジトの更に奥へと進んでいった。
一人になったガレスは天井から広間に降り、見張りの看守を一人ずつ無力化していった。
しかし、最後の一人を無力化しようとした瞬間、その攻撃は防がれた。
「どうやら害虫が入ってきたらしい」と彼はつぶやいた。その目は微動だにしない。
虫人族はその眼光で、ガレスが行った背後からの攻撃を完全に見抜いていた。
戦闘の火蓋が切られた。ガレスは暗殺術を試みる。
彼の手先から放たれる無数の刃が、虫人族へと襲い掛かる。
しかし、虫人族の視界はとても広く反射神経が良いのだ、飛んでくる無数の刃をいとも簡単にかわした。
「面倒だなヤツだな…」とガレスが呟くと、虫人族は軽く笑い、反撃の為準備を始めた。
虫人族の腕が一瞬にして巨大な鎌へと変化した。
その魔法のような変身は、彼が異能の持ち主であることを示していた。
一瞬、空気が張り詰め、それから虫人族は鋭くガレスに襲い掛かる。
「どんどんいくぞ!」と虫人族が一言放つと、その攻撃は大きさに見合わぬ速さでガレスに降りかかり、彼を追い詰めていく。
攻撃の猛威に追い詰められるも、ガレスは一瞬の隙を見つけ、距離を取った。
そして、「仕方ないか」と彼は呟くと体が黒く染まっていった。彼も異能を有していたのだ。
再び戦闘態勢に入るガレス。
その攻撃も虫人族の特性の前には通用しなかった。
先ほどよりも素早く攻撃を放つガレスだが、虫人族はまたもやそれを見切る。
「なんだ、変わったのは色だけか?!」と虫人族が笑いながら叫び、その鎌でガレスの首元を狙ってきた。
しかしその瞬間、驚くべきことが起こった。
パキンという小さな音と共に、鎌が折れ、地面に落ちた。
ガレスは異能により、皮膚が鋼鉄のように硬化していた。
虫人族の鎌はガレスの皮膚を貫通することが出来ず、刃のない鎌はもはや武器としての機能を失っていた。
「は?」虫人族が驚きの表情を浮かべる間もなく、ガレスは反撃に移った。
「どこを見ている」とガレスが言うと、その言葉と共に、手に持っていた刃が虫人族の首元を狙って飛んでいった。
一瞬、時間が止まったかのような静寂。
そして次の瞬間、虫人族の首は地面に転がっていた。
ガレスは一瞬、虫人族の遺体を見つめた後、悔しげにつぶやいた。
「異能で勝つなんて、まだまだ未熟だな…」その声は、彼自身への戒めのようでもあった。
戦闘が終わった後の静寂が広間を満たす。
ガレスは深く息を吸い込みながら、身を引き締める。
目の前には囚われた無数の異種族が目覚めの兆しを見せていた。
彼は緊張感を抑えつつ、囚われた人々を一人ずつ解放していった。
その中に一人の幼女がいるのに気付いた。彼女の見た目は人族、つまり人間だ。
彼女の存在は異種族が混ざるなかで一際異彩を放っていた。
何よりも異様に感じたのは、彼女の周りだけが驚くほど清潔だったことだ。
服はぼろぼろだったが、彼女自体には一切の傷や汚れが見られなかった。
「おいおい、なんだこりゃ…」ガレスがつぶやいた。
その言葉は純粋な驚きから来るものだった。
彼女がこれほどまでに綺麗である理由を、彼は理解できなかった。
ガレスは通信機を取り出し、局に保護の依頼を入れた。
「囚われてた娘たちを解放した。人間もいるみたいだ。すぐに回収に来てくれ。」
彼の声はひどく落ち着きがなかった。
局からの応答があり、保護の依頼が受託された。
通信が終わり、ガレスは一息つき、「あっちはどうなってるかな。」と独り言を漏らした。
彼の視線はアジトの奥、古上が進んだ方向へと向けられていた。
「大丈夫だろうか、コム…」と心配そうにつぶやきながら、ガレスは解放した娘たちを見回した。
まだ局の者が到着するまでは、彼がこの場を離れるわけにはいかなかった。
暗闇のダクトを進み続けると、古上の目に映ったのは、薄暗い広大な空間だった。
部屋の奥には何人かの人々がいたが、目を奪われたのは、中央に鎖につながれた少女だった。
彼女の身体は瀕死の状態にあり、恐怖に満ちた表情が未だに顔に刻まれていた。
その光景に、古上は猛烈な怒りで破裂しそうだった。
彼の目は紅く燃え上がり、彼の手は握りしめた拳に力を込めた
古上が無言でダクトのフタを力強く開ける。それはまるで彼の怒りが形になったかのようだった。
その瞬間、部屋中が彼の存在に気付き、沈黙が広がったその衝撃に部屋の者達は驚きの表情を浮かべる。しかし、その隙をついて、古上はワイヤーを振り回し、「殺す。」と声をつぶやき、無抵抗の者たちを切り裂いた。
続けて座っていた男へもワイヤーを繰り出すが、一瞬のうちに古上のワイヤーをはじき返した。その体は灰色でゴツゴツとした肌を持つ、岩人族だった。
岩人族は人によって固さが違うが、彼の体は古上の持つ特殊合金製のワイヤーよりも固く、彼を切り裂くことは不可能だった。
「俺ぁグランドゥ。」岩人族が威厳ある声で名乗る。
「俺は異界諮問官だ。お前を粛清しに来た。」と即座にグランドゥの背後に回り、体中にワイヤーを巻き付けた。
そのままグランドゥの体をねじ切るつもりで目一杯力を込めたが、グランドゥの固さには歯が立たず、ワイヤーが切れてしまった。
グランドゥは「芸がねぇんだよ」と言い放つと古上の腹部にその剛腕を勢いよくぶつけ、古上を壁にめり込ませた。
「人族ってのは本当に弱いんだな。」とグランドゥは嘲笑った。
そして、グランドゥは瀕死の少女の方へと進んだ。
「いい女を好きにできるから仕事を請けたのに、もうバレちまったか」
その足がゆっくりと少女の頭に近づいていく。
その瞬間、石がグランドゥの頭に直撃した。
投げられた石の方向には壁にもたれていた古上が立ち上がっていた。
グランドゥしぶとい奴だと思いながらも足を戻し、古上の方へ向かった。
二人の間には激しい殴り合いが始まった。
グランドゥの巨体から繰り出される一撃は気を抜けば古上を容易く壁に吹き飛ばすほどだった。
何度も何度も殴られるコム、どんどんと壁に近づいていく。
突如、古上が一撃を片手で受け止める。
そのまま「誰が弱いって?」とつぶやき、グランドゥを背負い投げた。
その巨大な体を軽々と持ち上げ、床に叩きつける。
ダメージは少なかったが、その姿にグランドゥは驚きを隠せなかった。
「矮小な人族風情が舐めたことを!!」と怒鳴りながら立つと、グランドゥの体はさらに大きく、ゴツゴツとした姿に変化した。
それに対し、古上は静かに「こい」と一言。
それに応じるかのように、グランドゥは勢いよく古上に殴りかかった。
古上も防御の構えを取るが、その力強い一撃には敵わず、再び壁に吹き飛ばされる。
そしてそのまま古上を何度も何度も殴打し壁に人型のアートを作るかのようだった。
「弱小種族が調子に乗りやがって。」とグランドゥが嘲笑い振り向くと、反対側にいたはずの古上が突如目の前に現れた。
驚いたグランドゥに対し、古上は瞬く間に相手の腹部へ拳を入れた。
それは通常の人間ならば岩人族には聞くはずがない。しかし古上の拳はあらゆる鉱物よりも硬いグランドゥの腹部を突き破る。
それはまるで石が鋼鉄を打ち砕くような衝撃だった
刹那、衝撃波とともにグランドゥが吹き飛ばされ、
巨大が後ろの壁にまで吹き飛ばされた。
しかし止まることはなく、壁は衝撃に耐えきれず、何枚も砕け散った。
「なんだと…」グランドゥは、自身の体が岩壁を何枚も突き破る光景に、驚愕の表情を浮かべたが腹部に開いた穴が致命傷となりその驚きはすぐに絶望へと変わった。
「まーたやっちゃったか」と青年のような声がした。ガスだった。
古上はその人間離れした力で壁を何枚も突き破り、ガレスのいる部屋までグランドゥを吹き飛ばしていたようだ。
古上は煙の中から瀕死の少女を抱えゆっくりと姿を現した。
服はボロボロだったが、少しすっきりした表情を浮かべていた。
すかさずガレスが近寄りこの惨事にほれみたことかと叱る。
「大丈夫だ、もう誰もお前を傷つけない。」古上の声はやわらかく、少女に安心を与えるようだった。
ガレスの話は全く聞いてない様子であった。
ふと足元を見ると少女がいた。
囚われていたというのに傷一つない、綺麗な幼女だった。
少女は古上をみてこう言った。
「ぱぴー!」
父親…?