【第5話】−族界−
異端諮問局のオフィスに一本の電話
誘拐らしい。だがそれは非常に珍しい誘拐だった。
いつの世も人々は己の欲におぼれる。
それは人界に限ることではなく、族界でも起こりうる。
ある日、異界諮問局のオフィスに一本の電話が入る。
通話終了後、古上がデスクに戻ると、彼のデスクトップパッドが微かな振動を送っていた。
古上はそのパッドを手に取り、新たに着信したメッセージの内容を確認した。
「エルフが誘拐された…?」と、古上はつぶやいた。
誘拐事件は異界でも珍しいことではないが、今回は特別だ。
被害者はエルフ族で、族界の中でも特に美しく、神秘的な存在とされている種族だ。
そのエルフが誘拐されたという報告は、彼にとって衝撃的なニュースだった。
彼は急いで行動を開始する。
手にはワイヤーが握られており、急ぎ足でゲートへと向かった。
ゲートによって行ける場所は様々だ。今回の誘拐事件のために古上が向かったのは、エルフが住む森のゲートだった。
ゲートを抜けると目の前に広がったのは、エメラルド色の森と清らかな川。
しかし、その美しい自然の中には近未来的な要素が散りばめられており、自然と技術が共存するこの族界の風景にはいつ見ても心を奪われる。
森の中には透明なエレベーターや浮遊する表示板が配置されており、森の美しさを損なうことなく人間の技術が確かに組み込まれていた。
エルフの誘拐の報せが族界にも伝わり、エルフ族の住人たちは一部混乱していた。
この突然の出来事に驚く彼らの間を古上は通り抜け、すぐさま調査に取り掛かった。
彼の目的地はパートナーであるガレス=ウィザー、通称"ガス"の待つ場所だった。
ガレスは蛇人族で、青白い肌と古上とほぼ同じ身長が特徴だが、体は細身で軽やかだ。
人間に似た顔立ちをしているものの、瞳は蛇のように縦長で黒く深い。
話すたびに長い舌が口から出入りし、その姿は蛇人族特有のものだった。
彼との待ち合わせ地点は森の中心部、大きな水源がある場所だった。
コムがその場所に到着すると、「エルフが誘拐されたらしいな…」と、青年のような声が聞こえた。
パートナーのガレスだ。続けて彼は言った。「人間の犯罪か、それともイ人の犯罪か。」
「まだわからない。でも、彼女が連れ去られたのは人間の土地だ。」古上が答えると、ガレスは驚いた表情を見せながらも、思考に没頭し始めた。
その瞳がゆっくりと回転する様子から、この事件が単なる誘拐事件ではないかもしれないと、彼は深く感じていた。
情報を元に二人は、エルフが誘拐された人間の土地へと向かった。その地は暗い地下通路で、そこには鉄格子の檻が並び、さまざまな種族のイ人たちが閉じ込められていた。
その光景を見た古上は「畜生共が…」とつぶやくと、ガスも同意するように頷いた。
地下通路を探索していくと、古上の目が床に残された血の痕跡に留まった。
「これは…」と彼は低くつぶやき、その場所を近くで見つめた。
血の痕跡は明らかに新しく、どうやら被害者たちは力ずくで連れ去られていたようだ。
ガレスはふと、人族がイ人を力ずくで制御できるのか、という疑問を覚えた。
さらに先へ進むと、檻の前には誘拐犯たちの見張りが立っていた。
彼らは、周囲を覆う闇から鋭い視線を発していた。
しかしながらガレスの予想とは違い、看守をしているのは人間だった。
「看守たちだ…」とガレスが静かにつぶやくと、古上も深く頷いた。彼らはこの緊迫した状況の中でも、冷静さを保ちつつ行動を開始した。
「ちょっとお先に」そうガレスが古上に告げ、一瞬のうちに看守の背後に姿を移していた。
看守が気づく間もなく、ガレスは手に持った武器で彼の首に痛烈な一撃を加え、彼を一瞬で気絶させた。
ガスは暗殺術を得意とし、その武器は黒い暗器だった。彼は次々と檻の前に立つ看守を一人ずつ無力化させていった。
看守を無力化した後、ガレスと古上は囚われていた者たちの保護を本部に要請した。本部からすぐさま応援が要請され、捕らわれていた者たちは一人ずつ解放されていった。エルフ族もその中に含まれており、情報通り誘拐されていたことが確認された。
「人間って奴は、いつまで経っても愚かなんだな…」古上は囚われていた者たちを見てつぶやいた。
大半が女性で、美しい顔立ちをしていた。
彼らはこれらの美しい女性たちが一体どういう目的で誘拐されたのか、不快な察しを立てざるを得なかった。
看守の持っていた物から、誘拐犯のアジトの位置情報を得た。
「よし、これでアジトの場所が分かった。すぐに向かうか?」ガレスが尋ねると、古上は食い気味に「どこだ?」と返した。
彼は強く拳を強く握り今にも怒りを爆発させそうな勢いだった。
ガレスは少し呆れながらも、彼らは共にアジトへと向かうことにした。