【第3話】−教団−
異界諮問局前に一人の少女が立つ。
彼女はどうやら急ぎ依頼を持ってきたようだ。
宗教、それは神または何らかのすぐれて尊く神聖なものに関する信仰である。
それは人界だけでなく、族界も同様である。
ある日異界諮問局の前にイ人の女性が立っていた。
外はまだ薄暗いというのにイ人の彼女はただひたすらに局の前で立っていたのだ。
「早く何とかしないと…。」彼女は何かに焦っており、まだかまだかと局員が来るのを待っている。
すると背後から声がした。
「こんな朝早くから何をしている。」声をかけてきたのはエルフの女性だった。冷酷な目付きでこちらを睨む姿に背筋が震えたが、
勇気を振り絞り「わ、私はラヴィです…。お願いです。助けてください!」と言い返した。
しかしエルフは表情は何も変わらずそのまま彼女をみつめていた。
一瞬の沈黙の後、彼女はついてくるようラヴィに合図し局につれていった。
オフィスに入るとエルフの女性は紅茶を二人分作り、ラヴィに1つ渡した。
「私はここの局長、シエラスだ」エルフの女性はそう、シエラスだった。
そういって紅茶を一口飲むとシエラスはラヴィに何の話かと尋ねた。
しかしラヴィはシエラスの美しさに見惚れおり、一瞬の間があったが、はっとしてラヴィは経緯を説明した。
ラヴィの話では停戦後、戦神を柱とするとある宗教団体が目に見えて規模を拡大しているという。
それ自体は特に問題ではないのだが、最近その戦神が蘇ったという。
シエラスはその時点ではよくある宗教の手口ではないのかと思っていたが、
話を聞き進めていると、どうやらその戦神とやらが蘇り、彼女の慈悲により世界を停戦に持ち込んだという。
だがなぜか今は人界を魔界と言い換え、人界の魔王(?)を討伐せしめんとしているようだ。
「ふむ、信じられんな」シエラスが言った。当然の事だ。
あまりにも突拍子なラヴィの話には根拠がないのだ。
ラヴィはうつむき、少し考えた後、「実は…。」と涙を目に浮かべながら話を続ける。
その宗教団体はエクラス教というようで、彼女の両親はその信者だったそうだ。
どうやらラヴィは人間と精霊族との間にできたハーフとのことだが、人界が魔界と呼ばれるようになり、
人族である父は突如として魔族として扱われ、両親は捕虜・反逆者として団体の牢獄にいれられてしまったという。
両親の必至の思いで彼女だけはなんとか逃げきれたが、現在も両親のは投獄されており、
異界諮問局に助けを求めてきたのだという。
「このままじゃ、お父さんとお母さんが死んじゃう…。」そう震えた声で必死に訴えるラヴィに、シエラスはため息をつくと冷静に答えた。
「私たちは異界諮問局。人界と族界の平穏を維持する組織だ。あなたの両親はこの先の未来には必要不可欠だ」と。
シエラスの言葉に、必死にこらえていたラヴィの涙があふれる。
まだ10代の若い彼女にはあまりにも辛く、悲しいものだったのが容易にわかる。
しばらくしてラヴィが落ち着いたころ、シエラスは教団の場所について尋ねる。
ラヴィに待機を命じるが、一人になるのが相当怖かったようでどうしてもとシエラスのもとから離れようとしない。
仕方なくシエラスはラヴィを連れていくことにし、一枚の書置きを残して、現場に向かうことにした。
重厚な鉄の門が立ちはだかる、その門を抜けると強力な石造りの建築物が広がっている。
それがこの宗教団体の本部、通称「戦神の聖堂」だ。
堅固な外壁には戦神と思われる女性の戦士が描かれ、その姿は宗教の信徒たちに勇気と決断を求める象徴となっている。
聖堂の中心には巨大な銅製の戦神像が聳え立っている。その神像は剣を手にし、その周りには色とりどりのバラが飾られていた。
その厳かな表情は戦いの瞬間を刻み込んでおり、その目は常に信徒たちを見つめ、力と勇気を与えている。
周囲には色とりどりの蝋燭が立ち並び、神聖な光が神殿内を照らし出している。
蝋燭の輝きは銅製の戦神像を一層鮮やかに照らし、神の存在を一段と強く感じさせる。
祭壇の周囲には石製のベンチが設けられ、信徒たちはそこで神への信仰を新たにする。
ベンチの背後には戦の神聖さと尊厳を象徴する壁画が施されており、石と金属の硬さが聖堂全体の雰囲気を一層高めている。
建築物の後ろには訓練場が広がり、信者たちはそこで身体を鍛え上げ、神への信仰を肉体的な行動に移している。そ
の様子は遠くからでもはっきりと視認でき、訓練場からは常に力強い叫び声が響き渡っている。
これが我々の信仰の中心地、戦神の聖堂だ。
ここでは信者たちが日々、神の名のもとに力を尽くすのだ。
彼女たちは聖堂に入った。
ここは信者であるものでなくとも自由に出入りができる。
ただ、二人はフードをかぶり、目立たないようにしていた。
特にラヴィは追われている身の為、フードを深くかぶり誰とも目を合わせないようにしていた。
聖堂を進むと、中央広間には人だかりができており、どうやらこれから何かを始めるようで信者たちが集まってきたようだ。
しばらくすると教祖が奥の階段から出てきて演説を始めた。
「やぁ諸君。今日は実に良い日だ。幸運だ。今日、わたしたちは戦神様の御業を見ることが出来るのだ。」
教祖はそういうと近くの配下に何かを連れてくるよう、合図した。
そこに現れたのは何名かの人間と一人のイ人だった。
ラヴィの体が震えている。
そこには彼女の見覚えのある二人がいたのだ。
シエラスはラヴィの顔を見て察し、すぐさま助けに入ろうとするが、辺りは人であふれかえっており、思うように動かない。
そうしていると奥の階段からまた一人おりてきた。
装飾の施された銀色の鎧に青白く光る剣を持ち顔は見えないが恐らくこれが戦神と崇められているのだというのは、
階段を一段、一段と降りるごとに増す重苦しい空気で察することが出来た。
「おぉ…神よ、戦神よ…よくぞおいでなされました。」教祖が跪いて崇める。
広場にいた人々はこの重苦しい空気にを体に浴びながら、畏れながらも戦神を崇めだす。
「我は戦の神なり。これより矮小な魔族、そして反逆者の粛清をせんとす。」そう戦神がいい放つと、
目の前にいた人間にむかって戦神の剣が下から上に素早くすり抜けた。
まもなく人間は二つに割れ、中からは血が噴き出し辺りに血の雨を降らした。
その光景を目にしても信者は神の御業として崇めているのだが
明らかに様子がおかしく、見ると信者たちの目は皆赤く血走っているのだ。
まだ幼いラヴィにはあまりにも残酷な瞬間であったが、それでも尚「お父さんとお母さんが…。」と必死に助けを求めている。
シエラスは動こうにも信者達が邪魔で思うように前に進めない。
一歩、一歩と進むうちに、次の人間へと剣が伸びた。
剣を人間の股下に置いたその瞬間、隣の人間が叫んだ。
「ラヴィ!逃げるんだ。俺たちのことはいいから・・・せめてお前だけでも・・・」
どうやら父親はラヴィを見つけていたらしく、泣きながら彼女にそう訴えたのだ。
咄嗟にラヴィはシエラスの上に上り、頭上から父親のもとに向かおうとする。
シエラスもなんとか信者たちを押しのけ、あと一歩のところで信者壁を抜けようとしたが
戦神は叫んだ人間を先に粛清すべく股下に剣を構えていた。
間に合わない。1秒にも満たない一瞬の時間でシエラスは必死に思考を回転させるが、彼女では間に合わない。
その時、一筋の光がちらつき、囚われの人々が一瞬にして壁際へ移動した。
シエラスはそれに気づき「遅いぞ!」と叫ぶ。
その一瞬で彼らを救ったのは古上だ。
「わるい、遅れた。」古上がそう返し後ろを振り向くと
ラヴィが泣き崩れながら古上の方へ向かってくる。
しかしラヴィの背後には戦神がおり、古上もろとも断ち切ろうと剣を腕に挙げていた。
その刹那、高い金属音が鳴り響いた。
シエラスが自身の剣で戦神の攻撃を受け止めたのだ。
シエラスが応戦の構えを見せる中、あとは任せたといった感じで古上は周りの人々を無理やり連れて安全なところに逃げた。
戦神とシエラスの戦いの火蓋が切って落とされる。
次回、戦神との戦い。