【第2話】−コノ世界−
我々のいる世界の日常、それは以前とは大きく変わってしまっていた…。
この物語には二つの世界が存在する。
それは我々人間が暮らす人間の世界"人界"と他種族で共存する世界"族界"だ。
突如として現れた謎のゲートを通じて、いわゆる族界との接触が始まったのは、今から数十年前のことだ。
最初は混乱と恐怖が広がり、互いに理解し合えずに対立し、時には戦争も行われた。
しかし、時間が経つにつれて、停戦協定が結ばれ、表面上は平穏を取り戻した。
族界の住人たちは"異種人類"、通称"イ人"と呼ばれ、様々な種族が存在する。
エルフ、獣人、蛇人族など、我々の知る枠を超えた種族が存在し、
それぞれが独自の特性を持つ。中には特性を超越した特殊能力、"異能"を持つ者も存在する。
これは族界だけの特権で、我々の世界の人間には未だ発現を確認されていない。
一方我々人間は、族界の住人から見れば脆く異能もない、醜い弱小種族とみられていることが多々ある。
しかし、その弱さを補うため、我々は知恵と技術を蓄えた。そして現在は族界との協力関係を築き上げていこうという最中なのだ。
その協力関係を築き、両世界の秩序を保つ役割を担っているのが"異界諮問局"という組織だ。
一員は"異界諮問局"と称され族界と人界の秩序を保つ役割を担っている。
彼らは、族界と人界で起きた事件やテロ、人身売買など、武力行使が必要となる犯罪を取り扱う。
また族界との接触を通じて、異界諮問局は様々な特殊な武器や技術を取り入れ、それらを活用して事件解決にあたっている。
主人公である古上悠、通称"コム"もその一員で、特殊なワイヤーを武器としている。
そのワイヤーは異世界の特殊合金で作られ、彼の巧みな操作により形を自在に変え、敵を攻撃する。
しかし、その使い手である古上は、周囲から見れば人間の見た目をした異能者に見えるのだろう。
局のある建物の外見はどこにでもあるビルで、驚くことに内装もごく普通のオフィスだ。
実は局が発足してからまだ数年しかたっておらず、
両界の政府に認められてはいるものの、なかなか資金援助がなされないのだ。
彼がデスクに向かうと、上司であるシエラス=ラ=クリヒス、通称"シエラ"がすでにそこにいた。
エルフ族のシエラは美しい外見と頭脳を兼ね備えている。しかし、その美しさとは裏腹に口はかなり悪く、
姉御肌な性格を持つ彼女は部下たちに厳しいが、それ以上に面倒見が良い。
ただ彼女の口ぶりの影響なのだろうか、政府からの印象は悪い。
「コム、朝から何をバタついてんの。」彼女が一言、皮肉混じりに言う。
古上は顔をしかめながら、「あんたが託したんだろ。」と答える。口喧嘩は日常の一部だ。
古上はシエラスが渡してきた書類の整理に追われている。
彼は本来現場へ赴くのが仕事だが、シエラスが彼を馬鹿ににするためか、
デスクワークを極端に苦手とする古上に雑務をさせている。
シエラスが古上を罵倒しているそんな会話の最中、
同僚のヴォール=グラテス、通称"ヴォル"がオフィスに入ってきた。
獣人族のヴォールは、その姿からは想像もつかないほど真面目で落ち着いた性格だ。
彼の真面目さは局の中でも特に信頼されている。
「おはよう、コム。シエラ。」彼は礼儀正しく二人に頭を下げる。
「おはよう、ヴォル。」シエラスが返す。
「今日は二人だけか…」古上がつぶやいた。
他のメンバーが出払っているのもそのはず、
異界諮問官という職業は、戦場となる現場に赴き、人界と族界の平穏を維持するのに必要な役目ではある。
がそれ故にその門は狭く、局の発足後、異界諮問官になれたものはまだ数名しかいない。
そのため、局員が不在になることは少なくない
しかしながら局員が動くことは基本的に望ましいものではない。
彼らは両界にとって極めて高い緊急性や危険性のある依頼を扱っているのだ。
先ほどまで古上を嘲笑していたシエラスの顔が一変し、仕事の話に移る。
「今日の任務は、新しく開かれたゲートの調査だ。お前たちに任せる。」
「了解。」古上とヴォールが同時に答え、それぞれのデスクに向かった。
この日もまた、異界諮問官たちは新たなゲートとその向こうの世界、そしてそこから来る可能性のある脅威に立ち向かうための準備を始める。
人界と族界をつなぐゲート。それはある日突然現れたと伝えられている。
現在は分析が進み、故意にゲートを開閉することができるようになった反面、
ゲートを悪事に利用するものが後を絶たなくなった。
そのため、ゲートの管理は極めて重要な依頼だ。
「お前たちも理解してると思うが、これは許可されていないゲートだ。放っておくとマズい。早急に対処しろ。」シエラスはその後、
支持を出すこともなくデスクに座り、紅茶をたしなんでいた。
異界諮問官にとってこれは日常茶飯事の事であり、今オフィスにいる二人は自分たちが何をすべきか理解しているからだ。
ヴォールがデスクで端末を手にゲートの発生源の特定を急ぐ。
一方古上は自身のデスクからコーヒーを一口飲み、イヤホンをつけとすぐさま外出した。
ヴォールは見た目とは裏腹にデスクワークも非常に得意としており、
5分とかからないままゲートの居場所を特定した。
「コムゲートの位置情報を特定した、現場に向かってくれ。」ヴォールが古上に伝えた。
位置情報が古上の車に表示される。
この時代も車は利用されてはいるが、タイヤが存在せず地面から低く浮上したものとなっている。
古上は急いで現場に急行する。
どちら側でもゲートが管理されていることは誰もが知っている。
許可のないゲートを暗にに開くのは決して軽い罪ではないため、リスクを承知で利用したとなると、
犯人が現場からすぐさま逃走を図る可能性が高いためである。
現場付近につくと周囲から悲鳴が聞こえる。
何かから逃げ惑う人々とは逆の方向に向かうと、向かった先には大きな広場が見えてきた。
辺りは血まみれで肉片が飛び散っている。しかしそこには誰もいない。
「なってこった…。」そうつぶやく古上の目の前に人が降ってきた。
上を見るとそこにはライオンの頭、蛇の尾もち、翼持っていて、一種のキマイラのようなものがいた。
キマイラの頭上からは叫ぶように声が聞こえる。
「我は神に見定められし審判者である!人界とは悪魔の巣窟、今こそ邪を葬り去ろうぞ!」そう言い放つ老人の姿が見える。
キマイラはそれに合わせて勢いよく咆哮し、周囲には大きな地響きが響き渡る。
咆哮を終えたキマイラは次なる標的を見つけたのか、逃げていく一人に目を付けた。
老人はキマイラに合図を送るとそれを受けキマイラが勢いよく滑空を始めた。
キマイラの口が逃げていく人に迫っていく中、「おい、待てクソ猫共。」と古上がつぶやいた。
古上は自身のワイヤーを一瞬の間にキマイラの両翼に引っ掛けた、キマイラの背後に立っていた。
すると翼はまるで最初からなかったかのようにキマイラから綺麗にはがれ、キマイラと老人はそのまま勢いよく地面にたたきつけられた。
「何やつ!?」老人がすぐさま起き上がり翼の無いキマイラを起こしにかかる。
キマイラの回復力はすさまじいようで、起き上がったころには翼が生えていた。
「俺は異界諮問官だ。お前らを粛清する。」古上は言った。その目は鋭く内に煮えたぎる烈火を宿すかのごとくだった。
彼の一声は重くキマイラたちには何かに押しつぶされるかのような威圧感を感じたが、キマイラは応戦の構えを見せ口内に炎をため込んだ。
「させねぇよ。」古上のその一言とあとキマイラたちの眼前が一瞬ちらついたかと思えば、今度はキマイラの口がスルッ、と地面に落ちた。
すると口内にためていた炎が自身に燃え移り、キマイラが暴れまわる。
老人はなんとかなだめようとするがその衝撃に耐えられず再び振り落とされてしまった。
炎にまみれたキマイラは暴れながらも脱出を試みる。
自分たちが来たゲートの方まで一直線に走っていった。
「させねぇよ。」古上はそういうと今度はゲート前が一瞬ちらついた。しかしキマイラは焦っているのかそれに気づかずゲートの方へ向かう。
そのままキマイラがゲートを潜り抜けると。ゲートの先でキマイラがぽろぽろと崩れていった。
古上のワイヤーが網目状に張られており、それを無理やり通り抜けたキマイラの体は無残にも小さな肉片の集合体へ変わり果てたのだ。
キマイラに振り落とされた老人はその光景に腰を抜かしたようで、魔王だと叫びながら腕の力だけでなんとかその場を離れようとする。
必死に逃げる老人を古上がゆっくり歩いき近づいていき、老人に追いついた古上は老人の頭を踏みつけた。
「殺るだけ殺っておいて、タダで済むと思ってんのか?」古上先ほどと変わらず烈火のごとく煮えたぎるような目つきで老人に問う。
老人はただただ自身の信じる神に懇願するしかなかった。
古上がワイヤーを手に取り老人の息の根を止めようとした瞬間、「そこまでだ、コム。」と女性の声がした。シエラスだった。
古上はシエラスの声で我に返りワイヤーをポケットにしまう。
それと同時にたばこを取り一服すると「了解、シエラ”ちゃん”」と冗談めいた口調でシエラスに言う。
途端に古上が勢いよく吹き飛ばされ、近くにあった自販機にたたきつけられた。
「お前死ぬか?あ?」とシエラスが自販機にたたきつけられた古上に向かって言う
その表情は冷徹で本当に今にも殺してしまいそうな眼付だった。
古上も口で応戦し見かねたヴォールが止めに入った。彼らにとっては”いつもの”喧嘩が始まったのだった。
死者は数十名、消して少ない人数ではない。
だが族界とのゲートがつながって数十年、異界諮問官が発足する以前よりは治安は安定したとはいえ、
悲しくもその光景は最早日常の一部として溶け込んでおり、
キマイラに乗っていた老人は竜人族で、彼の証言ではいつものように教会で祈りをささげていたところ、
突如声が聞こえ、それに従ったまでだとのことだ。
これは何かの予兆なのかもしれない…。
謎の声とはいったい…