夜欠け
何も目的もなく、行くあてもなくただ家を飛び出した。何もかも嫌だったから。生活も、学校も、バイトも、人間もみんな嫌だった。ただ、逃げたかった。
外は真っ暗だった。おそらく、深夜だろう。人の通りはなく、動物の鳴き声も聞こえない。道路にだって、車もバイクも走っていない。この世界という未完成の、不完全の地図で、僕がただ一人、描かれているようだった。
夜空に光る星の輝きが、月が、ふと、目に入った。僕が空を見上げたんじゃない。下を向いて歩いていたら、水たまりに空が写っていた。
月はなんとも、白けた顔をしていた。僕の困難なんて知りたくもない。もっと言えば、苦しんでいることすら、認識していませんよと言いたいようだった。
滲んだ目に映る星々と月は綺麗というか、淡かった。だけど、ずっと死んだように日々を過ごしているような僕と比べれば、間違いなく、目の奥には星々よりも、この月よりも光るものがあった。
長らく歩いた。何回も転んだ。僕の人生のようだった。転んで、起きて、小rんで起きて、今は転んで寝転がっている。まさしく、僕の今の人生だった。起き上がる気力も無くなってしまった。
このまま、夜に溶けてしまいたかった。ありきたりな表現だけど、この表現の通りだった。死んでしまいたいと思いながら生き延びてきた。死ぬのが怖かったから。生きるのだって、同じぐらい怖いのに。息をするのだって怖いのに。なんで、世界の人たちが平然と世の中の空気を吸えているのかが、僕はわからなかった。とてつもない猛毒を吸って、苦しくなって、死んだ方がマシだと思ってた。夜に溶ければ、痛い思いもせずにこの世界から、消えれると思った。
なのに、人間ってものはよくできてて、さっき転んで流れた血液だってもう止まってる。さっき痛かった箇所の痛みだって、もう薄れてる。人間は失敗して、笑われて、傷ついて強くなる動物だった。だけど、僕はもう傷が着くところは、もう無くなってしまった。
歩き続けると、声が聞こえた。振り返ると、人が立ってた。
僕だ。
過去の、暗い僕だ。
街灯に照らされて、暗い顔をした、僕が立っている。対面。貫かれる僕。昔の僕に、年下の僕に怯む僕。
「また逃げるのか」
続ける。
「そうやってまた逃げて、肩を抱いて震える体を恥じて、何もかかれていない未来の地図を恥じて、時計は止まって停滞を貪って、死んでないだけの状態を続けるのか?」
言葉が詰まった。言い返す言葉がなかったから。彼の、僕の言う通りだった。死に損ないの僕は返す言葉がなかった。
瞬間、少しだけ日がさした。
「震えたっていいよ。いつか、それが笑い話になればそれでいい。笑い飛ばしてやるんだ。過去に意味を持たすのは僕だから。」
不思議と、口が動いてた。恐るべきは自分とはこう言うことだったのかもしれない。
「立ち止まったり、休むことは大事だと思う。だけど、それだけじゃつまらないから、僕は少し旅に出ようと思った。人生という旅を、色々なものに触れようと思った」
太陽が徐々に登ってくる。夜明けが、決別が徐々に近づいてくる。
「それが、聞きたかった」
二人の僕は頷いた。
「君と、今日会えてよかった。」
瞬間、笑った。二人の「さよなら」が響いた。
明るい光が僕を照らした。なあ太陽。これから先、僕が悩んでも、未来が曇っても、進むべき道を照らしてくれるんだろ?
震えは武者震いに、何もなかったはずの未来の地図は鮮やかに色づいていった。止まっていたはずの時計は一秒また、一秒と時を刻み始めた。
過去の暗い僕も、今、照らされて頑張ろうと思える僕も、進み僕も全部同じ僕なんだ。過去の僕を守って、意味を持たすのは、僕なんだ。
僕は一人じゃなくて、みんなと生きているんだ。
「準備はいいかな?」
返事は返って来なかった。代わりに、太陽がまた登った。夜明けだってすぐそこだってわかった。また、優しく、背中を押された気がした。
「さあ、いこうか」
僕たちはようやく、位置についた。
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