第8話 おっさん
放課後、俺はシエルに案内されるがまま、ある場所へ向かっていた。
見覚えのない屋敷。
古臭さのない、まるで高級ホテルのように大きく立派な綺麗な美的な、要するに面向不背なそんな建物だった。
俺達はそこを待ち合わせ場所とし、ある人物を待っていた。
いや、待っていてくれるのは俺達じゃなく、その人物の方だ。
そして、今から会う予定のその人物こそが、シェリアの〝宛〟とされる能力者だ。
「それにしても、デカい屋敷だな」
外見から分かってはいたが、中に入ってみれば改めてそのスケールのデカさに圧倒された。
「えぇ、何せ彼は資産家一族の末裔。高校生の身である私達じゃ、考えもできない地位にいるのよ」
「更には、能力者ってか………」
それはなんともまぁ、恵まれたようで、恵まれてない様にも見える。
きまって能力者が皆、幸せであるとは限らないわ
課せられる枷によっては、地獄のような人生を歩み続けなければならない者もいるだろう。
……………ぁ。今のは故意で言ったわけじゃないぞ。
たまたま、不本意に、運悪くもそう言ってしまったのだ。
「さぁ、着いたわよ」
到頭というかあっさりというか、俺達はその人物がいるであろう部屋の前に、今立った。
これは言わば、『密会』のようなものなのだろう。
わざわざこんな所まで来て、ヒソヒソと情報交換のやりとりをする。
これを密会と呼ばずして何と呼ぶのだ。
そして俺はもう一つ、知りたい事があった。
一体相手はどんな人物なのだろうか?
俺が聞きたいのは、性格だとか顔面偏差値だとか体重だとか身長だとか、そんなことではない。
俺が知りたいのは、『女性か男性か』という事だけだ。
実際、正直、というか本心、やはり女性であって欲しい。
理由は言わないが、そっちの方が嬉しい。
果たして逢瀬となるか、同性密談となるか!
ここに一句。
忍び逢い 逢瀬なりうる 嬉しかな
「お邪魔します!」
思いは心の中に了い、俺は部屋の扉を開けた。
「いらっしゃい」
そこにいたのは。
「ゆっくりして行ってね……ふひひ」
キモいおっさんだった。
◇◇◇
ここに一句。
悲しきかな 妖怪退治 楽しきかな
これには、妖怪じみた汚らしいデブじじいが現れたことへの悲しさと、今からそいつを焼き払う事への楽しさが詰まっています。
「いきなり本題に入るわ。連絡した通りよ、アンタの力を貸して欲しいの!」
シエルは頭を下げてそう言った。
今思えば、たった一つの謎にここまで熱心にならなくてもいいのにとは思う。
他には謎なんていくらでもあるんだから、もっと簡単なのを解くのでもいいんじゃないだろうか?
まぁ、最後までしっかりやり遂げようとするそんな所が、こいつの良い所なんだがな。
「いいよ」
おっさんが言ったのは一言だけだった。
そんな一言。ただの一言。
そのはずなのに、何故かこの一言には、自信が満ちていて、安心感のあって、失敗が起こる気が絶対にしないという思いこみができた。
「名前………聞いてもいいかな?」
おっさんはそう言った。
間違いなく、相手は俺だろう。
「あ、早瀬川幸一です。よろしく───」
「ぼぼ僕は、長良野花………です。ふひゅっ!よろしく!」
長良は、よろしく!と言うと、俺に握手を求めて手を伸ばしてきた。
そして俺はこの時思った。
最悪だ。
この世の地獄とすら思った。
でも俺は我慢した。
我慢して我慢して我慢して我慢して、俺はおっさんの手を握った。
「……………ぁえ!?」
手に触れた瞬間、俺はビビった。
おっさんの手が、汗まみれで汚かったから。そうじゃない。
確かに、『しっとり』としてはいたんだ。
そして妙に冷たかった。
だけどあの、手のひら特有の、男特有の、ごつごつとした感じがなく、餃子の皮かと思う程に薄かったんだ。手の皮が。
握れば潰せそうな、そんな手だった。
そして確信に近づいたのはこれだった。
そう─────
「─────毛穴がない」
こんなおっさんが毛を剃っているわけがない。
案の定、足や腕は毛むくじゃらだった。
だけどそれでも、人間はたいてい毛穴が見える。
毛が生えていようが剃っていようが、毛穴は目で見えるのだ。
だけどこのおっさんにはそれが見えなかった。
いや、見えなかったというかなかった。
毛がないわけでも、剃っていたわけでもない、ぼうぼうの毛むくじゃらだったのに、だ。
それで俺は分かった。
これが偽物であると。
「作り物………ですか」
「ご名答!」
おっさんはそう答えると、作り物である肉体を脱ぎ捨てた。
無理やり頭をちぎり、その亀裂をきっかけに色々な箇所を破いていった。
そう、つまり。
さっきまでのおっさんの姿は作り物。
着用可能な、すなわち衣服のようなものだったのだ。
そうして作り物の肉体を剥ぎ、中から出てきたのは……………
「筋肉マッチョ」
そんな言葉が一番似合いそうな、胸筋やら腹筋やらを兼ね備えた大男がでてきた。
「すまないね、人を驚かせるのが好きでついついやっちゃうんだよ!」
マッチョは、悪気なさそうにそう言って笑った。
「それで長良………さん。協力してくれるのはありがたいんですが、具体的にどんな能力をお持ちで?」
俺はあえて、どうやってやるつもりで?とは聞かなかった。
理由は単純に、そんな事を聞くより能力を聞いた方が手っ取り早いからだ。
「僕の能力《記憶繋ぎ》は〝相手の記憶の一部と別の相手の記憶の一部を入れ替える事ができる〟」
そこから長良は、能力の具体的な説明を始めた。
「例えば、僕が幸一君とシエルちゃんに能力を使ったとしよう。すると君達の記憶の一部は入れ替わる。
幸一君のもつお母さんとの記憶とシエルちゃんのもつお母さんとの記憶を入れ替えれば、幸一君はお母さんの記憶を失くす。
逆にシエルちゃんもお母さんとの記憶を失くす。だけど両方とも別々のお母さんへの記憶は持っていることになるんだ。
まあ難しいね。分かりにくくてごめん!」
長々と説明してくれたが、実際分からないことはなかった。
単純に記憶を入れ替える能力と思えば、そこまで難しい能力でもなさそうだったからだ。
「シエルちゃん的には、『知恵の輪』とやらにハマった人達の『知恵の輪』に関する記憶を《記憶繋ぎ》で消したいんだよね?」
「えぇ。でも消すのは無理でしょ?」
「うん。《記憶繋ぎ》はあくまで記憶の入れ替えをするだけ。結局は入れ替わる方に記憶は行ってしまうんだ」
「それだと被害者が変わるだけなのか………」
「まぁでも安心して、これについては僕に考えがあるから」
長良は自信ありげにそう言い、拳でグッドポーズをつくった。
「じゃあそれは長良さんに任せるとして、俺達は犯人を探す必要があるな」
「えぇ、今日中に情報は集めて絞っておくわ」
「俺もやれるだけの事はしてみるよ」
そうして、俺達の『知恵の輪』会議は幕を閉じた。