第6話 知恵の輪と友達の輪
「知恵の輪って知ってるか?」
親友の沢山信木が尋ねてきたのは、誰もが知っているであろうあのパズルのことだった。
「あぁ、知ってるとも。あの、輪っかと輪っかを分断させるパズルゲームの事だよな?」
「あー………それも同じなんだけど、俺が言ってるのは別の方のやつなんだよね」
信木は手を横に振って、違う違うとアピールする。
他に知恵の輪って言っても、何かあるか?
「これは上級生の方で噂になってる話なんだけど、ある物知りな人が別の人に知識を与えた。
そしてその知識はとても有効活用できた。
それからその人は、物知りな人にもっともっと知識をもらおうとした。更に噂を聞きつけた人までもが、物知りな人に知識をもらおうとした。
そんな風にして、物知りな人にはたくさんの人が集まった。
そんな知恵を与える男に集まる人々の様子から、『知恵の輪』と呼ばれるようになったんだ」
何だそれ。
それじゃあまるで───
「宗教勧誘みたいだな」
「そう!そうなんだよ!!」
俺の意見に信木は同意した。
「一年の間でも、危ないって噂になってんだ!三年はもうほとんどがハマっちまってる!」
とんでもない影響力なんだな。
まぁ、だからどうだって話だ。
俺に関係はない。
「まぁ、気をつけとくよ」
「なんだ、関心ねぇな!まぁいいけどよ!俺も情報集めてくるわ!」
じゃあな!と言って信木は教室を出て行った。
知恵の輪の情報を収集しに行くみたいだ。
三年のようにハマらないといいが………
「相当噂になってるわね、知恵の輪」
そう横から話しかけてきたのは、如月可憐こと、シエル・ブラッドだった。
「シエ………如月か。お前も知ってたのか、知恵の輪」
「えぇ、友達から聞いたわ」
転校二日目にしてもう友達作ったのかよコイツ!
「そりゃ、フレンドリーなことだな」
「えぇ、あんたと違ってね」
「それは余計だ」
腕を組んで、座っている俺を偉そうに見下ろしながらそう言った。
「如月、お前まさかまた探偵の真似でもするつもりか?」
「真似じゃないわよ。私は探偵!名探偵シエルよ!」
「迷探偵だろお前は」
プチっ。
そんな血管がきれたかのような音がしたかと思えば、俺の首はシエルに掴まれていた。
「ちょ、待て!じょうだ……」
そして片方のシエルの腕が、拳が、俺の顔面へと向かってきていた。
じろっ。
視線がした。
幾多もの視線が俺へと、いやシエルへと向けられていた。
途端、シエルの拳は止まった。
俺の顔面の目の前で、ギリギリで止まった。
「い、いやー!喧嘩ごっこ楽しー!アンタも楽しかったでしょ?」
そして慌てながらそう言うシエルの姿が、そこにはあった。
「あ、あぁ!確かに楽しかった!ごっこだもんな、ごっこ!」
俺はそう同調しておいた。
感謝しろよこの野郎。
それを聞いた周りの人達は、なぁんだ………といった様子でさっと自分の席に戻って行った。
「……………チッ!」
今度は小さく、俺にしか聞こえないような声量でシエルはそう言った。
「危なかったなお前」
「ホントよ、危うく私の完璧な立場がなくなるところだったわ」
一体、友達の前ではどんな態度でいるのだろうか?
少し興味もあり、怖さもある。
女って怖ぇぇぇぇぇ……………
◇◇◇
昼休憩になった俺は、教室で静かにご飯を食べていた。
本当はいつもの様に、屋上で孤高にご飯を食べる予定だったが、友達の信木から、一緒に教室で食おうぜ!とお誘いをもらい、教室で食うことにしたのだ。
しかし信木の奴は結局、他のカースト上位グループに誘われ、いや無理矢理引っ張られて違う所でご飯を食べていた。
だから俺は、教室に来ても結局一人でご飯を食べているのだ。
いや、別に寂しくはない。
元々一人だからな。
一人といえど、孤独ではない。俺の場合は孤高だ。
あんなボッチどもとは違う。
そうだ、今もこうやって周りには孤独な奴ばかり………
俺はそう思い、周りを見渡した。
周りいるのは必ず、二〜三人以上のグループばかりだった。
いや、そんなグループしか居なかった。
そんな光景を見て、俺は正直に言って、悔しかった。悲しかった。
ただそんなのはよくあることだ。
そして昼休憩が終わり、戻ってくる信木は俺によく謝る。
そんな信木に決まって俺はこう言うのだ。
大丈夫。別に気にしてないから。
悔しい、悲しい。そんな感情を押し殺して、俺はいつもそう言う。
そしていつも考える。
どうすれば友達ができるのか?
どうすればもっと正直になれるのか?
その答えはもう出ていた。
何せ、悪いのは信木でも、信木を誘ったカースト上位野郎共でも、教室内で食っちゃべるグループ共でもない。
原因は俺なのだから。
それを分かった上で、俺は何もしない。何もしたくない。何もできない。正直になろうとしない。これが結論だ。
誰かに言われなきゃ何もしない。いや、できない。
それが俺。
だからシエルが、俺に協力してくれと、俺を誘ってくれた事が結構嬉しかったんだ。
だけどやっぱり、シエルも同じだった。
結局は、その知恵の輪の推理にも、俺を誘うことはなかったのだから。
こんなのは、慣れっこだ。
別に辛くない。
そんな考えで、俺はまた、心を閉ざす。
正直になろうとせずに。また、一人で居る。
嫌なら出ればいい教室に滞在し続けるのも、きっと内心どこかで、誰かが誘ってくれるのを待っているのだと思う。
そんな俺が本当に申し訳なくて、本当に本当に………
「……………キモチワルイ」
泣き出してしまいそうだった。
きっと今までも泣きそうだった。
だけど今回は、シエルの事もあって少し期待していたんだ。
そしてそれが裏切られたからこそ、いつも以上に、泣きたくなってしまうんだ。
裏切られた事への悔しさ、悲しさ、そしてそれでも尚、内心希望を抱いている自分へのキモチワルサから。
そうして、俺はそうやって毎日、親が作ったわけでもない弁当をひたすらに食べるのだった。
孤独に一人で………
「美味そうね!もしかして手作りかしら?」
「……………ぇ?」
弁当を食べる俺の真横に人がいた。
それは出会ったばかりの、出会ってまだ二日も経っていない女だった。
俺が内心抱いていた希望。
それがこいつ、シエル・ブラッドだ。
「食ったら行くわよ、『知恵の輪』退治!!」
そう俺に誘いかけてくれたのも、他ならないシエル・ブラッドだった。
今思えば彼女は、今まで出会った事のなかった、俺の本当の、唯一の、最初の、希望の光だったんだと、そう思う。