第4話 歯止めの効かない二人(+変態)
「で、さっきのは何なんだよ?」
俺の問いに、如月………いや、シエルはこう答えた。
「私の能力《探偵》が有するものは、〝身体能力の大幅な強化〟よ」
「あのジャンプ力とパンチはそういうことか………」
まぁ、単にこいつが元々ゴリラじみていただけかもしれないが………
「でも、発動には条件があるんだろ?」
「えぇ……」
気だるそうにシエルはそう言った。
それは俺に説明するのが面倒なのか、それとも発動条件があまりに鬼畜で面倒だってことなのか………どっちなんだ!?
「どっちもよ」
「何で聞こえてんの!?」
こいつ、実は本当の能力隠してて、実の能力は〝相手の心を読める〟ものだったりしてな。
なんてさすがに無いだろうが………
………ないよね?
「本題に戻るけど、《探偵》の発動条件は〝あらゆる事件、もしくは謎の解決〟よ」
「今いちピントこねえな」
俺がそう言うとシエルは、はぁーーー。とため息を一度、そして二度吐き出した。
「刑事とかって事件を解決してるでしょ?あれをすればいいの」
「分かりやすい短文助かる」
捉えやすい良い例だったな。
まぁ、能力の概要は理解したけど、だとしたらさっきは何で発動できたんだよって疑問が残る。
「でもさっきのあれ、事件解決しているようには見えなかったけど?」
「言ったでしょ、〝事件〟じゃなくとも〝謎〟でもいいって」
謎?
ますます分からん。
「じゃああの時、お前は〝謎〟を解決していたっていうのか?」
「えぇ、したじゃない。ほら、アンタに教えてもらったあれよ、あれ!」
シエルはそう言うと『手で丸をつくり、次にその丸に指を突き刺す』ジェスチャーを繰り返した。
多分『石に穴を開ける』ってのを説明したいんだろうな………
クソみたいなジェスチャーだったが、一応察しはできた。
けど理解できたとは死んでも言わない。てか言いたくない。
「なるほどな」
「あ!分かってくれた!そうそう、石に穴を開けるってのを言いたかったのよ!やったー!!」
最初から口で言え!!………と言いそうになったが、俺はそんな事よりも重要な事に気づき、ツッコむのをやめた。
ジェスチャーが俺に伝わっていた事が相当嬉しかったのだろう。
満面の笑みを浮かべながら、飛び跳ね・はしゃぎ・腕をふる。そんな、元気満点笑顔満点の美少女の姿がそこにはあった。
さっきまでの『闘牛』と瓜二つの姿や様子とは似ても似つかない程の神々しく天真爛漫な絶世の美少女がいた。
そんな彼女を見て、不覚にも俺は『可愛い』と思ってしまった。
不覚にも、本能的に思ってしまったのだ。
目の前の女神を『可愛い』と。
俺の本能が言っている。
完全に完璧に絶対に、体が叫んでいる。
彼女を見たい、触れたい、聞きたい、嗅ぎたい、舐めたい。
俺の五感全てがそう発しているんだ。
ならば抗う必要はないだろう。
己の欲に忠実に従う。
それが男というもの。
『シエルの体を堪能したい』
それが俺の欲だ。
それが俺の求めるものだ!
「そうだ!それで話があったんだけ………」
こちらへ振り向こうとするシエルの姿を視界にとらえた。
その瞬間、いやそれ以前から、俺は本能のままに走り出していた。
「ちょちょ、何々何々何々!!!?」
慌てるシエルに怯む事なく俺は突き進む。
「ふひひひひひひひひひ!」
気づかなかったが、さっきから俺は奇声を出しながら走っていた。
それはきっと『俺を見て慌てるシエルの姿』すらも可愛いと思ってしまったからに違いない!
シエルとの距離、残り二十メートル。
到着予定時間、二秒後。
「………歯止めストッパー」
「!?」
瞬間、俺の止まる事のない体が急にピタリと止まった。
慣性の法則をも無視して、急に止まったのだ。
例えるなら、電車内で急ブレーキが起こると普通は体ごと前に倒れる。なのに今回は電車が急ブレーキしても体は前にも後ろにも倒れなかった。みたいな感じだ。
「ブラッドの嬢ちゃんだけだと思っていたが、まさかお前もいたとはな、早瀬川源蔵の孫」
川沿いの奥から、そんな事を言いながらスタスタと歩いて来る男の姿が見えた。
一体何者だ………?
「気をつけて!能力者よ!」
シエルは警戒態勢MAXってところだな。
俺も充分に注意しつつ後ろから援護しよう。
「ははは!おいおい、まさか俺とやり合う気か?やめてくれよ、こっちは安全に暮らしてたいんだからよ」
「何が安全に暮らしたいよ!私達に能力を使っておいて!」
え?俺も?
一体いつだよ。
「〝本能的行動と理性的行動の二つを分けることができる能力〟ってところかしら?」
「さすがだ、その通り。俺は『対象の行動の歯止めを効かなくする』事ができる」
男はドヤ顔でそう言った。
「じゃあ、やけにシエルに好意的だったのもそのせいか」
「その通り」
危なかったな。
もしあのままいっていたら………
「私がどうかしたの?」
「え!?い、いや……な、何でもねえよ!!」
危ねー!!
ばれたらホントに終わりだって!!
「まぁいいわ。それで、アンタは何しに来たの?」
「別に、アンタらとやり合う気は毛頭ねぇ。ただ、次代の能力者がどんなもんか拝見しにきただけだ」
「へー、それでどう思ったの?」
「まぁ、正直言って……………ガッカリだな」
『つまんね』と男は唾を吐き捨てた。
急にやってきたかと思えば悪口まで言ってくるとか、どこぞの下駄おじさんかよ………
※下駄おじさんとは、この地域で有名な文句屋の事です。
架空の人物なので気にしないでね!
「何ですって!だったら今、アンタをボコボコすれば考えは変わるかしら!?」
「無理無理、やめておけ。死ぬぞ、お前ら」
シエルの暴力的言動を、男はさらっと流す。
余裕だと自負しているようだが、正直そんなに強そうには見えない。
「まぁ、また会った時用で名前だけは教えておいてやる」
急に強気だな。
掴めない性格してるよホント。
下駄おじさんのくさに。
「蚊帳 清州だ。覚えておけよ」
そんなどこぞの悪役の捨て台詞と共に、蚊帳は去っていった。
『はひふへほー』でも付けて欲しかったところだな。
「何だったんだろうな?アイツ」
はっきり言って『変な奴』だった。
「変人だった、アイツ」
シエルも同じように思ってたみたいだ。
と、俺はここである事を思い出した。
昔調べた事なのだが『変な人』と『変人』では意味が異なるらしい。
『変な人』は言葉の通り、変わった人という意味。
ただ『変人』は変わった人ではなく、『変態な人』という意味になるそうだ。
「何でそう思う?」
おそらく『変人』の意味を分かっていなさそうなシエルに俺はそう尋ねた。
「だって、相手の本能を駆り立てさせるアイツの能力なんて、使ったところで自分に影響なんてないじゃない。
あんな能力を使う奴は、相当な知りたがりか、気持ち悪いほどの変態だけでしょ」
あっ……………確かに。
その考えはなかった。
つまりアイツは、変わり者のど変態ってことか。
となるとアイツが変人だってのも、あながち間違いじゃないのかもな。