第37話 I CAME TO HELP
「おいクソガキ、俺様に一撃入れれたことがそんなに嬉しいか、おい」
「あー、嬉しい。めっちゃ最高の気分でーす。それとお前弱過ぎて衝撃〜〜。弱過ぎて怖い、ちびる、きゃーーー」
すると、マッチョ野郎は地面を踏みつけた。
そして、うがぁぁぁーという叫び声をあげながら、凄まじい速度で突進してくる。
さっき以上のスピードだ。けど、見える。
早瀬川家は、生まれながらに全員が、一般人とはかけ離れた身体の作りをしている。
ベースとなる、最初の筋肉量、そしてその質、骨や器官の強度、詳しくは知らないが、他にも様々な優位がある。
そして、中でも優れているのが、さっきあのマッチョ野郎がほざいていた、筋肉操作。
一般的なマッスルコントロール(筋肉の収縮)の、上位互換と考えればいい。
これを行えば、簡単に相手の骨をへし折ったり、リレーで一気にトップへ抜けるような脚力を得ることができる。
そして、早瀬川の特殊な目を用いれば、筋肉操作によって動体視力を引き上げることも可能だ。
マッチョ野郎がどんだけ速くなろうと、捉えられる。
マッチョ野郎の一撃を、俺は受け止めた。
「ちっ、急に強くなったなぁ!」
次は逆の手で、俺の頭部を狙ってくる。
能力を使えば、攻撃される前に、どこを狙ってくるのか知ることができる。
そして案の定、その攻撃は止められた。
「なんで読まれてんだぁ!早瀬川にそんな力まであるなんて聞いてねえぞぉぉぉぉ!」
ドタドタと何度も地面を踏みながら、マッチョ野郎は怒号を撒き散らす。
キレすぎだろ、最初の余裕ある兄貴感はどこいった?
「終わったなあいつ」
「支部長を怒らせるなんて、馬鹿な奴」
外野の罵声が聞こえてくる。
怒れば強くなるなんて、そんな少年漫画じゃあるまいし。
気持ちでどうにかなるもんじゃないんだよ。
「弱いなー、お前。そんな体格しといて、俺みたいなヒョロヒョロに殴り負けるとか、その筋肉の価値はどこ行っちゃったんですかね〜〜〜」
怒りで冷静さを失えば、攻撃も単調になる。
もう、負けることはないだろう。
「おい……がきぃぃぃぃ!!決めたぞ、お前は殺さない。死ぬギリギリまで何度も痛ぶって、情報を吐かせる。吐いた後も、死ぬまで殴り続けてやる。謝っても許さん!!」
相当お怒りの様子ですね。
きっと、真っ直ぐ大振りのパンチをかましてくることだろう。
「イ・ク・ゾ」
奴がそう言った瞬間、空気が明らかに変わった。
なんか……いや、勘違いか?
奴の体が、少しデカくなったように感じたが……
いや、気のせいか。
そんな考えをしていた時、奴は動き出した。
奴の身体が、前に揺れる。
と、同時に、俺の視界から奴が消えた。
とっさに俺は、目の筋肉操作を上げる。
すると、奴の姿が見えた。
奴は、俺の左横にいた。
ほぼ同時に、グニャッと俺の左腕が曲がる。
奴の拳による衝撃は、俺の左腕どころか、腰にまで伝達していた。
俺は勢いよく吹っ飛んだ。
左腕の激痛で、受け身をとるのを忘れる。
俺はそのまま、およそ10メートルという距離を、水切りの石のように跳ねた。
「………折れたーー」
地面に横たわったままだが、立てる気がしない。
それ以前に左腕が痛い。
アドレナリンはドバドバのはずなのにこれだ。
きれたら痛みで気絶するんじゃないか、これ。
あの一撃、全力の筋肉操作でも耐えられる気がしない。
コンクリ以上の硬さを、マシュマロ感覚で潰してくるんだぜ。
ましてや助けに来てくれる奴はいるわけないし、俺の人生、終わったかな……?
そうして、走馬灯のように人生を振り返ろうと思った時。
横たわる俺の目に、二足の靴が映った。
どうやら、俺の前に立っているらしい。
あー、あのマッチョ野郎か。
完全に終わった。
抵抗する力もない。
………ごめん、母さん。
俺を逃がしてくれたのに、こんなすぐに死んで……ごめん。
「………ちょっと、聞いてるの?」
その声は、俺の予想していたものとは違った。
透き通った、綺麗な声。
聞き慣れた、黒髪美少女の声。
けど、今は聞きたくなかった。
「何で……何で来たんだよ!シエル!?」
「そんなのもちろん、助けるために決まってるでしょ!」
俺と喧嘩をしたばかりの、シエル・ブラッドがそこにいた。