第36話 早瀬川
「え……あれ?碓氷さん……?」
「ごめんなさい……早瀬川さん」
碓氷さんは、涙ながらに銃を構えて、そう言った。
「だ、騙されてるんだろ!絶対そうだろ!君みたいな良い子が、そんなもの持っちゃいけない!」
「………あー、もういいのか」
碓氷さんが発した声は、今日会ったばかりとはいえ、まだ一度も聞いたことがない、低音ボイスだった。
声を偽っていたのかもしれない。
けど、それがなんだ。
声なんて、人のほんの一部に過ぎない。
それが偽りだったからといって、俺は何とも思わない。
それに、低音ボイスも悪くない。
最高だね。
「そ、それが地声?めっちゃ良いじゃん!隠す必要なんてないよ!」
「は?黙れよ能天気野郎。何でもプラスに考えれるお前とは違えんだよ。それに、内心では私を嘲笑ってることだって、分かってんだよ!」
キャラ変わりすぎだろ。
めっちゃ良い子だと思ってたのに…
けどまぁ……
「女なんてそんなもんか」
「そ・の、女だからとか女なんてとか、勝手に分かりきったような言い方してんじゃねえ!お前らみたいな人種、ムカつくんだよ!」
うわー、やっちまった。
思わず言っちゃいけないことを言ってしまった。
碓氷さんの言うことは全部正しい。
俺は、最低だ。
そう分かっていても、きっと、俺の中の差別思想は、あの頃から、消え失せることはないのだろう。
「銃を下ろせ、俺様とのタイマンだこいつは」
それは、背後から聞こえた。
声の主は、大穴をぶちあけた店員だった。
「………戻ってくるのが早過ぎやしませんかね」
「なんだ、随分逃げ腰だな?」
そう言うと店員は、俺の頭を掴み、持ち上げる。
そして、壁に俺の頭を突きつけ、先程のように突進を始める。
壁は簡単に砕けた、その先は外に繋がっており、俺は放り出された。
放り出されると同時に、店員は掴む手を離した。
「絶対これ折れた…いた…いたい………お前絶対ぶっ殺してやる」
尻もちをつきながら、俺はボソボソとそんなことを呟く。
それにしても背中が、コンクリに叩きつけられたように痛い。
「やってみろ、俺様を殺してみせろ!早瀬川幸一!」
店員は、被っていた帽子や上着を脱ぎ捨て、そんな決め台詞を言ってみせた。
………着痩せするタイプなのか?
上着の下には、想像通りといえるような、鍛えぬかれた強靭な筋肉を携えていた。
そして帽子の下には、金髪のヤンキーヘアー。
厳つさが倍増した、怖い。
けど、ここで逃げれるとも思ってない。
だから俺は、一世一代の、煽り文句を言ってみせる。
「なんだ?ゲームのボスキャラにでもなった気でいるのか?それにしてはダッセェ言葉ばっか使って、その筋肉は飾りかよ。その髪も、自分のビビリな部分を隠してるようにしか見えないなー!」
「威勢がいいだけか、はたまた相応の力を持っているのか、見せてもらおうか!」
くそが、やっぱやるしかないか。
俺の素性を知らないあいつになら、不意打ち一発くらいはいけるか?
「おらぁぁぁぁぁぁぁぁ」
俺は叫び声をあげながら、真っ直ぐマッチョへ駆けていく。
「遅いなぁ」
マッチョはそう呟くと、目の前から消えた。
「どこだ!?」
俺が振り返ると……
「がはぁっ!」
ボディーブローを一発くらった。
やばすぎる、くっそ痛い。
「おいおい、あの早瀬川家だろ?こんなもんじゃねえはずだぞ!」
そして、顔面に回し蹴り。
俺は勢いよく吹っ飛び、店の壁にぶつかって止まった。
「はぁ、ちょっと待てって…」
鼻から血が出てる。
やばいなぁ、速過ぎて不意打ちどころじゃない。
「おかしいなぁ?早瀬川の最高傑作だとか聞いてたんだが……それにしては棒みてえな身体してんな」
うっせえよ。
確かに、あんな地獄みたいな環境でいれば、まだましな身体だったかもな!
「人の家系事情を詮索してくんじゃねえよ。黙ってろ」
あの時のことなんて、聞きたくもない。
「んー……けどお前ら、筋肉操作も自由自在なんだろ?だったらそんな身体でも、もっとやれんだろ」
「………言われなくても、やってやるよ」
筋肉痛が酷いからあんまりやりたくないんだよ、これ。
「ぶっ殺してやるから、覚悟しろよ」
「はっはっはー、期待させてもらぶぇっ!?」
顔面目掛けて、俺は拳を乗せた。
台詞の途中で、反応できなかったのか、マッチョ野郎はモロに俺の拳をくらった。
そして血を吐きながら、後ろへ吹っ飛ぶ。
「台詞の途中で悪いな、雑魚」
「………クソガキが」