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第33話 後悔は後に立たず

 あれ、私、何してたんだっけ。


「……………」


 そうだ、確かリレーの途中で転んで……

 ………いや、転ばされたんだ。


 トップの黄チームを追い抜く瞬間、肘で胸辺りを押された。

 トップスピードだったのも相まって、凄い勢いで吹っ飛ばされた。

 全身が痛かった。

 腕が折れたかと思った。


 けれど、それ以上に、()()()()を見るのは、もっと、辛かった。
































「シエル!!」


 幸一の叫び声が聞こえ、私は目が覚めた。

 なんだか、長い夢を見ていたような気がする。


「………ここは?」


 私はベッドの上で横たわっていた。

 保健室………らしい。


「体は動くか?声は出るか?耳は正常か?どこか悪いところはないか?」


 息つく間もないくらいの早口で、幸一は言った。

 焦ってるのかな……

 私を心配してくれてるのかな……

 だけど……嬉しいけど、今は……


「………大丈夫」

「そっかぁ……よかったー」


 安堵のため息を吐く幸一。

 

「………結果は、どうなったの?」


 気になっていた。

 私のせいで、一年のリレーは最下位。

 勝つためには、二、三年生のリレーにかかっている。

 まぁけど、もしこれで負けていても、私に責める資格も、悔しがる権利もない。

 ただ、認めるしかない。


「勝ったよ!!二、三年生が一位でフィニッシュ!総合点一位赤組!俺たちの勝ちだ!」


 満面の笑みで、幸一は言って見せた。

 幸一のこんな笑顔、久しぶりに見たなー。

 相当、嬉しかったんだろうなー。


 体育祭に優勝したのは、嬉しい。

 それは紛れもない、事実。

 なのに……


「なんでだろ……なんでだろうなぁ……嬉しさよりも、悲しさの方が上回るのは……」


 私は、最低だ。

 体育祭を、全力で挑もうと言い始めたのは、私なのに。

 その私が、優勝した私が、戦犯の分際で、こんな気持ちになってしまうなんて……


「何言ってんだよ、勝ったんだぞ、俺達。何を悲しむ必要がある?」

「……………」

「……あ、もしかして嬉し涙ってやつか?そういうことなら……」

「そうじゃないよ……幸一はさ、私が走ってる間、何してたの?」

「え……そりゃもちろん、お前の応援を……」

「嘘だよね、それ。見てたもん、倒れた後。ずーっとね。」

「いや、その……それは!……たしかに、俺はお前を見てはいなかった。信木と話をしていたんだ……本当にごめん」

「そう………うん、謝って欲しかった。ただ、それだけ」

「はは……なぁ、シエル……」

「もういいよ、今日は帰って」


 私はにっこりと笑って見せた。

 ………うまく、笑えてたかな?


「分かった………」


 幸一はこの後、あの青髪の子とカラオケに行くのだろう。

 私とのことなんてすぐに忘れて、全部楽しい思い出に変わっちゃうのかな。

 いやだなー、そんなの。


 私を、心配して欲しい。

 私を、もっと見て欲しい。


「ねえ、幸一………」

「ん、どうした?」


 私は、言ってはいけないことを言った。





































「私はあんたが、大嫌い」

「……………」


 幸一は、ピタリと体を止めた。

 目を大きく開き、驚いてる様に見える。


 けれど次の瞬間には、泣きそうな表情を浮かべて、それでも無理して目を張って、泣かない。

 

 口元が緩く動いて見える。

 歯軋りをしているのだろうか。


 何か言いたげで、けれど我慢している。

 そんな風に見えた。


「ずずっ!」


 鼻を大きく啜った。

 そしてようやく、幸一は口を開けた。


「お………」


 一言目。

 痰が詰まった時のように、すぐに消えてしまいそうな小さな声。

 その掠れたような、震えたような声色が、私の胸を締め付ける。

 自分が犯した罪の重さを、認識させられる。


「お、おれが……俺が言える立場じゃないけどさ、ななんで、リレーを見、てなかっただけで、そんなに、言われなくちゃ、なら、ないんだ」


 声が、震えていた。

 我慢していた涙も堪えられず、目には大粒の水が浮かんでいた。

 私は、その目からは、恨みや憎しみなんかよりも、もっと別の何かを感じた。

 落胆、失望、恐怖。

 そんな風に、私は思われてしまったのではないだろうか。


 そして、去り際の言葉を残すことなく、幸一は部屋を出た。


 次は、私の時間が止まった。

 幸一の泣き顔をみて、やっと理解した……ううん、本当はもっと前から。

 ……あぁ、私は取り返しのつかないことをしてしまったのだ、と。


 好きな人に忘れられ、興味を失くされるのは、凄く辛い。

 けれど、記憶に残しておきたいからって、その人を傷つけるようなことをしてはいけない。

 ほんと、そうだよ。

 わかってたのに。

 わかっていたのに……


 なんで、言っちゃったかなぁ……


 どれだけ後悔しても、もう遅い。

 全てを悟った彼女は、ただひたすら、泣くことしか、できなかった。


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