第32話 後悔
「火事場の馬鹿力って、本当にあるんだね」
信木は感心したように顎に手を置く。
どちらかといえば、あれは愛のパワーだろう。
幼女の為なら命だって惜しまないのと同じだ。
「相変わらず、速いね。如月さん」
たしかに、速い。
すぐにでもトップに追いつきそうな勢いだ。
「でもやっぱ、幸一のが一番かなー」
「ま、俺の全力はあんなもんじゃないがな」
「そうやって調子良く言って、自分にヘイトを集めようとするのは、やめた方がいい」
「………は?」
何言ってるんだ、こいつは。
俺が他人からのヘイトを集めたがってるって?
………そんなわけないだろ。
「というか、やめるんだ。責任を全て負えば、最終的に一人ぼっちになる。そんなのは、見たくない……」
俺が自分から責任を負いに行っている?
あぁ、そうだ。
俺が一人なのはそのせい?
あぁ、そうかもしれない。
けど、別に一人になるのが嫌なわけじゃない。
それで誰かが責任を押し付けられ、一方的な咆哮を受けるのなら、それは俺で良い。
可哀想とか、助けたいとか、そんな思いからじゃない。
「俺はただ……誰かが支配されるのを見たくないだけだ」
皆は自由であるべきだ。
そして俺は、支配される辛さを知っている。
だからもう誰にも、そんな思いはさせたくない。
「支配?責任を押し付けるのは支配じゃな……
「支配だよ。全部全部支配だ。相手は何もできず、ただ一方的な攻撃を受けるだけなんて、そんなの支配に決まってる。俺はそれが大嫌いだ」
「………何故、そんなにも支配を嫌う?」
途端、頭の中に、苦い幼少期の記憶が流れる。
ほんと……嫌な記憶だよ。
「………悪い、言いすぎた。忘れてくれ」
「そっか………あ、如月さん!!」
忘れてた。
いや、これも全部、信木が悪いな。
と、シエルの位置は……
俺がシエルの位置を探していると……
「ゴーーール!!一着は、黄チーム!!」
てことは、シエルは二着か。
惜しかったなー、まあ後は先輩のリレーに任せよう。
俺は二番手の走者の方へ目をやる。
「………え」
それは、シエルじゃなかった。
じゃあ、シエルはどこに……
「如月さん……!あ、幸一!!」
俺は走った。
信木の言葉も聞かず、たった一つの方へ
「ちょっと、止まりなさい!」
先生が騒がしく叫んでいる。
けどそんなの聞く必要ない。
俺は走った。
コーナーに横たわる、たった一人の少女の方へ………