第31話 リレー
ついにリレーが始まった。
最初のランナーは、沢山信木
クラス一の俊足の持ち主だ。
やっぱり、最初は信木の独走状態か。
「いっけー!信木!!」
クラス中が、信木を応援している。
そして瞬く間に、信木は一周を終え、次の走者にバトンがいった。
次の走者は平山周。
怪我をした勝浦の代理ではあるが、それでも速い。
距離差はほぼ縮まることなく、圧倒的だった。
よし、このまま一周すれば……
と、俺がフラグを建てたせいなのか、平山は半周ほどのところでこけてしまった。
まずい。
後ろから、全速力で二位の黄組が迫ってきている。
「早く立てー!頑張れ平山ー!!」
応援はさっきを超える勢いだった。
そして、平山は立った。
だが、どうやら足を怪我したらしい。
右足はガクガクと震え、膝からは血が垂れている。
やっとの想いで動き出した平山の足は、よちよちとまるで赤ん坊のようだった。
「先生!これだめでしょ!」
他の生徒が、平山を心配し、先生に止めるよう言っていた。
「………そうだな、辞めさせる他あるまい。平山!止まりなさい!」
リレーを再度行うことはできない。
こうなれば、一年は最下位確定か……
二年三年に頑張ってもらうしかないな。
「まだ……やれます。僕は走れます」
平山がぽつりと、小さく、呟く。
だけどなぜか、俺たちはそれが聞こえた。
諦めていたのは、俺たちだけだった。
平山はまだ、諦めてなんかなかった。
「走り、ます……」
目には涙を浮かべ、皆からは辞めるよう心配をされ、それでもなお、歩みを止めない。
そんな平山を見てると、俺は、辛い気持ちで一杯になる。
責任という名の重圧が、のしかかるんだろう。
今はみんながこう言って慰めてくれても、負けが決まってからもそうとは限らない。
きっと、自分のせいにされる。
自分が悪者にされる。
勝敗なんて、どうだっていい。
ただ、みんなに責められたくないから、だから、あいつは走るんだ。
………けどな、平山。
それを被るのは、お前である必要はない。
みんなからの罵声も、非難も、全部全部、押し付けちまえばいいんだ。
だけど、押し付けれる人なんていない。
被ってくれる人だっていない。
だから、俺は………
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平山周の視点
「はぁ……はぁ……」
痛い……痛い……なんでこんなことやってるんだろうな、僕は……
最初から、あんな頼み、聞かなきゃよかったんだ。
でも、推しきられたら、断れないし、きっとこうなるのは運命だったんだなって思う……
はぁ……治ったばかりの右足の骨、また再発しちゃったかなぁ。
痛いなぁ…走りたくないなぁ……
みんな、走らなくていいって言ってるし、やめよっかな……
…………だめだ。
僕は、勝浦君に頼まれて走ってるんだ。
補欠だって、なりたくて自分から言ったんだ。
なのに、僕のせいで、負けるなんてことになったら……僕は……
みんなに……顔向けできないよ…………
耳が痛い。
歓声の全てが、僕への非難に聞こえてくる。
大丈夫、最下位になる前にバトンさえ渡せれば………
「………………あ」
抜かれた。
最下位……なっちゃった。
「あ……あぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
逃げ出したい……
泣き出したい……
でも、そんな自分が恥ずかしい……
……もう、何も考えないようにしよう……
「途中交代!!ルールに乗っ取り、平山周と早瀬川幸一を交代とする!!」
「……………………え?」
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「先生、どうして……」
「怪我をした生徒に、無理させる先生がどこにいる」
「だとしても、なんで……なんで早瀬川君なんですか!?」
「そりゃ、誰も出たがらなかったからだよ」
そう言ったのは、早瀬川君だった。
「じゃ、俺行かなきゃだから」
だめだよ、早瀬川君に責任を背負わすなんて……
正直言って、早瀬川君はそこまで速くない。
きっと負けるだろう。
そうなれば、みんなに責められるのは彼になるかもしれない。
本当に責められるべきは、僕なのに……
「それでは、リレーを再開します!」
パンッ!!
またピストルの音とともに、止まっていた走者全員が、動き出した。
あぁ、やっぱりだめだよ。
負け………
「え!?」
「あ、赤チーム!?速い速い!!速すぎる!!瞬く間に二人を抜いたぞ!?」
実況は興奮を抑えられずにいた。
………驚いたな。
早瀬川君があんなに速かったなんて。
足や腕を、ありえない速さで振り上げ下ろす。
すごく普通で、簡単な基本動作のはず。
陸上選手のように、フォームが良いというわけでもない、ごく普通の走り。
にも関わらず、彼は群を抜いて速かった。
「おいおい、一位の黄チームに追いつくぞ!?」
「あれ、信木より速くないか!?」
人間離れしてる……
淡々と同じ動作を高速で行うその様はまるで、機械のようだ。
「抜いたー!!!赤チーム!トップに躍り出ました!!」
さらにそこから差を広げて、ゴールイン。
三走者目にバトンが渡った!!
なんてすごいんだ彼は!!
「ふー、疲れた……」
走り終え、待機場所に戻る。
すげー疲れた、あんな真似は二度としん。
そうやって、疲れ気味に腰を下ろした。
そこで俺は、正面に見覚えのある後ろ姿があるのに気がついた。
「幸一、あんたそんなに足速かったの!?」
自分の番はまだか!と待っているせっかちな女、シエルだ。
「まぁな、本気だせば十秒で地球一周できる」
「はいはい。でもこんな速いなら、短距離走でもっと良い記録目指せたでしょ」
「あそこで目立ったら、騎馬戦で警戒される」
「………あんたがイキリ散らかすの、なぜか腹が立つわね」
俺への当たりが酷すぎる……
「赤チーム!先程の追い上げをキープしたまま、順調な走りを見せています!」
おっと、会話に夢中でリレーのことを忘れていた。
今走ってるのは、三走者目の大橋哲也。
直線なら信木と良い勝負をするらしいが、リレーのようなカーブが苦手らしく、本当のスピードが出せないそうだ。
まあそれでも、他との距離は縮まってないし、このままシエルまで順調に渡りそうだな。
「まあ、哲也がやばいのはここからだから」
と、いつのまにか横にいた信木がそう言った。
「ここから?全然順調そうだけど……」
「まあ見てなよ」
………んー、確かにスピードは少し落ちてきてるが、半周でこれは良い方なんじゃ……
と、俺が思った時。
大橋のスピードが、先程の比ではないくらい極端に落ちた。
「あーーーー、まずいな」
信木は頭を抑え、苦悶の表情を浮かべている。
大橋の方は、足を引きずったまま、無理やり走っていた……走ると言っていいのかあれは?
「怪我か?」
「うぅん……実は哲也、体力がないんだ」
体力不足かよ。
そのくらい練習かペース配分を変えるかでまだなんとかなるだろう。
少なくとも、ここまで酷いことにはならないはずだ。
「練習はしてたのか?」
「よく怪我だっていって休んでた……今思えば、練習したくない口実だったのか」
だろうな。
騎馬戦の練習には普通に来てたし。
でも一番驚いたのは、シエルがそれに何も言わなかったこと。
あんだけ頑張ってたあいつが、サボりを見過ごすわけがない。
きっとなにかが。
「え!あいつ練習さぼってたの!?」
シエルが驚く。
「だって彼は、前日の練習しか来てなかった。如月さんも知ってるでしょ」
「だ、だけど!私は怪我なら仕方ないと思った……だからランニングだけは自主的にするように言ったわ!」
「その程度の練習でどうにかなるもんじゃない。まあ、それすらしてないなら論外だけどな」
あっさりと事実を言ってやる。
大橋は、ただのクソ野郎だ。
練習をさぼるだけじゃなく、チームの足を引っ張る始末。
けど、ここで愚痴を溢していても何も変わらないのもまた事実。
「………提案がある」
俺はシエルの耳元まで近づき、低い声でぼそりと言った。
「能力を使え」
「……え、何言ってんのよ」
シエルは困惑した様子で俺を見る。
「はー、あんたも知ってるでしょうけど、私の能力は強すぎるの。下手に使ったら色々怪しまれるし、それに条件だってある。簡単に使おうと思っても使えないのよ」
「やっぱそうなるよなー…」
たった一度のジャンプで、数十メートルまで跳べるようになったり、パンチ一発で大岩を破壊するような力だもんなー。
そうなると、やっぱ大橋に頑張ってもらうしかないな。
「大橋ー!もっと気合いみせろー!」
「応援ごときで頑張れるほど、スポーツは甘くないわよー」
「うるさい、お前も応援してやれ」
「ち、仕方ないわね……大橋君!頑張ってー!」
シエルの応援は、虚しくも他の歓声に掻き消された。
「この歓声じゃ、私達の声なんて届きそうもないわね」
「そうだなー………ん?」
減速気味だった大橋の足が、さっきより速く動いて見えた。
「うぉぉぉぉぉぉぉぉー!」
突如、大橋が、最初のトップスピードと同じくらい……いや、それ以上の速度で走り始めた!
「あいつ、まじかよ!」
「いけー!大橋君ー!」
俺もシエルも、あまりの急展開に驚きと興奮で一杯だった。
「今行くよーーー!如月さーーん!!!」
大橋は走りながら、シエルの名前を叫ぶ。
「げっ、もしかして……」
あからさまに、シエルは嫌そうな顔をした。
「あいつ、如月さんに惚れてんだよ」
信木はニコニコしながらそう言った。
「如月さーーーん、好きだーーーーー!!!!!」
愛の告白を叫びながら、大橋は二位でゴールイン。
そしてシエルは、顔を赤くしつつも、練習通り、ミスなく、愛のバトンを受け取った。
そうして、最後の競争が、幕を開けた。