第3話 探偵気質
如月の置いていった拳銃を届けに、俺は警察署へと向かっていた。
「アンタ、いたーーー!!!!」
そう叫びながら、猛ダッシュでこちらへと向かってくる女がいた。いや、あれを女と呼ぶには可愛らし過ぎたか。
言うならあれは〝闘牛〟だ。
「私の銃返せーーー!!」
「うわーーー!!!」
俺と〝闘牛〟はそのまま正面衝突した。
「くっそ、痛えな!」
「アンタが銃奪ってくからでしょうが!こん畜生!」
バチバチとした、落雷すら聞こえてきそうな空気の中、俺はこの如月可憐へと拳銃を返す。
「もう面倒事はごめんだぜ」
そう言って、俺は帰ろうとした。
だが………
「待ちなさいよ。私の拳銃を奪ってったんだから、手伝いくらいしなさいよ!」
「はぁっ!?」
またまた面倒な事が増えそうだった。
「………用件による」
「案外親切なのね」
それじゃあ……と付けて、如月は用件を話し出した。
「玉渡り事件?」
「そう!この事件を解決してほしいの!」
「………どういう事件なんだ?」
「〝川の上を、巨大な何かが走って渡ってる〟っていう事件ね。目撃情報はえげつない程よ」
なんとも胡散臭いな。
「その川は、ここから近いのか?」
「ええ、あれよ」
「え?」
如月が指さした先には、巨大な一本川があった。
まさかこんな所に川があったとは………
「それで、その巨大な何かはいつ現れるんだ?」
「う〜んそうね……一番は夜中ね」
「じゃあとりあえず、夜にならなきゃ無理か」
「いや、今もいるわよ」
「え?」
再び、如月が指さした先を見た。
そこには巨大な塊が水の上を横断する姿があった。
「嘘………だろ?」
「大マジよ。ただ、あれは能力者にしか見えないそうよ」
さすがにか………
一般人があれを見たらどうなるんだよ……いや俺も一般人か。
「で、あの巨大な塊をどうにかすればいいってわけか」
「まぁ、そうゆうことになるわね」
なるほどな。
色々と面倒だ。
止めるのもありだが………
「………見返りは?」
「は?」
「だ・か・ら………見返りだよ。まさか見返りが何かも分からないのか?見返りってのは……」
「馬鹿にすんな!」
歯軋りしながら、如月は俺をじーっと見てきた。
「見返り………まぁ、それくらいなら………な、何回?」
「は?」
何回?
いくつ欲しいかって意味かな?
「えーっと………じゃあ、三?」
「わ、分かったわ………こ、これが終わったらね!」
もじもじとした様子で如月はいた。
何を恥ずかしがってんだか………
「それにしても、何故にお前はそんな探偵みたいな真似をしてんだ?」
「そりゃあ、私が探偵気質だからよ」
「探偵気質?」
「アンタなら分かるでしょ、能力の行使は週に一度は絶対。それを破れば………」
「〝死ぬ〟な」
能力者には制限。枷が付けられている。
その枷は『週に一度、能力を行使しなければ死ぬ』というものだ。
強力な能力者によっては、更なる枷を受けることもあると言われいるが、この『週に一度必ず能力を使え』という枷は能力者全員が持つ絶対的なものであり、それを解除する事は不可能である。
ちなみに俺は毎日濫用している。
「能力者ってのも、案外面倒なものよね………」
「能力によるだろうけどな」
俺からしたら、むしろ超便利だ。
「まずは、あの巨大な塊をどうにかするか………」
俺達は早速、あの川岸へと向かった。
◇石神様
「こうして見ると………とんでもないデカさだな」
五十メートル級で、壁を壊して進撃してきそうなくらいデカイな。………何がとは言わないが。
「それにしてもコイツの体、完全に石だよな」
「そうね」
コイツを倒せっていうのか………
まぁでも、所詮こいつも石なんだよな。
だったら案外簡単なのか………
「こいつを倒せばいいんだよな?」
「いけるの?」
「………多分」
俺は如月に、『銃を貸せ』と言った。
そう言うと如月は、従順に銃を貸してくれた。
やけに親切だな………まぁいいか。
俺は銃を受け取ると、すぐさま構えた。
そして……………
「バンッ、バンッ、バンッ、バンッ、バンッ!」
五〜六発程、俺は声と共に、あの石の巨人へと銃を放った。
それも両足に、同じ箇所を同じ数だけ的確に狙って放った。
それにより、石の巨人の両足には一本の大穴ができていた。
「あんな程度じゃ、倒せはしないわよ!」
「いや、あのデカさなら十分だ」
俺の言った通り、巨人はふらつきだし、そして後ろに態勢がいったかと思えば、そのまま後ろへと倒れた。
「なっ………!!!」
如月は、間抜けにも口を大きく開けて驚いていた。
すげぇ笑える光景だ。
「それ現実でやる奴初めて見たよ」
俺は皮肉混じりに、一度彼女に言われた言葉をそっくりそのまま返してやった。
「う、うるさいっ!」
「痛ぁぁぁぁっっ!!!?」
如月が俺を殴った。
しかも、全力フルスイングのパンチでだ。
めっちゃ痛ぇ………
「くそ、痛え!お前なぁ………」
俺が『この野郎………』と怒りを露わにしていると………
「な、何!!?」
「うおっ!」
急に、地盤となっていた石達が、吸い込まれるようにして一箇所へと飛んでいった。
そしてその一箇所とは、あの倒れた石の巨人の事だ。
「な、何が起きて………」
石を吸い込んだ巨人は、瞬く間に成長していった。
瞬きする間にでかく、でかく、でかく………
どんどんと……どんどんと……気づけば、倍……そのまた倍……そのまた更に倍……そしてそのまた更に倍に………
「嘘……だろ………」
さすがにやばいだろこれは。
あまりにもデカすぎる。
壁を破壊して巨人を侵入させられるレベルだぞこれは!
体から蒸気を発生させられるレベルだぞこれは!
俺達じゃあ敵いっこない!
「………なんてな」
所詮は石だ。
どれだけデカくなろうと、増えるのは体積と質量だけ。
硬さは何も変わらない。
だったら同じように、大穴を開けてやるまでだ!
「おら!バンッ、バンッ、バンッ、バンッ、バンッ、バンッ、バンッ、バンッ、バンッ、バンッ、バンッ、バンッ、バンッ、バンッ、バンッ、バンッ、バンッ、バンッ、バンッ、バンッ、バンッ、バンッ、バンッ、バンッ!!!!!!」
俺も石の巨人の大きさの変化に比例して、さっきの倍の倍の倍の倍の量の弾丸を放った。
「決まったな!」
と、ここまで来れば誰もが想像つくだろう。
そう、お決まりのパターンだ。
勝ち誇った決め台詞を叫んだ時は、大体負ける。
石の巨人の足を見ると、俺の弾丸の跡なんて、一つも見当たらなかった。
「クソ、強度まで上がってんのかよ!」
「………ねぇ、アンタ……………」
「穴さえ開けれれば………」
「ねぇ………」
「うるせえ!ちょっと黙って………」
なぁっ…………!!?
コイツ、どこ見てんだよ!!
如月は俺なんて見ていなかった。
ずっと石の巨人を見つめていた。
本当にただ、それだけを。瞬きすることなくだ。
どこかで、聞いたことがある。
人間は極限まで集中すると、無駄な行動を省くのだそうだ。そしてそれに当人は気づかない。
極限まで集中した状態というのは、無意識と同じ。夢の中にいるかのような感覚にあるそうだからだ。
そして今の如月は、まさしくそんな状態にあった。
それにしても本当に、どこでこんな事を覚えたのだろう、俺は。
そんな事を考えていると、シエルは再び口を開けてこう言った。
「………ねぇ、穴さえ開ければ倒せるの?」
「あ、あぁ………それは確実だ。保証する!」
「それは………何で?」
「あぇ………えっとそれは………」
俺は無意識下にある如月の、その余りの迫力に……儚げさに……その……怖さから、気づけば説明を口にしていた。
「……長くなるが、『石割り』ってものがあってだな。それによれば、石を効率よく割るには、穴を開けて亀裂を作ることが大事らしい。そして、その亀裂に沿って叩く事で、石を簡単に割ることができる。……まぁでもあれだけの巨体なら、重心である足に穴を開けて亀裂を作るだけでも、勝手にぶっ壊れてくれるかもな」
「……………」
如月は無言のままだった。
………何だよこの緊張感。
思わず俺は、息を呑んでしまった。
………と、その時。
「なるほど!!」
如月が叫んだ。
嬉しそうに飛び跳ねながら、赤子のように笑っていた。
「………ワトソン君、私は事件の真相が分かりました」
「ワトソ………あ、えっと……はい?」
急に如月は、俺を〝ワトソン〟と呼んだ。
何を言っているのか訳が分からず、俺は混乱していた。
「ふっふっふー!この事件の解決策、それは〝重心崩し〟よ!」
「嫌な予感がするが………続けろ」
ニヤニヤと笑みを浮かべながら、如月は言葉を続けた。
「石の性質上、穴を開ければ必ず亀裂ができる。そしてそれにより重心も崩れ、あの巨体は倒れる!!」
「………………」
俺の説明を、要約して話してくれたみたいだ。
それも、まるで自分が考えたかのように…
途端、如月はしゃがんだ。
いや、しゃがむというより、踏ん張っていた。
「つまり─────」
そう言い終わる頃には、目の前から如月が消えていた。
ビュンッ!!
そして轟音と共に、猛スピードの突風が吹いた
「はぁっ!?」
如月は跳んだ。
飛んだじゃない。
翔んだんだ。
空を翔けたんだ。
巨人の足の高さまで、ひとっ飛びで行き、そして拳を握り締め……
「────これで、事件解決………よ!!」
……如月の拳が、巨人の片足へ振りかざされた。
その瞬間、またもや轟音と突風が吹いた。
………そして気づけば、巨人の足には大穴ができ、今にも崩れようとしていた。
上空からは、目にも見えるくらいの巨大な石の塊が、山ほど降り注いだ。
そして、殴り飛ばした反動によって吹っ飛んだはずの如月は、石の塊と共に空から落ちてきていた。
石の巨人は、殴られた勢いのままに後方へと吹っ飛んだ。
しかし巨人は、運悪く街の方に倒れ、幾つもの家が潰されることになった。
そして、ドスンッ!という地震のやうな衝撃と共に、如月は戻ってきた。
「お、おい!一体………どうなってんだよ!?」
あまりに一瞬の出来事に、俺はついていけてなかった。
「言ったでしょ!私は探偵気質なの!!!」
だが、そうやって自信満々に答えた彼女を見た安堵からか、俺はつい笑いをこぼしてしまった。
「ふはは……それは関係ねぇだろうが………如月」
そして思わず俺は、名前で呼んでいた。
「あー!やっと名前で呼んでくれた!でも、私の本当の名前は、如月じゃないんだよー!」
「な………はぁっ!?」
俺は驚いた。
オーバーともいえるリアクションだったが、それでもいいだろう。
久々に、感情を大きくだしたような気がする……
「私の名前………〝シエル・ブラッド〟って言うの。改めてよろしく、〝幸一〟!」
そう言って如月は、俺に手を差しだした。
「お前も、やっと名前で呼んでくれたな……」
そう言って俺は、彼女の手を掴んだ………
………誰かが言った。
能力を与えられる者は、決まってなどいない。
しかし、その性能に関しては運次第である。
故に平等、故に不平等。
それを分かり合って共存していくのが、能力者の務めである。
しかし毎度の如く、最後には彼等は争い合う運命にある。
それは、平和を望む者もいれば、平和を望まぬ悪党もいるからだ。
故に共存があり、争いがある。
だが、最終的に皆が争い合うのであれば、共存もまた争いになるということ。
だからこそ、助ける行為や敬う行為が、偽善であるかないかなんて、関係のないことなんだと思う。
俺が偽善者だろうとなんだろうと、最終的に行き着く先は、ここだったってことだ。
『今どう思おうが、最終的な考えは変わっているのかもしれない』
俺が伝えたいことは、つまりそういうことだ。
早瀬川 輪廻より