第2話 転校生
教頭との話が終わり、教室へ戻る俺の歩みを止めたのは、ある少女だった。
教室の扉の前で、ずっと棒立ちをする少女がいた。
そして彼女は、超がつくほどの美少女だった。
黒髪が腰あたりまで伸びるほどのロング、整った顔立ち、何より目立つのは、その帽子だった。
「………なんで探偵帽なんか被ってんだ」
だがその幼い顔立ちに反して、それは中々に似合っていた。
俺はそんな彼女の前を素通りし、教室の中へと入って行った。
教室には、俺を除く全員が座っていた。
無論、先生もだ。
「すみません、遅れました」
「お、間に合ったな早瀬川。丁度今、転校生を紹介するところだったんだ」
「へー」
俺は興味なさそうに相槌を打ち、席に座った。
………ということはつまり、さっきの少女は。
「それじゃあ、入っていいぞ!」
「ハイ!!!!」
元気良く返事をしたと思えば、ドアの向こうから現れたのは、ガッチガチに頬を強張らせた、先程の少女だった。
「結構可愛いな……」
「それな……」
そんな、品定めする声が、チラホラと聞こえてくる。
「なぁ幸一、あの子可愛いよな」
俺の後ろに座る、沢山信木もまた、そんな事を言ってきた。
「声がでかい、聞こえるぞ」
俺は指を、信木の顔の前に立て、止めるように言う。
「それじゃあ、自己紹介を頼む」
「わ、わかりま、した」
先生に言われ、彼女は自己紹介を始める。
と、その前に……彼女は深く息を吸い、そして吐いた。
深呼吸で緊張を和らげようとしているのかな。
「はぁぁぁーー……ふぅぅぅぅぅーー……。よし!私の名前は、如月可憐。可憐って呼んでね!」
と、先程とは違い、スラスラと聞いていて気持ちの良い自己紹介を始めた。
それから、好きな物や特技なんかを話し、自己紹介は終わった。
自己紹介が終わると、皆が拍手をしていて、如月のクラス内での地位は決まったようなものだった。
「よーし、それじゃあ如月は………」
如月の席を決めるのか……とは言っても、空いてる席なんてここくらいだろ……あ。
「あそこだな」
そう言って先生が指したのは、俺の隣の席だった。
「えーー……」
俺はガッカリしたような声を出してしまった。
これはワザとではなく、本当に不意に出てしまったのだ。
「何だ、不満か?」
「い、いえ。何でも無いです……」
俺は少し焦りつつ、そう言った。
俺のガッカリしたような声が気に食わなかったのか、近くで聞いていた何人かが、俺を冷ややかな目で見てくる。
如月は、そんな俺には目もくれず、満面の笑みで席に着いた。
椅子に座ると同時に、如月は俺の方へ向き、こう言った。
「これからよろしくね、早瀬川幸一君」
「あ、あぁ……よろしく、如月……さん」
俺はぶっきらぼうにそう答えた。
それは彼女が、俺に話しかける一瞬、口元がいやらしく、動いたような気がしたから……
◇◇◇
昼休みになった。
俺はいつもの如く、一人で屋上に来ていた。
誰もいないスペースを自由に使える、こんな快適な時間はそうそうない。
そうして俺は、外の景色を眺めながら、大好きな餡パンをかじりついていた。
そんな時、ふと屋上のドアが開く音がした。
俺は、もしや!?と思い、後ろを振り返る。
入って来たのは、あの転校生、如月可憐だった。
「なんだ、驚かすなよ」
「ごめんなさい、そんな気は無かったの」
ふー、と安心したのも束の間。
俺はとっさに、餡パンを食うのを止め、というか餡パンを持つのを止めた。
「なん……だよ、それ……?」
俺は如月が持っていた物に、衝撃を覚えた。
彼女は、黒い黒い、人間を簡単に殺せる砲弾を、持っていた。
「拳銃だけど、知らない?」
「は、はは!おもちゃのだろ、それ。簡単に騙されると………」
俺が言い終わる前に、彼女は銃を撃って見せた。
パンー……と空気の斬られる音がしたかと思えば、俺の足元からは、煙が立ち込めていた。
俺の右足横の地面には、銃弾がめり込まれていた。
………夢だろ、これ。
俺は頬を強く引っ叩いた。
「………痛い」
「………それ本当にする人初めてみた」
カチッ……
如月が近づいて来た。
俺は恐怖のあまり、体が動かなかった。
そしてすぐに、彼女は俺の目の前に来た。
銃口を俺の額に当て、こう告げた。
「単刀直入に聞くわ。アンタ、能力者なの?」
「もし能力者だったら、何かされるのか……?」
「勿論、殺すわ」
「俺能力者じゃないです!!」
「じゃあ殺す」
えぇ………
「それも嘘です!!!」
「何なのよもう………」
お前が何なんだよ!
クソ、何言っても無駄なんじゃねえかよ……畜生が。
「何でお前は、能力者を殺そうとするんだ?」
「革命者の火種をこの世から抹消するためよ」
「………革命者だって?」
自らを創造神と名乗り、世界を取り巻く巨大犯罪者組織、それが革命者。
大企業として名誉を拡げる裏で、幾多もの犯罪を行っているという。
そしてその構成員のほとんどが、能力者であるということもあり、政府は簡単に手出しができない状況にあるらしい。
そんなやばい奴らを止めようなんて、無理な話だ。
「私のお兄ちゃんはね、革命者の幹部よ」
「そうなのか」
俺は興味無さそうに返事をする。
兄を救いたいとかそういうやつだろう、馬鹿馬鹿しい。
家族に愛なんて存在しないんだから。
「勿論、自分から行ったわけじゃない」
面倒な話しを聞かされるのはごめんだが、ここで聞かないとかえって俺が殺されそうだし、聞いておくことにしよう。
「それなら何で革命者なんかになったんだ?」
「………親に売られたのよ」
そこから彼女は、革命者の内情を話し始めた。
俺は、さっきとは違い、真剣に聞いていた。
「アイツらはね、非能力者を能力者に変える実験を行っていたの。それには被験者が足りなかった。だから被験者を集めるため、実験に参加すれば莫大な資金を渡す、そう言ってたくさんの人を集めたの。そして私の両親は、その大金に目が眩んで、お兄ちゃんを………」
「………お前も、同じだったんだな」
「え?」
俺は、如月の拳銃に恐れることなく、近づいた。
そして………
「な、なぁっ………!」
俺は近づいた勢いのまま、如月に抱きついた。
「ナ、ナ、ナ、ナニヲシテッッッッッッッ!!!」
如月は赤面し、焦っていた。
それはもう焦りすぎて、思わず拳銃を離していたことに気がついてはいなかった……
俺は抱きついたまま、気づかれないよう、如月が落とした拳銃を足で引き、自分の手元へと引き寄せる。
寄せた拳銃を拾い、立ち上がった俺は、如月へ銃口を向けた。
「えっ……………」
「形勢逆転だな」
かと言って、俺にはこいつを殺す度胸も、警察から逃げ回る力もない。
自分が生きてるならそれでいい。
だからこのまま、何事もなく終わってくれよ……
「………ふん、そんなので勝った気になるなんてね」
「なんだ、負け惜しみか?」
そう言い、俺は如月を罵った。
攻めの姿勢を崩してはならない。
相手に勝利の希望を僅かでも持たせないのが、戦いのコツ。
昔、爺ちゃんに教わった事だ。
「負け惜しみですって……!?あんたのその口、喋れないくらいに殴り倒してあげるわ!」
そう言って如月は足を振り上げ、踏み込む。
すると、地面にヒビが入った。
おいおい……コンクリだよな……これ…
「行くわよ……」
如月は構えた。
全力疾走している時のような、前屈みの姿勢で、俺を睨みながら……
やべえ……これマジのやつだ!
「うがぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
虎のような呻き声を発しながら、如月が走り出したその瞬間………!!
ピピピピ!ピピピピ!
突如、携帯の着信音のようなものが鳴り響いた。
如月は止まり、ズボンのポケットに手をやる。
そして携帯と共に手を出した。
「もう、いい所だったのに!何よ!」
どうやら着信は、如月の携帯からだったようだ。
如月は少しイラついた様子で、電話相手と話しだした。
「うん………えぇ!それならすぐに教えてよ!何で言ってくれなかったのよもう!分かった、すぐに行くわ!」
如月はそう言って電話をきると、こっちを睨みながら猛ダッシュで帰って行った。
「………ほんと、何だったんだよ」
命拾いしたのかな……
と、途端に俺は手に持っている物に嫌な予感を感じ、目をやった。
俺は、如月が置いていった拳銃をガッチリと握っていた。
「…………はぁ」
ため息が溢れた。
どうすんだよ、これ………
アイツもどっか行っちまったし、このまま置いておくか?
いや、見つかって指紋認証でもされたら一発でバレる。
それだけはダメだ。
うん、普通に警察に届けよう。
怪しまれるかもしれんが、それが一番安全ではある。
「災難な日だよ、全く……」
そうして俺は、警察署へと向かうことにした。
ちなみに今は、授業中だ。