第18話 解答②
私が、長良から事情を聞いたのは、三日前の事だ。
「傷がない?」
「うん。幸一君は何故か〝ある〟と言い切っているけれど、どこにあるのか、正直さっぱりだったよ」
「じゃあ何、あんたは上手く話を合わせていただけって事?」
「うん、そうだよ」
これが事実なら、〝傷〟は幸一の勘違い……
そして受けたのは恐らく〝錯覚を起こす能力〟。
「中々、厄介な相手ね……」
「いや、案外楽だよ」
私の意見とは真逆な答えを、長良は出した。
「だって奴等は、能力者じゃないもの」
「能力者じゃ……ない?」
その答えに、私は唖然とした。
「そーんなわけないじゃなーい!能力無しでそんな錯覚起こるわけが……!」
「いや、全然可能だよ」
またしても長良は私の意見を覆す返事をした。
「集団催眠って言ってね、多数で同じ事を言い続ければ、自然と少数派も多数派になるっていう催眠術の一種だ」
「じゃ、じゃあ!幸一はその集団催眠で錯覚を起こしていたってこと?」
「そうなるね」
……そんなことが本当にありえるの?
もしそんなことができたとして、でもそれが真実だという証拠にはならない。
能力者がいない証拠は、どこにも無いはず……
「奴等の正体、調べたよ。というか、簡単に割り出させた」
「どうだったの、それで!?」
「奴等の正体は、宗教団体だったよ」
「宗教団体……なんか思っていた通りって感じね」
「うん。だけど大事なのはここからだよ。実は、その宗教団体の創設者、私なの」
「はぁ!?」
予想外の返答であった。
こんな危ない宗教団体の創設者が、長良だったなんて、思いもしなかったのだ。
「最初は、ただの相談所だった。長く運営していた影響もあり、結構栄えていたの。だけどそれが裏目にも出て、ある組織に見つかったの……」
「ある組織って……?」
「それはシエルちゃんもよく知ってる、革命者だよ」
「ここにも革命者って……」
どんだけ出てくるのよ、本当にうざったい連中ね。
革命者への愚痴は、心の中に留めておく事にする。
「相談所はすぐに革命者に乗っ取られ、それと共に私を含めた全職員が、ある男にかけられた能力の影響で精神を崩壊させられた」
「その男は、レンブラーの一人ってわけね」
「うん、それもレンブラーのNo.4に属する強者だ」
「No.4……」
革命者には、序列がある。
個々の総合的な強さで、順位付けされるのだ。
そして、その中で上位の優秀者十人は、各支部の長を任される。
そして、海外を渡る大組織であるレンブラーの総員は数万を超える。
その中で、No.4にまで登り詰めたという存在。
その実力は、相当なものであるのは確かだ。
「恐らく幸一君が遭遇した連中は、精神を崩壊させられた者達の一部だろう」
「なるほど……ん!?待って、だとしたら長良は何で無事なの?」
今思えばおかしい。
No.4から能力を受けたのは長良も同じはず。
だったら何故、精神を保てているの。
「私の精神は、とうに崩壊している」
「ほ、崩壊してる……って、普通にしか見えないけど…?」
長良に変な箇所はない。
言動も、行動も、姿さえも、至って普通の女子といった感じだ。
初対面の人には変装するなんて、少し変わった趣味もあるけど……
「あ……」
そういう事……だったの……
「気づいたみたいね。そう、私の崩れた精神を安定させる為には、敢えて別の人間を演じ、複数の精神状態を維持する必要があった。それで私は、初対面の人には別人を演じ続けていたの」
「でもそれは、現状維持にすぎない……」
複数の精神状態を維持するとはつまり、精神が崩れ、多重人格者になった事を受け入れ、そして自らそれを演じ、偽るという事。
けどそれは、精神の改善には至らない。
逆に失敗すれば、更に精神は崩壊し、幸一が襲われた連中のように……
「……確かに、これは時間の問題かもね……だけど」
長良は前に出た。
だるそうな体を起こし、力強い声で、こう言った。
「能力者が死ねば、能力による過去の影響は全て消える」
……長良の行動理由は全て、この為だった。
自らの人生を、仲間を、全てを壊した男を───
「───殺すのさ。私の、この手で」
その声には、力強さと……〝恨み〟が込められていた……
「……ふぅ、まぁ何にせよ、今は幸一君の為に動くべき」
「幸一に、真実を伝えれば終わるんじゃないの?」
「いや、そんな簡単に集団催眠は抜けられない。幸一君を救う為には、シエルちゃんの力が必要よ」
「私の……力……?」
幸一を助ける為、私達は動く。
そして、知らなかった。
この時の出来事が、後にあんな悲劇を……いや、喜劇を起こすだなんて、そんな事、誰も知らない。
いや、知っているはずがなかった……
物語は、未だ序章。
次回、探偵編ラスト!