第15話 話せない
週末の公園での出来事から、更に一ヶ月が経過した。
シエルとは少しの蟠りもあったが、一ヶ月も経てばそんなのは消えていた。
まぁ蟠りは消えても、俺の蚊帳への恨みは消えないんだがな……
「なぁ、どれにするか決めたか?」
机に顔を伏せ、寝たふりをしている俺にそう話しかけてきたのは、友達である沢山信木だった。
あと、俺が顔を伏せて寝ているのには別に理由はない。
かっこいいと思ってやっているなんて事は断じてない。
本当だぞ。
別に女子ウケを狙っているわけでもないぞ。
断じてそんな事はない。
「決める……って、何を?」
だが俺は、何を聞かれているのか全く理解できなかった。
「えぇ!さっき先生が言ってただろ!?来月にある「体育祭」の係決めだよ!」
やっべ、寝てて聞いてなかった。
というか体育祭って、もうそんな時期か。
体育祭といえば、中学の頃の地獄を思い出させるなぁ……
「今年も団長やるのか?まあ今回は俺もしたいから譲る気はねえけど!」
そう、俺は去年、中学三年の時の体育祭。
それにて、クラス中からおふざけで、団長にさせられた事があった。
当時は、信木とはクラスが違い、俺がおふざけで団長にさせられた事は知らないみたいだった。
団長は大声で歌を歌うのだが、俺がデカい声なんて出せるはずもなく、俺の団の合唱は、寂しく静まり返っていた。
そして俺の団の合唱が、体育祭の締めであった事も相俟って、その年の体育祭は、地獄のように冷えた空気で幕を閉じる事となったのだった……
そんな、昔を振り返って絶望するという自滅行為をして、俺は信木に言葉を返す。
「ばーか、団長は三年生だけだぞ」
それは、団長になりたかった信木にとって、棘のように刺さる猛毒であった。
「……え?そ、そうなのか……!?じゃ、じゃあ俺……できないじゃんかよぉおぉー!!?」
信木は絶望し、膝を地につけ頭を抱えた。
そんな信木を見た周りの人間は……
「大丈夫!信木君!」
「あのクズになにかされたのね!許さない!」
「あんな奴◯ねばいいのにね!ホント最低!」
信木を労る者達と、俺への非難の声を浴びせる者達の二陣が生まれた。
別に辛くはない。
うん。別に。
うん……うん…………
「………」
俺は席から立ち上がった。
そして、思った。
……トイレにいよ……
これは早瀬川幸一にとって、人生100度目の辛い出来事となった……
◇◇◇
「……あっ」
俺がトイレへと向かう最中、シエルと出会った。
いや、正確には出会ったのは俺だけだが。
シエルは俺の存在に気づいてなかった。
俺はこの時、思った。
さてはあいつも、一人だな!!
友達のいない奴は可哀想だなぁ!!
昂った心のまま、俺はシエルの方へとスキップで近づく。
……だが、俺は途中でその足を止めた。
「あ……え……?」
俺が一人だと思い込んでいたシエルには、友達がいた。
シエルが壁になって見えていなかったが、近づき、見る角度が変わった事で、シエルと共に会話をしている女の子の姿が見えた。
「一人……二人……三人……四人!?」
計四人。
シエルはこの一ヶ月で、四人の友達を作ったんだ。
それに比べ、高校が始まってからもう三〜四ヶ月も経って未だに友達一人な俺って……
……トイレにいよ……
これが、早瀬川幸一にとって人生101度目の辛い出来事であった……
◇◇◇
「トイレ……たのちぃ……」
トイレに引きこもり、35分の休憩時間を有意義に過ごす男がいた。
まさかそんな可哀想な人なんて、いるわけないよねー。
それって、トイレで弁当食うのと同じくらいの可哀想だよねー。
ははは……
わざとの自滅行為にて、さっきまでの記憶を消そうと試みるが、やはり衝撃的な記憶ほど残りやすいんだろうな。
さっきの出来事が鮮明に浮かんでくる……
「はぁ……」
俺はため息を溢した。
何から来るため息なのか……それは俺なら容易に想像できる。
第三者が見ていたなら、俺とはまた別の考えが生まれているのだろうが……
ただ今は、何も考えずに、じっとやり過ごせる空間が欲しい。
何も話さなくていい、そんな時間が欲しい。
今思えば、シェリアはさっき友達と話してくれててよかった。
もしそうじゃなかったら、俺はきっと話をしてしまっていた。
恐らく、楽になろうと相談もしてしまっていた事だろう。
だけど今回のはダメなんだ……
相談すれば周りを巻き込む。
今回のは、自分一人でなんとかしなくちゃならない。
だから俺は、トイレで作戦を練る。
そうやって考えていると、唐突に俺は、服を脱いだ。
制服も、セーターも、シャツもだ。
そうして俺の上半身は、肌全開となった。
そんな肌全開の俺の上半身。
その胸部に、埋め込まれていた。
何者かの手によって埋め込まれた〝それ〟には……
「あと3000文字話せば爆発する」という文字が書かれていた……
そしてこれが、早瀬川幸一にとって、人生102度目の辛い出来事であった。