第14話 蚊帳清州の乙女心
今日は週末。
という事で、休みだ。
……それにしても。
俺はシエルと出会ってから、まだ一週間程度のはずなのに、とんでもなく長い時間を過ごしてきたような気分でいた。
それ程に、この数日には色んな出来事が詰まっていたような気がする。
そんな風に思い出に浸りながら、俺は人気のない公園のブランコをこぎ、休日を謳歌していた。
「いやぁ、謳歌はしてないだろ……」
すると急に、そんなツッコミを受けた。
……あれ、もしかして口に出てた?
気づいていなかっただけで、既に口に出ていたようだ。
……それもそのはず。
キレのあるツッコミと共に、目の前に登場したこの男は、《歯止めストッパー》こと、蚊帳清州であったのだから。
そして又の名を……
「あ、変態だ」
変態という。
◇◇◇
蚊帳清州かやせいしゅうと会う前まで、俺はシエルと一緒に公園で遊んでいた。
「今日こそ探偵をやりきってみせるわ!」
シエルは謎の探偵帽を身につけ、意気揚々と空を指差す。
その姿は、つい先日敵襲を受けた女のものじゃなかった。
「少しは緊張感をもてよ、昨日のを忘れたのか」
「そんなわけないでしょ」
そのセリフは、そんな無感情で言って欲しい台詞じゃないんだかな……
「できれば、恥ずかしそうにもう一度」
「……は?」
うん、その言い方もありだな。
褒めるとデレてきそうな所もいいですね。
評価点高いですよこれは。
「言わなきゃ秘密をばら撒く」
「ッグ……!?」
歯を噛み締め、悔しそうな表情を浮かべるシエル。
今更ながら、俺はこいつの秘密なんて何か握ってたか?
つい数日の間の出来事ながらも、俺はあまり覚えてはいなかった。
「……そ、そんなわけ……ないじゃない……」
顔を赤くし、もじもじしながら照れ臭そうにそう言うシエル。
……こいつ、さてはハマってきてるな。
「俺はまだしろとは言ってないぞ?」
「あっ、ッ!?」
「まぁ、別にいいんだけどね。シエルがそこまでしたかったのなら、考えてやらんでも……」
俺が言い終える前に、シエルは地面をダンッ!!と強く踏んだ。
そして……
「うっさい!黙れ!」
ふんっ!と知らんぷりをし、シエルはどこかへ行ってしまった。
「あちゃー……」
さすがにやりすぎたかも……
後で謝っておこう……
そうしてシエルの帰りを、ブランコをこぎながら待っていた時に来たのがこいつ、蚊帳清州だった。
蚊帳は、俺の隣にあるブランコへと腰をかけると、俺にこう言ってきた。
「……乙女心を傷つけられれば、女は誰だって傷つく」
「……知ったような口ぶりだな」
「俺も女には苦い思い出ばかりでな」
どうやら蚊帳も、過去に女と色々あったみたいだ……
そこは敢えて触れずにいこうとしたが、蚊帳は自らそこを掘り下げてきた。
「その経験を元に、俺から少しアドバイスをしてやろう」
「お、おぉ……」
そうして、蚊帳清州による乙女心講座が始まった。
「まずだが、女は何が好きか分かるか?」
「何が……えっと、妥当に果物とかですかね?」
「それだ!!」
途端、蚊帳は物凄い剣幕で俺を指差した。
「その考え方がまず間違ってるんだよ!!」
そしてそう、付け加えて言った。
あれ、正解って意味じゃなかったのか?
「〝女〟と出たらすぐに「食べ物」と結びつけてしまうのが間違いなんだ。それだと女は、自分が馬鹿にされていると思い、嫌悪感を抱きかねない」
な、なるほど!
そもそも食べ物で探す必要はないのか!
「だ、だったらどうすれば……?」
「考えてみろ、今俺がヒントを言ってやっただろ。食べ物と結びつけられるのが嫌というのはつまり、太っていると思われるのが嫌というわけだ。つまり、そう思わせない物ならば、食べ物でもいいって事だ」
太っていると思わせない食べ物……太らない食べ物……野菜!!
そこから更に、健康を考えて選ぶとすれば……
「……大豆、ですね」
「ふふふ……」
答えを言うと、蚊帳は不敵に笑って見せた。
正解……なのか?
「正解……とは言えないな。だが惜しい!」
「惜しい?」
大豆が惜しい……豆系の食べ物って事か?
でも健康で言えば、大豆が一番な気もするが……
「確かに、健康を考えれば大豆だ。だが、それを貰って相手を嬉しいのか?」
「ハッ………!?!?」
俺は気づいた。
自分の過ちに……
「好みを考えなきゃなぁ。大豆は、好き嫌いの分かれる食べ物として有名だ。もし相手が大豆嫌いだったら、お前はどうする?」
「ぐあぁぁぁぁー!?」
俺は……俺はなんて事を……
「俺は……相手の好みなんて、一つも考えちゃいなかった……俺は……男失格だ……」
俺は絶望し、地面に体を倒す。
俺はなんて事をしてしまっていたんだ……
「まだだ!諦めるな!」
「はっ……!?」
そうだ、俺にはまだチャンスがある。
まだここは……諦めるところじゃない!
「健康かつ、味にも優れた豆類……それは、「枝豆」だ」
「枝豆……だと!?」
枝豆。
緑色をした、豆類の食べ物である。
塩で食べるのが主流とされているのに相反して、豆類の健康食品として有名だ。
そんな枝豆は、味にも優れていた。
ぷちっとした感触と、塩と一緒に食べた時のビールが欲しくなるあの美味さ。
革命的だ。
実際、大豆の苦手な人でも枝豆なら食えるという人は多くいた。
やはり、枝豆が正解なのだろう。
そしてそれを蚊帳は、あの一瞬で思いつき、俺に説明してみせたんだ。
並の神経じゃない。
「枝豆……よし、来たら渡そう」
だが、俺は枝豆を持っていなかった。
そして、財布も持ってきていなかった。
……つまり、詰みだ。
「ほらよ」
俺が絶望していた時、蚊帳はそう言って、何かを渡してきた。
「これは……!?」
見覚えのある……というか見覚えしかないそれは……
緑色の食べ物。
豆類であろう形状をした食べ物。いや、というか豆。
そして、塩をつけたら美味そうな……そんな食べ物。
そう……
「枝豆……!?」
それは、枝豆だったのだ。
「まさか、くれるのか!?」
「あぁ、今回限りでな」
大サービスだぁぁぁぁ!!
なんてありがたい……蚊帳の奴を初めて「聖人」だと思ったよ……
「じゃ、俺はこれで帰るわ。嬢ちゃんが帰ってきたら、ちゃんと渡すんだな」
「おぅ、ありがとな」
そんな会話を終えてすぐ、シエルは戻ってきた。
「……さ、さっきは言いすぎたわ。ごめんなさい……」
「いや、俺もごめん」
そうして俺とシエルは、意外にもすぐに仲直りできた。
「だからさ……これ、やるよ」
俺はそう言って、手に持っていた〝ある物〟をシエルに渡す。
「……これは?」
「枝豆だ」
自信満々のドヤ顔を見せながら、俺はそう言った。
「な、何で枝豆?」
「さっきのお詫びだよ。遠慮なく受け取ってくれ」
「……………」
シエルは黙っていた。
これはもしや……落ちたか!
「……あんたってさぁ……」
やっと口を開いたかと思えば、シエルはいきなりこんな事を言ってきた。
「……お詫びに枝豆あげるようなやつなの?」
「……え?」
あ、あれ?
喜んでない?
そ、そんなわけない!
枝豆は最適のプレゼントなんだ!
喜ばないはずがない!
「そ、そうだけど……何かおかしい?」
「いや……別に……ただ、感性は人それぞれなんだなって、思っただけよ……」
そう言うシエルの俺への視線は、冷ややかなものだった。
「……帰るわ」
そう言い残すと、シエルは公園から出て行った。
「ちょ、待ってって!おーい、シエルー!」
その間、シエルが俺の方を振り向く事は、一度も無かった……
そして、俺が蚊帳かや清州せいしゅうを憎み始めたのも、これがきっかけだったのかもしれない……
まぁ、オチをつけるならば、感性は人それぞれ。
かと言って、相手の感性を無闇に否定するのもやめよう。
その教訓を知ってもらえたのなら……この犠牲は安いものだったのかもな……
「うぅ……うぅ……」
人気のない、薄暗い公園の真ん中で俺は、ただ一人、たった一人で、ひたすらに泣いていた。