第10話 犯人
「………………」
一旦状況を整理しよう。
俺は眠った。
そして目が覚めたら、日用品だらけの密室に閉じ込められていた。
両腕は椅子に縛られていて、身動きがとれない。
まあそんな状況だ。
そして一番危ないのは、目の前に立つ女の存在だ。
「ふふふふふふふふふふふふふ」
狂気の笑みを浮かべて立つその女は、他ならぬシエルだった。
「……………謝る!調子に乗りすぎた!」
「別に、怒ってないわよ……はは!」
シエルはゾンビの様な足取りで歩き出し、日用品の一つを手に取った。
そして軽やかに、十メートル程ある俺との距離をたった二歩で詰めた。
「ひっ!」
俺はビビリ散らかしてそんな情けない声をあげていた。
だが次の瞬間には、シエルは俺から離れていた。
「……………は?」
わけがわからず、無意識にもそんな声が出ていた。
理解できずにいる中、俺はふと左の脇に痛みを感じた。
何かと思い、そして嫌な予感も感じつつ、俺は左の脇に目をやった………
「何が………」
真っ赤。
一言で言えば真っ赤だったのだ。
猫にひっかかれたり、女子にビンタされたり、転んでできた擦り傷のように、真っ赤に腫れていたのだ。
いきなりだが、ここで遠回りな話しをしよう。
俺は普段、毛を剃る事がない。
何せ、足にも腕にも毛が生えた事がなかったからだ。
だけど脇には毛が生えていた。
しかし面倒事が嫌いな俺は、脇の毛があろうと剃った事などなかった。
だが今、俺の左脇に毛はなかった。
そしてシエルの手には、一枚のガムテープがあった。
これが示唆する答えは一つ………
「本当にすいませんすいませんすいませんすいませんすいません!!やめてやめてやめて!本当にごめんなさい!許し
『ビリッ!』
二発目は、しっかりと音を聞く事ができた。
途端、右脇に強烈な痛みも走った。
「ッぐあああああああぁぁ!」
あまりの痛みに俺は泣き叫んでいた。
本当はのたうち回りたかったが、椅子に縛られたままでそんな事ができるわけなかった。
「さすがにもう分かってるかもしれないけど、一応答え合わせでもしとこうか」
俺の目の前で笑う悪魔の女はそう言った。
そしてその言葉の続きを語り出した。
「私はアンタが寝ている隙に、アンタの両脇にこのガムテープを貼り付けた。そして今はあれから五時間が経過しているわ。この意味が分かる?」
つまりこいつは、俺の脇毛を五時間もガムテープに粘着させておきながら、そんなひっつきにひっついた俺の毛を勢いよく剥がしやがったってことだ!
そりゃあ激痛も激痛だよくそが!
「一応、のりで眉毛を一本ずつ抜くっていう拷問も考えていたんだけど………」
「それだけは本当に勘弁して!マジで!」
何てものを考えんだよこの悪魔は!!
死より辛い地獄ってのはここにあったのかもしれないなマジで!!
俺はここらで、彼女の行動の核心に迫ろうとしてみることにした。
「というかお前………膝枕にキレてたのか?」
「当たり前じゃない!」
シエルはそう叫んだ。
ただ何故か、叫ぶシエルはどこか恥ずかしそうだった。
「とか言って、内心またしたいとか思ってんだろ!!」
俺はそうからかってやった。
「んなわけ……………」
やべ。
同じ轍を踏んだ事にようやく気がついた。
終わった……………
次は眉毛でもすまないかもな………
「でも、ちょっとだけなら………またしてあげても……いいわよ」
「……………え?」
どうやら満更でもなさそうだった。
こんななら、もっとからかっておくべきだったか。
「何だよ、満更じゃなさそうじゃねえか!!」
「………殺す」
三度の轍を踏むとはこの事か。
勉強になった。
※三度の轍を踏むなんて言葉は存在しません!
◇◇◇
拷問から解放され、ようやく犯人探しの続きができるようになった。
「それでシエル、犯人探しの続きだけど………」
「あぁそれなら、もう終わったわよ」
え?
「ちょっと待って!終わったっていつの間に!?」
「アンタが眠ってる間によ」
嘘だろおいおい。
『犯人探し』が終わったって事は、全員からの聞き取りだけじゃなくて、犯人が誰かも分かったって事だよな!?
「あまりの速さに驚いたが、とりあえずお疲れ。で、犯人は誰だったんだ?」
「西条金先輩よ」
「へー」
反応はなかった。
予想通り………とはいかなかったにしろ、少しそんな気もしていたんだ。
そしたら案の定こうだった、それだけの事。
ここで一度おさらいしておこう。
俺の能力《虚言》は対象の心を一時間読むことができる。
心を読むとは言っても、何を考えているかが分かるわけではなく、相手の言動に嘘偽りがあった場合のみ本心が分かるというものだ。
能力の発動中、対象が嘘をついた場合、対象の頭上に本心の、嘘偽りのない真実が文字として浮かびあがる。
例えば、超絶ブスが『私は綺麗』こう言った場合、そいつの頭上には『私はブス』という文字が浮かび上がる。
それを理解した上で、今の現状を見返してみる。
「犯人は誰なんだ?」
「西条金先輩よ」
シエルはこう言った。
そのはずだった。
それが正しいはずだった。
そう思うべきだった。
仲間として、信じてやるのが同義だと思っていた。
だけど疑ってしまった。
だから、こんな事になってしまっているんだ。
この時、シエルの頭上には文字が浮かんでいた。
何て浮かんでいたかって?信じたくもないよそんなの………
彼女の頭上に浮かぶ文字は───
────『私よ』