SEQ1――裏切った少女たち――5/5
|青のミニ・クラブマンに揺られて、東京駅のすぐ近くにある『大丸』という百貨店にやってきた。
ちなみに、フィオナは車に残っていて、ここにはいない。都心環状線をドライブするそうだ。
「いろいろ買うなら、百貨店が一番だよねー」
「……ところで、何を買うんだ?」
「食品だ」
「じゃあ、1階と地下1階だな」
大概の食品コーナーは下の階にあるからな。いわゆるデパ地下だ。
「ローズは服を見てくるそうだ」
エリザベッタが通訳? をした時には、既にローズの姿が消えていた。
素早く行動したと見るべきか、コミュニケーション不足と見るべきか。
「私たちも行こう。今日は日曜日で、人も多い。はぐれないようにしろ」
「はいはーい」
「俺たちは子供かよ」
号令を掛けたエリザベッタではなく、鈴音が先頭に立って百貨店の中へ入っていく。
(帰りてえ……)
中に入る前から、人でごった返しているのが分かる。
俺も、フィオナと同じくクラブマンに残りたかったぜ。
「先にお買い物しちゃおっか」
鈴音がエスカレーターを下っていくので、俺とエリザベッタも踏板に乗る。
エスカレーターを降りてすぐ、エリザベッタがワインやチーズを置いてあるコーナーへと向かった。
「では鈴音、楽しむといい」
「そっちもお願いねー」
俺は、エスカレーターの先で待ち構えていた鈴音に腕を取られた。
「ほらほら、こっちこっちー」
「お、おい……」
鈴音が大きな通路を横切って、反対側の区画へ行く。当然、俺も引っ張られていく。
「俺たちは何を買うんだ?」
「いいのがあったら、それかなー」
「ウィンドウショッピングってやつか」
「チッチッチッ、分かってないなー。ケイくん」
鈴音が舌打ちと共に、人差し指を左右に振る。
カワイイが、腹の立つ仕草だ。
「1つでも買えば、ウィンドウショッピングにはならないんだよー」
「屁理屈だろ。それ」
「あれ美味しそうー」
「話聞けよ……」
鈴音が駆けていったのは、パンと惣菜を売っている店だ。
「同じ名前のレストランが、12階にあるみたいだよー。後で行ってみる?」
「言っとくが、俺は代金を払えないからな。お前らに奢られたら、借金が増えそうだし」
「あはっ! それくらい払ってあげちゃう!」
楽しそうに笑った鈴音が抱きついてきて、上目遣いで俺の顔を覗き込んでくる。
「だってー、ケイくんと一緒にフレンチを食べたら……」
「食べたら?」
「ライラの祖国の料理を食べる度に、私の事を思い出しちゃうでしょ?」
息が詰まる。ぐいっ、と喉仏を押し込まれた気分だ。
そんな俺を、鈴音がじっと覗き続ける。楽しそうな顔を崩さずに。
「ケイくんってば、深呼吸しないと」
鈴音が耳を俺の胸に当てた。
「酸素が足りないから、ココがドキドキしちゃってるよー」
「きっ、聞くなよ……そんな音……」
声が弱々しくなったのは、周りの視線が集まってきたからだ。
「ほら、別の店でも見ようぜ」
その視線から逃げたくて、鈴音の手を引いた。
柔らかくて小さな鈴音の手。対する俺の手は、汗でびっしょりかもしれない。
チラ見したら、鈴音はくすりと笑っているだけだ。不快には感じてないらしい。
(イヤな顔されるよりは、まだマシか)
そう自分を納得させて、鈴音が興味を持ちそうな店を探しているうちに、エリザベッタと合流した。
エリザベッタが買ったワインボトル2本とチーズ8種類、それから、鈴音チョイスのスイーツ類が数種類……
それらを詰めた鞄を持たされて、今度は1階の食品店コーナーを見て回る事になった。
エリザベッタと鈴音は、仲の良さそうな様子でまたもスイーツ類を物色している。
これじゃあ、体のいい荷物持ちじゃん。俺。
(……っ)
トボトボ歩く俺の前にいる鈴音が、エリザベッタとの会話の切れ目に、こっちへ振り返ってウィンクした。
(ちゃんと見てるってか?)
なんだか、むず痒いな。こう……友達の目を盗んで視線を合わせる、初々《ういうい》しいカップルみたいで……
「見て見てー、エリー。ずんだシェイクとか、ずんだのクリームが入った餅もあるみたいだよー」
「ずんだとは確か、緑色の豆を使ったドルチェ――甘味だったか?」
まるで観光客のように、エリザベッタがずんだ製品に興味を示した。
実際、店員や他の客には、観光に来た外国人として映っているだろう。
「花村、追加だ。鞄に入れるぞ」
さらには日本語ペラペラなんだから驚くよな。俺は使用人にでも思われてそうだが。
「へいへい」
「姿勢を正せ。まったく、剣を扱う者として恥ずかしいぞ」
「今はお互い帯刀してないだろ。そんなにカリカリするな」
「カリカリ……? それは後に置いておくが、私は剣を持っているぞ」
「は? どこに?」
「これだ」
エリザベッタが腰を捻って、提げていたポシェットを指で示す。
「トムキャットもそこに入れてたな」
「女の鞄には、危険なモノが入っているものだ……ふふ……」
口角を上げたエリザベッタは、ポシェットの口を僅かに広げて、ダガーと呼ばれるタイプの短剣を俺だけに見せた。
「だから、無闇に漁らない方がいい」
「私の化粧台も漁ったもんね!」
チクリ、と鈴音が指摘した。
「悪かったよ」
バツの悪い俺は、荷物が両手で塞がっているせいで、眉を掻く事もできなかった。
ブランド品の袋を持ったローズと合流した俺たちは、フィオナが車で迎えに来るのを東京駅で待っていた。
空は急に曇ってきて、今にも雨が降り出しそうだ。できれば、早く車に乗りたい。
「フィオナ、遅いね」
「百貨店を出る前に連絡したんだろ?」
「そのハズなんだけどなー」
鈴音が、東京駅の丸ノ内北口にある大時計の方を見た。
東京駅といえば、先月、刃物を持ったヤツが暴れたんだっけ? 確か、特武が取り押さえたとかでニュースになっていたような……
(用心しないと……)
無意識に、左腋下に手を伸ばす。
「ケイくん?」
背伸びした鈴音が、俺の耳に口を寄せる。
「そこには、何もないんだよ?」
「……そうだったな」
いま使えるのは、この身ひとつ。しかも、モードBは不調と来た。
こりゃ何か起こったら、コイツらを頼らざるを得ない。
(無力感……)
牙を抜かれた獣は、飼殺しにされて、いずれは――
「……来たのです」
ノートパソコンを触っていたローズが、小さく言う。俺にも、公道を走る青のクラブマンが見えた。
(……なるほど)
ローズが気付いたのは、ノートパソコンの画面に通知が来ていたからだ。
鈴音の携帯も鳴っていたし、フィオナが運転しながら電話を掛けたのだろう。
「フィオナが車を停めるって。私たちも行こー」
鈴音が歩き出したので、俺を含めた残りのメンバーも後ろをついていく。
「良かったの? ケイくん」
鈴音が少し離れた位置から、声を掛けてきた。
「何が?」
「逃げなくて」
鈴音が、目を細めて笑う。
(確かめられたな)
俺の不調が、治ってない事を。
モードB、ましてモードCを使えば、逃げるだけなら簡単にできただろう。
加えて、今いるのは東京駅という土地勘のある場所。それにも拘わらず、俺は逃げなかった。特段、拘束されてもいないのに。
それはつまり、逃げられないということ。もしくは――意図的に逃げなかったということ。
どちらにしろ、鈴音はしっかりと確かめたのだ。
鎖は俺の首に掛かっていて、自分がコントロールできる……と。




