NEXT・EP・SEQ0――景介、取り立てられる――
NEXT・EP・SEQ0――景介、取り立てられる――
5月に入り、ゴールデンウィークが終わってから、2週間と少し経った土曜の放課後。
俺は陽子を隣に乗せて、首都高速湾岸線で車を走らせていた。
乗っているのは、黒の日産・フェアレディZ――貸してくれた信弘さんの説明によると、RZ34型――。
ライラのロードスターもそうだが、最近スポーツカーばっかり乗っていて感覚が狂いそうだ。学生がポンポンと乗れるモノじゃないハズなんだが……
「海、キレイだね」
ガードレールや他の車で海なんてロクに見えないハズなのに、陽子は窓の方を向いている。
……いや、窓というかそこに映る俺の顔を見てないか? 見間違いだよな?
「こんな景色で満足できるか?」
「景色なんて関係ないよ。わたし、けーちゃんとドライブできるだけで嬉しい」
土曜といえば、薙刀同好会の活動日でもある。
それが終わってからなので、ドライブを開始する頃にはだいぶ陽が傾いていた。
「狐とはどうだ? 心の中で暴れたりしてないか?」
この2週間ちょっと、様子見も兼ねて陽子は俺の部屋に来る頻度を上げていた。
その中でライラとも交流が生まれ、呼び方も『榊原さん』から『ライラさん』に変わっていた。
そして、狐はあれ以降鳴りを潜めている……
「時々お話しするけど、おとなしいよ」
「話すって、どんな話をするんだ?」
「えっと……」
陽子が視線を泳がせる。なんだか怪しいな。
「しゅ、修行の事とか」
「修行?」
トボけておく。
「狐ちゃんとわたしの息を合わせたら、強くなれるんだって。もう少ししたら、京都に行く予定だよ」
「……そうか」
複雑な心境だ。
『強くなりたい』という願いは、とても理解できる。実際、俺はそれに固執していたところもあった。
変わりたい。一歩でも前に進みたい。そういった気持ちを、俺は否定できない。
「わたし、強くなって、けーちゃんの隣に立ちたい。榊原さんやエルさんみたいに、一緒に戦いたいの」
陽子は、キラキラとした目で前を向いていた。
「お前に何かあっても、何度だって俺が護ってやる」
「違うよ、けーちゃん。次からは、わたしがけーちゃんを護るんだよ」
と、よく分からん押しつけ合いが始まってしまったので、
「分かった、分かった。護られてやるから、俺にも陽子を護らせろ。それでいいだろ?」
そうさ、助け合っていけばいいんだ。今までみたいに、な。
陽子との押し問答のすぐ後、湾岸線から同じく首都高の深川線に道を変えた。
このまま向島線・都心環状線・羽田線と道を変えていき、品川を目指すルート設定だ。
その道案内をしてくれるのは、フェアレディZに備えつけられたイリスである。
「1㎞先で進路変更です」
中央のインパネに設置された液晶画面で、虹を模した7色の帯がイリスの発声に対応して動く。
この半円形の帯が、イリスのレベルメーター――特にこれは、音の大きさを表示する音量計――という事らしい。
さらに、虹模様の下には、キツネの横顔を模した稲田インダストリーのシンボルマークが映し出されている。
「高性能なAIをナビに使うってのも、贅沢だよな」
「私は、機械との仲介役です。ナビゲートも、私の機能と言えるでしょう」
ヘンに説得力があるな。
というか、今の会話で気付いたけどイリスの声って……
「なあ、陽子」
アクセルを踏みながら、陽子に呼びかける。
「なぁに? けーちゃん」
「イリスの声って、お前に似てないか?」
びくんっ、と陽子が体を硬直させた。そして、ギギギッという音が鳴りそうな動きでこっちを向いた。
横目で陽子の顔を見ると、
「あ、あのね、けーちゃん……」
顔から火が出そうなほど真っ赤になっていた。なんで?
「お、お父さんに頼まれて……麗子と一緒に収録したの」
麗子は陽子の従姉妹で、俺たちより1歳年下の女子だ。
「収録って、声をサンプリングしたのか」
「うん」
つまり、2人の声を合成してイリスの声が作られたワケだ。それで、陽子の声にも似ていると。
「うぅ……」
陽子は両手で顔を隠して、下を向いた。
「何をそんなに恥ずかしがってんだよ」
「だって、だって、自分の声が流れるのって恥ずかしくて……」
「別にいいじゃねーか。カワイイ声なんだし」
「か、かわいいって、かわいい……かわっ?」
「おい。おーい。陽子?」
「んん? なんじゃ?」
急に寝ぼけた声になった陽子が、キョロキョロと車内を見回す。
「ほほう……なるほど。恥ずかしさに耐えきれず、逃げたようじゃな」
「ちょっ、お前、狐かよっ」
「陽子に引っ張り出されたようじゃ。主導権はもう、陽子に握られてしまっておるのう……」
しみじみとしたトーンで言う狐だが、俺は驚いてステアリングをミスるところだった。危ねえ。
「ところで、先ほどの言葉は本当かえ? 陽子をカワイイと褒めたであろう?」
「そういうウソは言わないタイプだ」
お世辞が上手い質じゃないし。
ってか、なんか曲解されてね? まあ、いいか。
「そうか。ならもっと褒めよ」
狐が俺の左腕を、大きな胸に引き寄せた。
「危ないだろ!」
右手一本で何とか車の姿勢を維持、さらに車線変更もこなす。
「ほれ、早う褒めよ」
「クソッ、力強え……陽子、戻ってきてくれ……ッ」
俺の嘆きも虚しく、20分ほど狐に翻弄されながら運転を続ける事になったのだった。
「ごめんね、ごめんね……」
「もういいから、頭上げて涙拭けって」
稲田インダストリー本社にフェアレディZを返した俺は、涙目の陽子に何度も頭を下げられていた。
結局、狐から陽子に戻ったのは首都高を降りる直前だった。
「有耶無耶になっちまったな。ドライブ」
「そ、そんなぁ……わたしは楽しかったよ? もしかして、迷惑だった?」
「まさか。俺も楽しかったよ。車の乗り心地も良かったし」
狐に妨害されていた運転は、イリスがサポートしてくれた。技術の着実な進歩を感じたね。
「じゃあ、俺はこれで帰るからな」
「うん。また明日……あっ、もうけーちゃんは第一学舎に来ないんだっけ」
「俺の部屋だったら、いつでも来れるだろ。それでガマンしてくれ」
この後に家族会議があるらしい陽子と別れ、1人で駅へ向かう。
(時間あるし、散髪屋にでも寄ろうかな)
そんな事を考えながら、駅に続く道を歩いていると、
「久しぶりだな。花村景介」
いきなり背後から声を掛けられた。多いな、最近、こういうの。
「どこから湧いてきやがった。トリケラッ」
ウンザリした気持ちを込めて、声の主の名前を呼ぶ。
「振り向くな」
首筋に冷たいモノが当てられた。おそらく、刃物だ。
「私たちは取り立てに来たのだ」
「何を?」
「仕事料」
「はぁ?」
素っ頓狂な声が出た。何を言い出すんだ、コイツ。
「対象の調査及び4枚の写真、そして依頼料の立て替え……それぞれの代金を頂戴したい」
「いや、そんな、ひょっとして――」
糸岡と石間が言っていた別口の報酬って……
それに、あの写真は……
「ふ、ふふ……貴様が思っている通りだ」
意地の悪い笑い方をしたトリケラを無視して、上空を見上げると――
「ケイくーん!」
予想通り、濃い赤紫色の髪をした少女――川堀鈴音が空から降ってきていた。
頭には、コウモリのようなケモノ耳も見える。
「会いに来たよー!」
ごすんっ!
俺の胸に衝撃が広がる。鈴音が飛び込んできたからだ。
「うはーっ、久しぶりのケイくんだー」
ぐりぐり、と鈴音が頭を押しつけてくる。
頭が左右に揺れるたびポニーテールが跳ね、スモモのような甘酸っぱいニオイが鼻に届く。
「ケイくん。お金、払って」
「……いくらだ?」
「うーんと、100万円!」
「子供が決めたみたいな値段だな」
「文句言わないでよー。もしかして払えないの? だったらー、体で支払ってもらいまーす」
鈴音が、元気いっぱいに宣言した。すごい笑顔だ。
「さあ、この状況……貴様はどう切り抜ける? 花村」
面白がっている様子のトリケラに、刃物でちょんちょんと首を撫でられる。
前方に鈴音、後方にトリケラ。ヘタに身動きが取れない。
「ケイくん、どうするの?」
鈴音が、俺を抱き締める手を強くする。さりげなく、ショルダーホルスターから拳銃を取り出せなくされたぞ。
「答えが出ないようだな。仕方ない」
「じゃあ、ついてきてねー」
鈴音に引っ張られ、トリケラには押されて、歩道の右端まで誘導される。
そこには、青い車――ミニ・クラブマン――が停まっていた。
「入って、入ってー」
その後部座席に連れ込まれるのと同時に、車が急発進する。
「念のためにシートベルトしてねー」
「抵抗はよせ、花村。1対4では、さすがの貴様も勝てないだろう」
右に座る鈴音が俺の体にシートベルトを巻き、左に座るトリケラが刃物の先で脇腹をつついてくる。
どちらも、簡単に動けないようにするための拘束だ。
「私たちのアジトへ、レッツゴー!」
俺は、今まさに、拉致されている……っ!




