SEQ5――イナズマに責められて――4/6
体を揺すられて、目を覚ます。
寝転んだまま周囲を見れば、陽子だけでなく、ライラとエルもいた。
「まったく、寝坊助ね」
いつの間にか寝かされていた硬い地面から、体を起こす。
「訊くまでもなさそうだが……どうなった?」
「全部やっつけたわよ。って言いたいけど、向こうから退いてったわ」
「退いた?」
「ええ。ヤツら、6人くらい倒したら退いたのよ」
敵わないと考えたか?
それとも……何かしらの方法で、陽子が元に戻った事を知った?
「あれは……」
ふと視線を感じて、コンテナ上部の角に目を向ける。
そこには、白いカラスが止まっていた。
「お目覚めのところ申し訳ない」
男にしては高めの声が、頭上から降りかかった。場所はカラスのいる辺りだ。
「誰だ?」
コンテナの上を睨みつける。そこから、黒い人影が飛び降りた。
「お初にお目にかかる。私は、田丸薫。日本軍巫覡隊の隊長だ」
田丸と名乗った人物は、受け身を取る事もなく着地した。
田丸は、坂倉と同じように黒い詰襟の軍服を着て、腰に軍刀を佩いている。
袖を見れば、階級は1等尉……大尉。坂倉よりも階級が上だ。
「顔を見せろ」
ストームを抜き、銃口を向ける。
ライラもソーコムを抜いた。エルは陽子を護る位置に立っている。
「これは失礼」
田丸が目深に被った軍帽の鍔を上げると、整った顔が現れた。
年齢は10代後半。髪を軍帽の中にしまい込んでいて髪型は分からないが、黒髪ではありそうだ。
美女にも美男子にも見える、中性的な顔立ちなので、性別は判断しかねる。名前はどちらかというと男っぽいが……
「改めて、田丸薫だ。君が花村景介だね? よろしく」
「俺はよろしくしたくねーよ」
「つれない事を言わないでくれ。私たちは、ただスカウトを行なっているだけだ」
「随分と物騒なスカウトもあったもんだぜ」
田丸を睨みつけ、トリガーに掛けた指に力を籠める。
「ちょっとでも動けば、撃つ」
「気が早いね。落ち着きなよ」
呆れたように、田丸が首を振る。
「安心するといい。巫覡隊は今後、稲田陽子に手を出さない事に決めた」
「……本当だな?」
「能力も不安定で、人員を考慮すると割りに合わない。だから、やめだ」
「だったら、これ以上付きまとうな」
「勿論だ。綺麗さっぱり手を引く事を約束する」
俺がストームをしまうと、田丸は踵を返した。
『どうぞ後ろから撃って下さい』とでも言いたげな背中からは、自信が見て取れる。
「参考までに、訊いてもいいか?」
「何かな?」
田丸が首だけで振り返る。
「あのカラスは、お前が手懐けたのか?」
「手懐けるも何も、あれは私の使い魔だ。私の自由に動かせる」
そう言った田丸が鷹匠のように腕を掲げると、前腕部めがけてカラスが飛んできて――止まると同時に白い炎となって消えた。
「……なるほど。カラスを伝書鳩みたいに使って、狐と接触してたのか。紙なら燃やす事で証拠も消せるからな」
「そう、その通りだよ。お狐様と文通をさせてもらった」
おどけた言い回しで、田丸が言う。
「あのカラスも引き上げさせろよ」
「分かった。では、花村。また会おう。今度は2人きりで」
「これっきりにしてくれよ」
「そうもいかない。君は、私と同じ『ダークワン』の候補だ」
チラッとライラを見ると、首を横に振った。ライラも知らない言葉か……
「知らないのか。ふむ……次に会った時にでも教えよう」
「おい、待て!」
「今度こそさらばだ。No.8」
去り際に俺をヘンな名前で呼んだ田丸は、コンテナの角へ姿を消した。
本当は追いかけたいところだが、見逃す事にした。俺はもう限界だし、痛み分けってやつだ。
バスと電車を乗り継いで、俺とエルで陽子をイナダ・インダストリー本社まで送り届けた。
ライラはというと、橋の柵に括りつけておいた坂倉を回収しに行っている。
エルもエルで本社に着くなり、「欠損した装備を補完します」と言ってどこかへ行ってしまった。
そういや、エルの壊れたP90ってフルオート仕様だったな。民間モデルはセミオートしかないのに。違法なルートで仕入れてるのか?
「心配かけてごめんなさい。お父さん」
結局2人で訪れる事になった例の白い地下室で、涙を浮かべて頭を下げた陽子に対し、
「何事もなくてよかった」
信弘さんは短く返すだけだった。
安堵の表情を浮かべているものの、陽子との間に距離がある。頭を撫でたりとか、抱き締めたりとか、そういう事をしない。
今まで気付かなかった溝のようなものを、この親娘の間に感じてしまった。
思い返してみれば、陽子は信弘さんの帰りが遅いために淋しがっていたようにも思う。
「景介君もありがとう。陽子が無事なのも、君のおかげだ」
「いえ……元はといえば、俺が目を離したのがいけなかったんですし……あっ、デューク……」
坂倉に壊されたKTM・デュークは、信弘さんに借りたものだ。つまり、借り物を壊してしまった事になる。
「気に病まなくていい。どうせ試験段階で、いずれは廃棄される予定だったのだからね。貴重な実戦データを収集できたから、君に感謝したいくらいなんだ」
自分の娘がいなくなったという状況でも、自社の製品開発の手を休めない。ある意味、効率的だ。
しかし、それは一般的な感覚じゃないだろう。
「車は手配してあるから、陽子は先に帰りなさい。大事を取って、今日は景介君の所に泊まった方がいいだろう。景介君も、構わないね?」
「ええ、まあ。護衛は継続するので」
「という事だ。いいね? 陽子」
「うん。そうするね……お父さん」
陽子が、ハンカチで涙を拭いた。
見ていられないな……
「あの、差し出がましいかもしれませんが」
「何かね?」
「今日ぐらい、陽子と一緒に帰ってやってくれませんか?」
俺の言葉に、陽子も信弘さんも驚いた様子だ。
「遠回りにはなりますが、目黒の家に寄るぐらいはいいでしょう?」
「……うん、よし。退勤時間も大幅に過ぎている事だ。私も今日は、早めに帰宅しようか」
少し表情を緩ませた信弘さんに、陽子は涙も引っ込ませて瞠目していた。
(娘を想う、父の顔……か)
差し詰め、そんなとこだな。
「そうと決まれば、早く出発しよう」
階段へと歩いていく信弘さんの肩は、なんとなく力が抜けているように見えた。
冷たく見えても、ちゃんと娘は心配だったワケか。
「けーちゃん……」
「余計なお世話だったか?」
「ううん」
「なら、よかったよ」
「やっぱり、けーちゃんは優しいね」
再び陽子の目に浮かんだ涙は、悲しさや淋しさのせいじゃない。
そのハズだ。
目黒にある陽子の家には、ものの20分で着いた。
「では引き続き、陽子の事を頼んだよ」
センチュリー《車》を降りた信弘さんが、助手席に座る俺を覗き込みながら言った。
なぜ俺が助手席に座っているかというと、陽子と信弘さんが並んで後部座席に座れるよう配慮したからである。
「任せて下さい。また日を改めて、俺の方から伺います」
「分かった。待っているよ」
信弘さんの目配せで、女性運転手の里中さんが車を発進させた。緩やかな加速が、運転技術の高さを伝えてくる。
後ろを見ると、陽子は眠っていた。疲労もあるだろうが、信弘さんが隣にいて安心感もあったのだろう。
(……晴子さんは出てこなかったな)
心労で倒れたりしてないといいが……
「花村様」
そんな考え事をしていると、横にいる里中さんが小声で話しかけてきた。
何だかんだ、挨拶以外でこの人と話すの初めてだな。
「どうしました?」
「お嬢様を助けていただいたこと、私からも感謝させて下さい。お嬢様は、私にとっても娘みたいなものですから」
真っ直ぐ道路の先を見る里中さんは、そのまま話を続けた。
「この命は、晴子様に救われたのです」
「晴子さんに……」
もしかしたら、晴子さんが友人を失ったのは、この人を助けた時なのかもしれない。
だとすれば、この人が深刻な顔で話すのにも納得がいく。
「私は、花村様のように戦えません。信弘様のように経営に明るくもありません。ましてや、晴子様のように特別な力も持っていません。そんな私にできるのは、車の運転くらいでした」
「だから、稲田家の運転手を?」
「はい。可能な限りお嬢様のそばで、お護りしたいと思ってきました。でも、それすら叶わなかった」
里中さんが白い手袋をつけた手で、ハンドルを握りしめた。
「なぜお嬢様が花村様に尽くされるのか、理解できませんでした。今なら分かります。稲田家には、あなたのように力を受け止められる方が必要なのだと」
フロントガラスに映る悔しそうな目は、いったい誰を睨んでいるのだろうか。
この人と晴子さんの間に何があったのかを、俺は推し量る事もできない。だが、そこに重大な出来事があったのだけは確かだ。
お互いの人生を変えてしまうほどの、何かが。
「願わくは、お嬢様には晴子様と同じ苦しみを味わってほしくない」
里中さんの願いが、薄暗い車内で反響した。
「まあ、幼なじみですから……そばを離れる事はないと思いますよ」
つい口を出た言葉は、俺の本音だった。




