SEQ5――イナズマに責められて――1/6
SEQ5――イナズマに責められて――
胸から膝にかけて感じる柔らかさ。肺を満たす青リンゴのような甘酸っぱいニオイ。
ライラの運転するロードスターの助手席で、俺はエルを膝に乗せていた。
「ケイスケさん、固定が弱くなっています」
「あ、ああ」
エルの細い腰に回した腕に力を入れる。
2人まとめてシートベルトは掛けられなかったので、俺が抱える事で固定の代わりをしているのだ。
「チッ……」
運転席のライラは、定期的に舌打ちと歯ぎしりをしている。何が不満なんだか。
「目標は東に進んでいます」
エルが付けているHMDは、レンズ部分にいろいろと表示できるようで、エルはそれで陽子の位置を確認していた。
「品川埠頭に向かっているのでは?」
「ありえるな」
輸送船を使って人を運ぶのは、密入国などでよく取られる方法だ。
「どうして、最初から埠頭に行かなかったのかしらね?」
「巫覡隊は俺たちに知らされるリスクを考えて、陽子に最終目的地を教えてなかったんだ。太鼓橋で陽子の姿を確認してから、メールか何かで場所を教えたんだと思う」
「だから、初めは目黒駅に呼び寄せたのね」
「第一学舎からも近くて、陽子単独でも向かえるからな」
と、ここまでは推理できているが……どこまで合っているか自信はない。ちゃんと考える余裕がなかった。
今回の一件における最大の謎である、誰がどうやって稲田家の秘密を敵に流したのかという事も解けていない。
「ところで、陽子を元に戻す策はあるの?」
「あの手錠を使うつもりだ」
「AMCのこと? さっき使っちゃったじゃない」
「1つだけなら、私が所持しています。ですが、AMCは魔力を霧散させて魔術の行使を阻害するモノです。目標ほどの超能力者に有効かは、断言できません」
「そうは言っても、他に策はない。やってみる価値はあるさ」
エルを抱きかかえている事も忘れて、腕に力が入りそうになる。
もし、手錠を掛けても陽子が元に戻らなかったら? その時はどうすればいいのか……全く見当も付かない。
「陽子さんは、やはり品川埠頭に近付いています」
「よし、俺たちも埠頭に行くぞ。そこが決着の場所だ」
不安な要素はあるが、行くしかない。俺にできるのは、それだけだ。
品川埠頭は東京湾にあるコンテナ埠頭の1つで、主に輸出入のための船が係留する所だ。
レインボーブリッジが見えるので、夜景スポットとしても有名である。
「陽子が見えてきたわよ」
「やっぱり埠頭に入る気だ」
俺たちが車を停めたのは、東西に伸びる埠頭のちょうど中央辺り。レインボーブリッジは目に入るが、まだ遠いという印象だ。
品川埠頭はこの時間――19時40分過ぎ――になっても、コンテナ積み込みの大型クレーンが動いている。
「トラックの出入りもある。民間人も多い。ここで騒ぎが起きれば、物流にも影響が出ちまう。できるだけ銃は使わない方針で行こう」
「どっちにしたって、陽子に銃弾は効かないんでしょ? コンテナでの跳弾もあるんだし。だから、はいこれ」
ライラが車のトランクから取り出して俺に投げたのは、月螢――俺の刀だった。
「ライラ……ありがとな。これで戦える」
ベルト少し緩めて、月螢を左側のベルトとズボンの間に差す。
その柄を軽く握ると、もう手の震えは起こらない気がした。
「陽子が柵を飛び越えたわよ」
「俺たちも入るぞ」
車でコンテナ埠頭の中へ侵入するのは難しい。なので、柵をよじ登る事で侵入した。つまり、ここからは自分たちの足で陽子を追いかけるって事だ。
「位置情報は、南へ動いています」
エルの先導で埠頭の中を進む。コンテナ埠頭には、その名の通りコンテナが積まれている。
こういった場所をコンテナヤードと呼ぶが、積まれたコンテナによって死角が多く、不意打ちや同士討ちの危険は高い。
「陽子さんが停止しました。このコンテナの奥です」
「よし、挟み込むぞ。エルは向こうから、俺とライラはこっちから攻める。30秒後に攻撃開始。カウント始めるぞ」
こくり、と頷いたエルが反対側の角へ行くのを見送りつつ腕時計を見る。ライラは背中からサバイバルナイフを抜いた。
秒針がきっちり30回動くのと同時に、ライラの肩をポンと叩く。
「投降しなさい!」
ナイフを構え、ライラが角から飛び出す。俺も月螢の鯉口を切って、ライラの後ろについている。
しかし、ライラ越しに見えたのは、ファイブセブンを構えたエルだった。
「陽子は?」
ライラが、キョロキョロと辺りを見回す。同じように陽子を探すが、その姿はどこにもない。
無言で中央に寄って、エルと合流すると、
「これを」
エルが、地面に落ちていた|発信機(GPS)を拾い上げる。
「気付かれた?」
「ここに捨てたのね」
「こうなったら手分けするぞ。クレーンが動いている中央辺りが――」
突然、背後から腕を回され、背中に何か柔らかいものが密着した。
その直後、バチバチッ! という強い衝撃が体中を駆け抜けた。これは、電撃……ッ。
「死なぬよう調節してやったのじゃ。問題なかろう?」
耳元で陽子が囁く。
「動くでない。小娘たち。こやつの命を握っておるのは我じゃぞ」
構え直したライラたちを、陽子が牽制する。
「心配せんでも、其の方らの相手は用意しておるわ。ゆっくりと堪能するがよい」
ずる……ずる……と陽子が俺を引きずっていく。俺が知っている陽子のパワーじゃない。
鈴音の時もそうだったが、変身したヤツは常人以上の身体能力を発揮できるんだ……っ。
「ケイスケ!」
「俺の事は構うな!」
コンテナの角まで来たところで、覆面を被った5人の人間が姿を現した。反対側の角からも同じように5人、出てきている。俺たちは誘い込まれたのか……
「我らは、我らで……のう?」
「陽子……いや、狐……ッ」
コイツの狙いは、俺とライラたちを分断する事だったんだ。それに気付かず、マヌケにもハメられた。
(誘い出して、分断……)
どうして3人それぞれじゃなくて、俺だけを孤立させるんだ?
(何か、何か、最後のピースが足りない)
それさえ思いつければ、あるいは……
「もう1人の我も、これを望んでおるのだ」
隣のコンテナの陰に入ったタイミングで、狐が俺を離した。しかし、すぐにネクタイを掴んで引っ張ってくる。
至近距離。狐の紅い眼が、真っ直ぐにこちらを射抜く。見つめられた者を魅了する、魔性の瞳だ。
唇が迫ってくる。薄く開いたその奥に、ピンク色の舌が見えた。
陽子の面影を感じない。ここまで変わってしまったのに、元に戻せるのか?
「我を完璧に……」
一瞬、狐の眼が揺れた。紅玉のような紅い眼が……
そうか、コイツは……まだ……
だから、だからこそ、俺を利用しようとしてやがるのか。




