SEQ3―尻尾が見えた!――4/6
恒例となった放課後の自習室での勉強会、それが始まる前に、
「そうだ、陽子。お前、薙刀同好会に入ってたなんて知らなかったぞ」
と、鹿島から聞いた話を出してみた。
「お父さんが、功績があったら受験に有利だから作りなさいって」
「え? 作ったのか? 元々あったんじゃなくて?」
「うん、今年に出来たばかり。部員も、わたしを入れて5人しかいないの」
自虐的に言いながらも、陽子の表情は明るかった。
「凄いじゃねーか。俺なら、部活を作るなんて絶対ムリだぜ」
「もう、けーちゃんってば」
「それで、1つ訊きたいんだが、部活動は休んでるのか? 今ここにいるのは、マズいんじゃないか?」
「練習は土曜日だけなの。場所もね、剣道場に間借りしてるんだよ」
どうりで、俺が陽子の部活動に気付けなかったワケだ。
先週の土曜は高岡の映画観賞会に参加していて、俺は放課後を陽子と過ごしていない。これでは、気付けなくても仕方がない。
それに、鹿島が薙刀同好会を知っていたのにも説明が付く。剣道場で活動している事を、剣道部の庄野から聞いたって事だろう。
「もしかして……」
陽子が突然、身を寄せてきた。
「けーちゃんは、わたしとお勉強するの……イヤ?」
「そ、そんな事ないぞ。ただ、お前の負担になってるなら……ってさ」
陽子の柔らかい体が肩や肘に当たって動揺し、タジタジになりながら答える。
「そろそろお勉強しよっか」
今さら照れたのか、わざとらしく参考書に視線を移した。
それでも微妙に体の距離が近くて、俺はいつも以上に集中できないのであった。
家に帰ってからしばらく経ったタイミングで、糸岡から電話が掛かってきた。
内容は、『高岡が新幹線で東京を出た』というもの。
俺が出張の事を伝え忘れていたから、糸岡がわざわざ電話をよこしてくれたのだ。
『一緒にいた女性の事も探ろうか?』
「いや、あれは同僚の先生だから関係な……やっぱ頼むわ。一応」
『了解。じゃあ、正規の報告は土曜日に』
電話を切り、携帯をテーブルに置くと、
「終わった?」
ソファーでふんぞり返っていたライラが、ぴょんっ、と飛び起きた。
「今日もこっちで寝るのか?」
「ご飯を食べるだけよ。週に何度かはあんたを構ってあげないと、バディとしての精度が落ちるでしょ」
そのトンデモ理論は何なんだろうか?
「じゃあ、食べましょ」
「そうは言うけど、買ってこないと」
「もうあるわよ。冷蔵庫を見てみなさい」
言われるままに冷蔵庫を開けると、チキン南蛮弁当が2つ入っていた。
……少し具が寄ってるな。
「できたんだな……買い物……」
「失礼ね! 甘やかされて育ったワケじゃないわ。お使いだって何度も頼まれたもの」
まあ、甘やかされていたなら、特武になってないよな。
「す、すまん。驚きすぎて……」
ライラの手がレッグホルスターに伸びたのを見て、慌てて謝る。
「ふんっ。さっさと温めて」
そっぽ向いたライラを横目に、弁当を電子レンジで温める。
今みたいに脅されるなら、やっぱ銃なんてない方がいいって気がするぜ。
「ライラ」
「なに?」
「そうヘソを曲げるな」
「ふんっ」
「あ、そうだ。今週の土曜、帰りの護衛頼む」
不機嫌そうな様子は変わらないものの、ライラは俺の方を向いた。
「さっきの電話に関係あるの?」
「そうだ。前に言った怪しいヤツの事で、糸岡と石間に調査を依頼しててな」
ピクッ。
ライラの眉が動いた。その目が吊り上っていく。
詰め寄ってきたライラに両襟を掴まれ、壁へ押しつけられた。相変わらずの、小柄な体に似合わない馬鹿力だ。
「……何すんだよ」
「せっかく協力者も手配して、あたしが自由に動けるようにしたのに……なんで……なんで――あたしを頼らないのよ!」
その言葉に、ハッとする。
ライラの怒りは、俺がライラをバディとして扱わなかったからだったんだ……
「……すまん」
「なによ。急に謝って! そうすれば許すとでも思ったの⁉︎ あんたに謝られたら……あたしは、どうすればいいのよ……」
ライラが、俺の胸を弱々しく叩いた。
(俺は、まだバディを……)
ずっと……母さんを殺したヤツの影に怯えている。そんな俺が、ライラとは上手くやっていけるなんて……そうは問屋が卸さない。
「……いいわ。あたしは、あたしで動く」
襟から手を離したライラは、
「なによ、結局1人なんじゃない……」
そう言い残して、部屋を去っていった。
「クソッ……」
相談の1つでもしていればよかったのかと、後悔の念が頭を支配する。
電子レンジ中でオレンジ色の光に照らされた2人分の弁当が、ひどく悲しい存在感を放っていた。
あれから何度かライラに電話を掛けてみたが、アイツが出る事はなかった。
つくづく俺は人付き合いがニガテだなとネガティブになったり、逆にライラがもっと早くに言ってくれればと責任転嫁しているうちに夜が明けた。
今日は土曜という事で、陽子は薙刀同好会がある。
そこで俺は、薙刀同好会が活動している剣道場が見下ろせる、校舎の外側に設置された非常階段の踊り場に陣取った。
薄っすらと初夏の気配も感じる気温に耐えていると、道着姿の陽子が木製の薙刀が入った袋を肩に掛け、同じ装いの生徒たち――おそらく薙刀同好会の部員――と剣道場から出てきた。
仲良さげに喋っているところから、陽子が慕われている事が分かる。
(そりゃそうだよな……)
陽子は面倒見がよくて、優しい性格だ。
バディになったライラとすら上手くいかない俺とは違って、他人に好かれやすいだろう。
そんな事を思っていると、陽子は部員たちに一言二言話して先に行かせ、俺に向けて手を振ってきた。
(気取られた? 陽子に?)
ここにいる事は、陽子にも伝えてなかったハズ……
陽子はまだ手を振っている。いつまでもそうさせるワケにもいかないので、俺は非常階段を下り、陽子へ駆け寄った。
「よく俺に気付いたな」
「う、うん……なんとなく、あそこにいるかなって……」
陽子は、少し言い淀んだようだった。
「ホントは誰かから聞いたんじゃないか?」
「え、えっ? 誰かって?」
目に見えて、陽子が驚いた。
これは、アタリだな。
だが、誰から聞いたんだ?
(考えられるのは……)
ライラ、か?
アイツも第一学舎に入り込んでいて、俺の場所を陽子にリークした? いや、それはないな。ライラの琥珀色の髪は、目立ちすぎる。
となると、俺が隠れそうな場所を特武としての視点で教えたとか……かな。
そんな事をする必要性はまったく感じないが、ちょっとしたイヤがらせのつもりか?
「わたし、ホントに誰からも聞いてないよっ」
「分かった、分かった。ほら、お前も着替えてこいよ」
いちいち目くじら立てるつもりもないので適当に流していると、ドタドタ……と背後から足音が聞こえてきた。
念のため陽子を守る位置に立って振り返ると、上着はインナーで下は袴という出で立ちで、手に竹刀を2本持った庄野が走ってきていた。
「花村……」
俺の前で立ち止まった庄野は、陽子に視線を遣り、どこか納得した面持ちになって再び口を開いた。
「……すまん。怜奈に聞いた。俺の勘違いだったんだな。お前は稲田と付き合ってるみたいだから、怜奈に手を出すワケがない」
「……庄野、お前は単純だな。一緒にいるだけで、俺とコイツが付き合ってると?」
きゅっ……と、陽子が俺のブレザーの裾を摘まんだ。
しかし、気にせずに会話を続ける。
「それに……俺が二股をかけようとしてるとは思わないのか?」
庄野は、驚いた顔になった。
分かりやすいヤツだな……
「冗談だ。そんな顔するな。まあ、勘違いが解けたならよかった。じゃあな」
「待ってくれ。花村、俺と試合してくれ」
「試合……?」
「前に猫騙しをされた時も感じた。お前、本当は強いだろ」
コイツ、見抜いたのか……
スポーツとはいえ、さすがに武道をやっている人間だな。
「なんで俺が、お前と試合をやらなきゃならない?」
「頼む、花村……」
庄野が、竹刀を投げてよこす。
俺は咄嗟に、それをキャッチしてしまった。
「ソレを使わなくてもいい。早く構えろ」
庄野が大上段に竹刀を構え、打ち込んできた。
すると、陽子が俺の前に出て、薙刀で竹刀を弾いた……っ!
「ジャマだ! 稲田!」
跳び下がった庄野は、もう一度上段から打ち込んでくる。
陽子は下段に構えたまま動かない。
(マズい……ッ)
――カチッ――
庄野が竹刀を振り下ろした。その瞬間、俺は陽子と庄野の間に割り込み、振り下ろされた竹刀をこちらの竹刀で受け止めた。
幸運だ。モードBになれている。
陽子を守りたいという想いに呼応して、スイッチが入ったんだ。
(ギリギリ、だな……)
俺はこの時、庄野から陽子を守りながら、陽子から庄野を守っていた。
モードBの動体視力で捉えたが、陽子は下段から庄野の顎を打ち抜こうとしていたのだ。
「け、けーちゃんっ」
「陽子は下がってて。危ないからさ」
庄野の竹刀を押し返し、後ろの陽子に微笑みかける。それでも不安そうだったが、渋々離れてくれた。
「なあ、やめにしないか? こんな所で騒ぎを起こしたら、お前のためにもならない」
庄野に向き直る。
「ぐっ……」
歯を噛みしめた庄野は躊躇いみせつつも、また竹刀を振り上げた。
長引かせたら、騒ぎを聞きつけられる。
(仕方がない……ッ)
花村家の技を使ってでも、庄野を止めないと。
「ヤァ――――!」
庄野が、気合い声と共に踏み込んでくる。真っ直ぐに面を打つ気だ。
「――稲夫――」
小さく技名を呟き、自分の中にある技の記憶を呼び起こす。
まずは八双に構えて、タイミングを待つ。
庄野の打った右袈裟が俺に当たるまさにそのタイミングで、竹刀を担ぐようにして肩に乗せながら体を左にズラした。若干、膝を曲げながら。
僅か0・5秒の間に行われたこの動きにより、俺は竹刀の下を潜り抜けた。傍目には、あたかも俺が竹刀を通り抜けたように視えた事だろう。
そのまま膝のバネを使って肩に乗せた刀を押し、勢いよく相手を斬りつける――のが本来の技なのだが……今回は寸止めしておいた。
「決着は付いたな」
「……そうだな」
ションボリと肩を落とした庄野の、その大柄な体が一回り小さく見える。
俺は竹刀を庄野に押しつけるようにして渡し、陽子を連れてその場を去った。
「凄いね、けーちゃん。庄野君は全国大会の常連なんだよ」
薙刀を袋にしまいつつ、陽子がそう言った。
「関係ないよ。あっちは剣道で、こっちは剣術。その違いだけだ」
こっちは軽々しく使えない一族の技まで出した。勝った事に違いはないが、もっとやりようがあった気がしてならない。
そもそも試合なんてさせないようにするとか……
「けーちゃん……カッコよかったよ……」
陽子が手を握ってくるが、他の生徒が通りかかるのに気付いて、俺の方からその手を解いた。
「あっ……」
「陽子、勘違いされるからさ」
「じゃ、じゃあ、学校を出たら手を繋いでもいいよね?」
「すまん、今日はムリだ。この後、用事がある」
「一緒に帰れないの?」
「護衛はライラに任せてあるから、心配しないでくれ」
「そ、そっか。それなら安心……だね」




